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一周忌を通じて心があたたまった話
母の命日から1週間前の今日、一周忌を行った。
コロナもあって、お坊さんにお経をあげてもらうのみにした。
ただの儀式だと思ってたけど、お坊さんにとても心温まる言葉をかけてもらったので、またnoteを書きたくなった。
記憶力があまりよくない私には、こうやって書き残すのがいい。
そしていつかまた読み直したときに、自分の心を温められたらいいなと思う。
母のお墓で、新しい仏花を準備し終えたタイミングでお坊さんが到着した。
そのお坊さんが、母の遺影をみるやいなや
「知的で、周囲を明るくする人だね。この人がいるだけでみんなが笑顔になってしまう。そんな人でしょう。」
あまり写真を撮りたがらない母の、遺影の写真を探すのはとても大変だった。
それでも、私が一番好きな母の笑顔が撮れている写真を選んだ。
そんな遺影をみて、お坊さんに母のことを良く言ってもらえたことが、心底嬉しかった。本当にその通りのひとだった。
そうして、お経をあげて頂いたあとに、自然と話し始めたお坊さんが、
わたしをまっすぐ見て、「がんばりすぎちゃダメ。自分を大切に。あなたしかできないなんてことは、世の中にほとんどないんです。がんばりすぎて、自分を追い込むことだけはいけません。」
まるで、勝手にがんばって無理をするわたしの性格を見透かされた気分だった。
最近、自分がいっぱいいっぱいになることがあるのを自覚していただけに、すごく胸に残った。
そして、お坊さんはこうも続けた。
「あなたたちが笑っているときは、仏様は笑っています。あなたたちが悲しんでいるときは、仏様も一緒に悲しみます。仏様はいつも一緒です。だからたくさん笑ってください。仏様はいまもこうしてご家族のみなさんが集まったことを喜んでいるでしょう。」
笑顔の母が思い浮かんだ。写真で見る以外になかなか思い浮かべることのできなかった母の笑顔が、お墓の横に浮かんだ。そして一緒に涙も溢れた。
母に会いたくて堪らなくなった。
少し背中を押されたような気持ちで帰宅し、少し休んだ後、夕食は家族だけで食べに行くことになっていたので、車で向かった。
母が私も一緒に着られるようにと、
生前初めて一緒にいったTOMORROWLANDで購入した花柄のワンピースを着て。
駐車場に着く前に家族を下ろし、1人で車を停め終えたとき、なんとなく今なら見れると思って久しぶりにスマホに入っている母の写真フォルダを開いた。
もう半年以上開くことができなかったそのフォルダで、久しぶりに眺める愛しい母の姿に、気がつくと声を上げて泣いていた。
見たら、会いたくなり、寂しくなり、胸を締め付けられることがわかっていたけれど、久しぶりに母と過ごした幸せな日々を実感することができた。
今度、彼と一緒に見て自慢したい
そんな風にも思った。
こうして泣くことできてよかったと思えた。
遅くも早くもない。
見られなかった期間は、今日向き合えるようになるまでに必要な期間だった。
10分たっても、20分たっても涙がとめどなく流れて、結局40分遅れて家族のもとへ合流した。
父からたくさん電話が鳴っていた。
40分遅れて行っても、涙はとまっていなかったので、
泣きっ面のままカウンター席での食事だった。笑
パンパンに腫れた目をして、お店の方の目をまっすぐみて
ビールください。
そう言えてしまう。私の面の皮はけっこうな厚さだなと思った。
今日お会いできたお坊さんのおかげで、
憂鬱な予感がしていた一周忌の1日が、心温かい気持ちで終えることができた気がする。
母の笑顔を浮かべながら、今日は眠りにつけそうだ。
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