正しい知識がないことと思考のクセが自分を傍観者たらしめていた話

体調を崩して寝込んで一週間以上放置してしまいました。。
なんて言い訳。。はい、がんばる。

※この記事は、私の行動の戒めのために書きます。
ご不快になる方がいるかもしれません。ご了承頂いた方のみ御覧ください。

さて、自分がいる2-3m先で倒れている人がいるとき、
あなたならどうするだろうか?

もちろん、すぐに助ける!そういうひとが多いと思う。

というのも最近、自分が怖いなと思う瞬間があった。

この前のゴールデンウィーク、私は自社施設のヘルプに行くため、
泊まり用のスーツケースをもって駅へ向かった。
駅につき、ちょうど来た電車に乗り込む最中、3〜4つ先のドア付近からドンッと大きな音がした。

イヤホンをしていたので何の音だろうと音のする方を見るとほんの少し地面と並行におかれている足が見えた。どうやら人が倒れているらしい、とその少し見えている足と周りの人の反応でわかった。

しかし次の瞬間、私は気づいたらそのまま電車へ乗り込んでいたのだ。

乗り込んだあと、私は、あれ、これでよかったんだっけ?と自分がひどく冷たい人間であると感じ少し寒気がした。

たしかに、当時休日の昼過ぎだったこともあり人が多く、すでに周りの人の何人かが駆け寄っていた。
ただ、緊急停止ボタンも押されていないのに気づいてたし「駅員さん来ないね」と話す声や子どもたちが怖がっている声がきこえたのに、私は何もしなかった。

自分の意志で電車に乗り込んだはずなのに、なにもしなかった罪悪感に思考がかたまり、体が震え、立ちすくむだけ。

ドア付近に立って倒れている人に見向きもせず今にも発車しそうな電車に足早に乗り込む乗客を横目に見ながら、自分もあなたも最低だと心のなかでつぶやいた。自分が倒れたときも、きっと助けてもらえない。

SNSでも、倒れている人がいたのに誰も助けない。同じ人間だとは思えない。という投稿を見かけることがある。私だ、と感じ、ひどく落ちこんだ。(無視したくせに落ち込む資格もない、なんて言わないでほしい。自分が一番思っている)


心理学の言葉で「傍観者効果」というものがある。
自分以外に多くの目撃者がいると、自分が助けなくても誰かが助けてくれるという心理が働く現象のことをいうらしい。(キティ・ジェノヴィーズ事件参照)

上記が起こる理由として下記3つの心理が働くことがあげられている。
①責任分散:周りに多くの人がいることで個人の責任感が低下すること
②多元的無知:周りの人が助けていないという状況をみて大したことがないと判断をすること
③評価懸念:援助行動に失敗した場合に責められる・恥をかくと周囲の目をきにすること

常日頃から人の目を気にする / 失敗を恐れる私にとって、上記の中の特に③に関してが心理現象として一番影響を与えていそうだなと感じた。

日常の考えの「クセ」は、命と対面したときも同様に足かせになるんだと感じた。

人が倒れているときに行う正しい知識があれば、きっと少しは足をうごかすことができるだろうか。
人間として、心理や思考のクセに支配されず人を助けられるようになりたいとおもった。 

そのためにはまず正しい知識をみにつけ、失敗を恐れないという精神力をみにつけたい。

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