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ソフトウェアエンジニア社長として起業してから会社清算するまでの4年間の振り返り (前編)

こんにちは。池内です。これから綴るのは廃業エントリです。開幕から退職エントリとの格の違いを見せつけていくストロングスタイルでお届けしております(違)。

軽口はさておき、いまからおもむろに note を書き始めるわけですが、一番最初の note はこの話題でなくてはいけないだろうという清算の気持ちで文章を綴っています。会社清算だけに。

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Facebook で僕の投稿に反応いただいていた方はすでにご存じのとおり、そして Twitter や OSS関連コミュニティなどでのみ緩くつながっている方はもしかすると初耳になるかも知れません。じつは、とかしこまることもないのですが、2019年5月末をもって自ら設立した法人を解散するという意志決定をしていました。2015年8月の法人登記からおよそ4年という月日を、代表取締役というロールで過ごしました。この note はその体験をつうじて得た学びや気づきを記録し、あわよくば誰かの参考になることを密やかに願いながら、共有するものです。上手くいかなかったことを含めてできるだけリアルに伝えたいと思っていますが、他社・他者への批判や暴露めいたものは含まれませんので小さなお子様でも安心してご覧いただける CERO A 相当のコンテンツに仕上げるつもりです。

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起業してみてどうだったか

起業というものを何を持って成功とするか失敗とするかはいまでもわかりません。IPO だったり MA だったりという結果に到達すれば成功と言えるかも知れません。しかしこれらが必ずしも幸福の総量を増やさない場合もあるようです。他方、失敗はなく挑戦の結果と学びがあるだけだ という哲学もあり、僕としてはこちらを支持したい。その哲学に従いまずはじめに総括として、4年間の経験を経て得た学びをまとめます。

良かったこと
・会社経営の楽しさや大変さを経験できた。
・ファイナンスの知識が身についた。
・SaaS プロダクトをゼロから開発しローンチまで(3度)やりきることで、システム設計・開発周りに対する自信がついた。
・自分の向き不向きや得手不得手がよくわかった。

→ 何でもかんでも自分でやることはよくない、ということも大きな学びなのですが、とはいえ開発業務としてインフラからバックエンドとフロントエンドまで、バックオフィス業務としては経理や行政手続など、その他、名刺制作やブランドデザインなどを実際に手を動かして遂行できたことはとてもよい経験でした。

辛かったこと
・ローンチしたプロダクトが思ったより広まらないのは何より悲しい。
・法人の銀行口座と個人の口座の残高がどんどん減っていくのは精神衛生にとても悪い。
・一番落ち込んでいるとき 2週間くらい毎日悪夢を見た。
・ディティールを詰める技術者の視点と、風呂敷を広げる経営者の視点を単一の人格に同居させることに対する不和が大きかった。

起業に失敗しても死ぬわけではない、という先人からのアドバイスがあります。それはおそらく正しいのですが、精神的荒廃から死にそうになる局面は実際あります。特に事業が上手くいかないとき、法人格と個人の人格のどちらも存在価値がないように感じることが最も辛かったです。いまではそれも自己と向き合えた尊い時間だったと思っていますが。メンタル管理は大事です。

その他
会社は始めるより終わらせるほうが難しい
    ・でも「辞めます」と言ったらみんな思ってたより優しかった。
・インターフェースを英語にしたからといって海外で売れるわけではない。
    ・ドルで決済できるようにしたからといって以下同文。
・リーンスタートアップの手法を頭ではわかっていても結局自分の作りたいものを作ってしまう。

→ 起業の理由の1つに、グローバルで通用する B2B SaaS 事業をつくりたい、というものがありました(後述)。これが達成できなかったことは率直に残念でしたが、準備不足のうえ戦略的に未熟で、必然だったかなと思います。また、僕は起業前から(ウォーターフォールの負で辛酸をなめていたこともあり)「アジャイル」や「リーン」の世界観や手法に好んで触れていたのですが、いざ自分が主体的に取り組むとなると、プロダクト開発における認知バイアスの壁を突破できていなかった——不必要な機能を実装するという意味において——と振り返っています。3度やれば気も済むもので、この経験はいま新しい環境で取り組んでいるプロダクトづくりに活かされていると思っています。

なぜ起業しようと思ったのか

簡単に総括を行ったところでことのはじまりから振り返っていこうと思います。2015年8月に起業するに至った理由としては以下の3つがありました。

プロダクト(SaaS)にフォーカスした組織作りをしたいと考えた。それを成すにはゼロからカルチャーを組み立てる必要があると考えた。
・日本企業の開発した B2B SaaS のうち、グローバルで認知されているプロダクトが少ないことに技術者としてくやしさを感じていた。自分でやってやろうと思った。
・法人格をつうじて 我々はこれからどう生きたらよいか、といった価値感を体現してみたいと思った。

最初に上記3つのうち、1つ目の話をします。

ベンチャー企業の楽しさと挑戦することへの価値を学んだ起業前の経験

起業以前、僕は株式会社ALBERT というベンチャー企業で開発部門の技術担当執行役員として事業に携わっていました。ALBERTは2005年に設立され、2015年に東証マザーズへ上場(IPO)を果たします。2011年入社の僕は、黒字への転換期、IPO準備期、そして IPO と、激動の時代に身を置く好機に恵まれました。当時の経営陣に叩き込まれたベンチャーマインドは、いまでも僕の血肉になっています。

データ分析に関するテクノロジーをマーケティング領域に活用するというビジネスを主軸にしていた ALBERTは、「コンサルティング + 受託開発による人月ビジネス」と「プロダクトによるサブスクリプション・モデル」の2本の柱で収益を成り立たせており、IPOに至るプロセスの中で、2本立てを続けるのか、どちらかに寄せるのかについての議論が繰り返し行われていました。僕はサブスクリプション・モデルに寄せるべきだという(強めの)意見を持っていて、それはビジネスとしてスケールするのは圧倒的にサブスクリプション・モデルであるという理屈と、開発部門が疲弊していくのがとにかく辛かったという感情を根拠にしていました。

チームの疲弊に直面しプロダクトづくりはカルチャーづくりだと実感

開発部門が疲弊していた理由は、絵に描いたようなウォーターフォール開発の負 を一身に受けていたという一言に尽きます。納期直前の深夜残業、休日の障害対応、永遠にマージされないブランチ、なんならこれはもう別リポジトリなのではないか論、などなど……。その果てに「自社プロダクト」のつもりで作っていたものすらいつの間にか「受託開発」になっているという有様。これはプロダクトをつくる組織として immature だった、ということでもあるし、僕の力不足であったと自責することも容易ではあるのですが、個々人の能力よりも、どのようなカルチャーによって組成されたチームかという点に真の原因があったと考えています。

受託開発のマインドとSaaSプロダクトづくりのマインドは明らかに異なります。これは善し悪しではなく、単一顧客のニーズを捉える受託開発の焦点と、潜在的なマーケットのニーズを捉えるSaaSプロダクトにおける焦点の合わせ方がまったく異なるということです。この焦点——どのように世界を捉えるかということ——は、チームのカルチャーの礎となるものです。受託開発に最適化された組織ではSaaSプロダクトづくり = サブスクリプション・モデルをスケールさせることは難しい。これは僕が得た実感です。そこで、SaaSプロダクトづくりに一体となって取り組むことのできる組織とカルチャーをゼロから作る必要があると考えた。これが自ら起業をする動機の1つになりました。

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第一期 : 最初の事業がローンチすらできず、つまづく

そんな訳で起業という選択肢をとった僕でしたが、「○○の課題を解決するために○○をする」という具体的課題解決型の起業ではなかったというのは上述のとおりです。これ自体は間違いではなかったと思うのですが、ここからしばらく迷走の一途を辿ります。

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↑初代コーポレートロゴ。太古のイルカ = Eurhinodelphis からとった社名。

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最初にこれをやるぞ!と決めたのが「アニメーション業界に特化したクラウドファンディング事業」でした。クリエイターにもっとお金が回って欲しいという課題意識と、アニメを構成する作画一枚一枚とその製作者一人一人に対してダイレクトに課金できるような仕組みがつくれると面白いんじゃないかというアイデアが発端でした。そして、とにかくぜんぜん準備が整っていない段階からプレスリリースを打ちました。これは、Amazon.com が製品開発の前にまずプレスリリースを作成するという習わしを真似たつもりで行ったんですが、後から調べたら、その習わしはあくまで検討を充分に行うために社内向け文書を作成し議論するというプロセスを指しているのであって、実際にリリースを配信したりはしないんですね(笑)。
参考 : What is Amazon's approach to product development and product management? - Quora)

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↑テザーサイトで用いたバナーの一部。キャラクターを制作したりもしていた。自分たちの準備が一番整っていなかったというオチ(辛)

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前のめりにプレスリリースをぶち上げたは良いものの、具体的に進めようと動き出した矢先、既存産業、特に権利関係が複雑な業界でことを起こすには、業界との強いコネクションが必要であることがすぐにわかりました。課題設定は間違っていなさそうだし、僕が Webシステムをつくります、と手を上げれば人々を巻き込めるだろうくらいに安易に考えていたんですね。当然そう簡単にことが進むはずもなし、また業界特化型のプラットフォームでは充分な利益を上げることが難しいことも明らかになりつつあって、早々にトーンダウンをする結果となりました。

この過程で、親切に色々教えてくださるアニメーション制作会社の方と知り合えたり、資金決済法周りに詳しくなれたといったことは幸いでしたが、ご支援いただいた方にはいまでも大変申し訳ない気持ちです。成功失敗というより、土俵に立つ準備すらできていなかったということで、不戦敗といったところでしょうか。

また全然ことなる軸として、いま冷静に振り返ると僕自身がバーン・アウト気味だったんじゃないかということがあります。以前のように活力が湧いてこない、せっかく起業したのに状況を楽しんでいないといった傾向が少なからずあって、これが本当にやるべきことなのだろうかと迷いながら進んでいたような気がします。いまさらながらに休息や気持ちの切り替えの大切さを学びました。

第一期に学んだこと
・人脈は重要。特に業界の主要プレイヤーとの人脈が重要な局面がある。
・新しいことを始めるには充分に休息をとってからのほうがよい。
・リリースファーストは本当にリリースしてはいけない。

この経験をつうじて、もっと自分の得意領域に近いところにあり、自分ごととして取り組める事業とプロダクトをつくろう。そう考えて開発を始めたのが、「カスタマーサポートのためのヘルプデスクサービス」でした。

<<中編に続く>>

Cover Photo by Dylan McLeod on Unsplash


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お読みいただいてありがとうございます。

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株式会社Hakali 取締役CTO。心のセルフケアアプリ Awarefy 事業&開発責任者。2015年に東証マザーズ上場を経験後、起業し BtoB SaaS 領域のプロダクトなどを複数ローンチ。著書に『Python エンジニアのための Jupyter実践入門』など。

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コメント (2)
表紙~いい写真だなぁ
おもしろいです…
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