カープダイアリー第8410話「短期決戦、赤い心で日本一に挑むⅦ、栗林も虎の罠にはまる…」(2023年10月18日)

4万2630人の大観衆。九回、そのわずか2%しか席のないカープファンからため息が漏れて、3時間13分の戦いはあっけなく終わった。

一、二塁間を打球が抜けた瞬間にDAZN実況席のアナウンサーが叫んだ。

「サヨナラ~、やっぱり満塁男木浪ぃ…これで阪神タイガースあれのあれへ王手をかけました…素晴らしい対戦でした」

岡田監督は笑顔でゲームセットを見届け、新井監督は少し悲しげな気持ちが表情に出ていた。グラウンドではシャンパンファイトの予行演習をしているかのような大騒ぎが続いた。

1対1同点での出番となった栗林は20分近くマウンドに立ち、クリーンアップとのせめぎ合いから24球も投じる中で徐々に虎の罠に足を踏み入れた。

先頭の森下翔太を7球目のフォークで三ゴロに仕留めたあと大山にはボールカウント1-1からの外のカットボールを右中間に打たれた。虎の四番はこれが1、2戦を通じて初ヒット、しかも二塁打。正に何本打つか、ではなくいつ打つか。

佐藤輝明への初球はストライク。このタイミングで珍しく新井監督が動いた。ライト末包を下げてセンターから野間をシフト、センターにはこの日韮澤との入れ替えで一軍に戻ってきた曽根を入れた。佐藤輝明はアウトハイ真っすぐで空振り三振。

続くノイジーは申告敬遠。ところが坂本には真っすぐとカットボールが入らずストレートの四球を与えてツーアウト満塁…

似たようなことが同じマウンドで4月18日にあった。栗林は今季7敗、そのうち3度がサヨナラ負け、その最初の悲劇はちょうど半年前に遡る。

その日は九回1対0から梅野に右前打され、木浪には真っすぐを打たれて一死二、三塁にされた。二死から一番近本、申告敬遠。そして中野に粘られた挙句、9球目、低目のフォークを左前に2点打された。

そこから守護神は苦難の日々を送り、CSファーストステージでは1ホールド1セーブ。サヨナラ負けの怖さのない本拠地と甲子園の違いはそこにある。

初戦では四回に先制しても7分後には追いつかれた。1点だけでは勝てない。

伊藤将司対策のオーダーは…

セカンド菊池
センター野間
ショート小園
ファースト堂林
レフト龍馬
サード上本
ライト末包
キャッチャー曾澤
ピッチャー大瀬良

この日は初回、伊藤将司の立ち上がりを攻めて菊池の二塁打と小園の左前打でプレーボール直後に先制した。ただ、堂林の初球打ちは三ゴロ併殺打になった。

二回は龍馬の左前打で、三回には大瀬良の四球で先頭打者出塁もそのあとは3人で打ち取られた。

「うーん…、きょうも(初戦の村上同様)シーズン中のピッチングじゃなかったと思うけど、まあ何とかね…やっぱりね初回の1点だけに抑えたんだから大したもんですよ」(岡田監督)

二回、末包がノイジーのシングルを後逸して同点にされたことで打線にも余分な重圧がかかった。

阪神バッテリーはそれを見透かしたかのうように内外角への投げ分けを徹底したようだ。

六回にも先頭の菊池が右前打で出塁。野間が送ってCSで一番期待できる小園の出番となったが外の球を4球見せられたあとインローの真っ直ぐを打って遊ゴロ。龍馬も内内外外の2-2から外角カットボールを当てる感じになり遊直止まりだった。

七回にも先頭の上本が中前打。このまたとないチャンスで末包はセンター返しを試みた。強烈な打球はセンター前に抜けず抜群の反応を示した伊藤将司のグラブの中に納まった。ライナーゲッツー…

味方打線のジリジリするような展開をよそに大瀬良は時には声を張り上げ、時にはオーバーアクションでアウトカウントを増やした。阪神の優勝の原動力のひとつは四球の多さ。曾澤との打ち合わせの中でカットボールの割合を減らし、真っすぐ系でどんどん攻めた。レギュラーシーズンとは別人ピッチングは7回80球3安打1申告敬遠含む2四球5三振。その姿は来季の6年連続開幕投手の立ち姿。

伊藤将司も7回99球5安打2,1申告敬遠を含む2四球3三振とぼぼ互角。

ただ石井、島本、ブルワー、岩崎とつないだ阪神リリーフ陣の前には初戦同様、1点が遠い、その繰り返しになった。

惜しかったのは八回。島本から野間、小園が連打して二死一、二塁と攻め、阪神ベンチからブルワーを引きずり出した。ここで堂林の代打松山。

9月16日のマツダスタジアム。六回、一死満塁の場面で両者は1度だけ対戦していた。結果は一塁線を破る2点タイムリー。「一度対戦して軌道などが分かれば打てる」はずの松山はボール球に手を出して空振り三振に終わった。これがCSの難しさだろう。

「八回に3人のリリーフ。きのうもそうだったんですけどね。あそこは左ふたりのどっちかひとりを抑えると思ったんですけどね。ふたりとも出したんで、もうブルワーでいくつもりだった。松山出てくるのは分かってたんですけどね、一番わからんピッチャーと思うし、ブルワーに任せましたけど」(岡田監督)

「(伊藤将司は)いやいや、もう今シーズンで一番悪かったんやないかな?七回まで1点でほんとにしのいで、しのいで、もうネ、1点でしのぐことしか考えてなかったですね。点を入れることは考えてなかった、はっきり言ってね」(岡田監督)

阪神ベンチが指揮官の命に従って“専守防衛”に務めたのとは対照的に、新井監督は今回のCSで唯一Eマークのついた末包を九回途中まで引っ張るなど、何とか“貧打”打開への足掛かりをつかもうとした。

思えば初戦も韮澤の実質エラーで決勝点を献上した。重たいムードでの1点勝負がずっと続く中では甲子園に乗り込む前に宣言した「むちゃくちゃやる」アクションが起こせない。

新井監督は同時に「普通にやっていては厳しい」との見解を示していた。受けて立つ側の岡田監督は「普段通り」のメンバーで普段通りの継投を繰り返している。

各メディアの解説陣からは「紙一重の差」「どちらが勝ってもおかしくない接戦」の声が上がっている。ただ結果は「CSで無キズのまま王手をかけたチームの突破率は100%」だ。

先の王座戦五番勝負の第4局では藤井聡太竜王・名人が、AIの示す勝率1%という崖っぷちからミラクル勝ちして8冠となった。前王座の永瀬拓矢九段は終始優勢だったが持ち時間を使い切り1分将棋となる中、幼い時から共に過ごしてきた藤井竜王・名人の“影”を意識するがあまり悪手を打って自滅する形になった。

新井監督にもそんな一手はあるのか。

「もうあとがない、楽しみじゃないですか。逆にどういう姿でプレーしてくれるのか。負けたら終わりなので逆に楽しみ」

ここまで来たら、平常心の岡田監督を強制的に1分将棋を指すような状況に引き込むしかない。守りを固めてもう1点も与えない、序盤、中盤、終盤にカウンターを繰り出す。目指すは4連勝、そしてマツダスタジアムへの帰還。負けた瞬間、新井監督とカープ家族の1年目は終演、である。


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