カープダイアリー第8450話「エディオンピースウイング広島に追い風となるか、日本サッカー協会宮本新会長誕生へ…そしてマツダスタジアムからは…」(2023年11月29日)

日本サッカー協会が次期会長選挙の正式な立候補者について2006年W杯ドイツ大会でキャプテンを務めた宮本恒靖専務理事ひとりだったことを発表した。
 
NHKは午後7時台のニュースで、他のメディアも続々と報じた。
 
12月24日の臨時評議会や2024年3月の理事による互選を経て第15代会長に就任する。
 
W杯経験者やJリーガーが会長になるのは初めて。しかも46歳という異例の若さだ。
 
 宮本氏はガンバ大阪などで活躍したDF。日本代表では2002年の日韓共催W杯でも活躍した。大阪府富田林市出身。
 
日本サッカーの先頭に立つ会長選挙では宮本氏のほかに、Jリーグの鈴木徳昭チェアマン室特命担当オフィサー(61)の出馬が報じられてきた。
 
3月には鈴木氏の下から立候補する意向を示す文書がメールなどで投票権のあるJ1各クラブの実行委員に届けられた。
 
鈴木氏は侍ブルーの夜明けを告げるハンス・オフト監督時代に日本協会の強化委員として通訳などを務め、日本サッカー協会からアジア・サッカー連盟(AFC)に出向した。東京五輪・パラリンピックで招致委員会の戦略広報部で部長も務めた。
 
日本サッカー協会は現在、田嶋幸三会長(65)が最終任期の4期目で2024年3月での退任が決まっている。次期会長候補としては岡田武史副会長の名前も挙がっていた。
 
 日本サッカー協会では2016年1月、それまでの会長決定方式を改め初めて会長選挙を行った。当時の田嶋副会長と原博実専務理事が出馬して75人の評議員による投票で、田嶋氏40票、原氏34票、白票1で田嶋氏が当選した過去がある。それ以降の改選は立候補者が田嶋氏1人だった。
 
今回、宮本氏は今月25日までに会長立候補に必要な評議員16人以上の膵炎を得た。8年ぶりに会長選が復活するのでは?という見方もあったが、そうはならなかった。
 
田嶋氏と宮本氏は11月2日、広島市中区で建設が進む新サッカースタジアム、エディオンピースウイング広島を視察に訪れた。その“動き”からも田嶋―宮本ラインのパイプの太さがうかがえる。
 
 田嶋氏から見れば息子のような世代にバトンを託すことになるが、まさにその関係は家族ぐるみの付き合い、だ。
 
田嶋氏にとっては“夢の続き”を託すにはまたとない人材で、外国語に堪能で国際感覚もあり、FIFAが運営する大学院でも学び、さらにはガンバ大阪での監督経験もある。
 
この“人事”は広島と森保一監督にとっても追い風になるだろう。それは「ピースウイング」への追い風、とも考えられる。
 
田嶋会長はサンフレッチェ広島を“クビ”になった森保氏を東京五輪監督に指名、そのあと代表監督との兼任という大抜擢人事も選択した。
 
岡田副会長もそのジャッジメントを常に後押しした。
 
 エディオンピースウイング広島の建設と完成後の利活用に関しても田嶋会長は積極姿勢を崩していない。早い時期から広島市の松井一実市長や湯崎英彦知事とも意見交換して、11月3日の視察の際には森保ジャパンの新スタジアムでの代表戦も“確約”した。
 
エディオンピースウイング広島は12月には建物自体のハード面は“完成”となり、田嶋会長の任期ぎりぎりの2024年2月にはオープンする。広島サッカーにとって宮本新会長とのパイプ作りが大事になってくる。
 
この日、新スタジアム建設の槌音が響く現地ではピッチに敷かれた天然芝の公開があった。
 
メディアとともにサンフレッチェ広島のミヒャエル スキッベ監督やサンフレッチェ広島レジーナの中村伸監督、それに選手たちも実際に芝に触れてその状況を確かめた。
 
マツダスタジアムから直線距離にして6キロにも満たないエディオンスタジアム広島。カープの松田元オーナーは長らくJリーグをカープの入場収入を脅かす存在として“敵視”してきた。
 
多くの人々が旧広島市民球場跡地への新スタジアム建設を希望していたのに徹底的にその流れをガードしたのもそのため、だ。
 
しかしその旧広島市民球場跡地の北側、徒歩数分圏内に新たな広島の舞台装置がもうすぐ完成する。
 
ならば、そこでカープ球団としてどんなメリットが考えられるのか…
 
戦略変更。
 
その最たる例がマツダスタジアム誕生時からコンコースなどでの飲食運営を包括的に引き受けている「エームサービス」のエディオンピースウイング広島進出、ということになる。

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