カープダイアリー第8414話「新井さんとカープナイン2年目の挑戦、龍馬がゆくⅢ」(2023年10月23日)

この日のスポニチ一面見出しは「早くもサバイバル開戦」「新井実戦漬けの秋」だった。
 
内容は11月に日南・天福球場で行う秋季キャンプで若手を鍛えるというもの。ニュースでも何でもない。当然の話、だ。
 
しかも新井監督からこの記事内容の話を聞いたのは2日前のオーナー報告のあとであり、それを一日寝かしてから記事にしている。
 
毎日、一面に耐えうる記事を書くのは大変で、仕入れたネタをすぐその日に使わないのがスポーツ紙流。しかし、そんなことをしていては、即配信のネット全盛時代を乗り切れない。
 
新聞記者なる名称はもはや死語となりつつあり、同時に報道陣、マスコミ、マスメディアという呼び方も見聞きしなくなった。
 
ジャニーズ会見もそうだが、会見場には全国紙、キー局の取材者らとネットで情報をアップするなどするフリーの取材者が混在していた。取材する舞台も同じ、記事を読者、視聴者に届ける手段もネット空間で言えば同じなら、あとはその内容、その深みや訴求力しだい。アクセス数が多いのはどちらか?
 
スポーツ紙が文字通り山のようにキオスクなどに積まれていた時代がある。1990年代半ばの話、だ。競馬人気、大相撲人気に後押しされ、Jリーグも誕生した。1994年に開催された広島アジア大会では、広島県内のスポーツ紙がよく売れた。
 
スポニチ広島支局は販売拡販の業績を大阪本社から表彰されたほどである。
 
だが、同じ時期に「紙」からパソコン画面に「情報発信」手段が移行し始める。
 
1995年、Windows95や当時のMacOSなどにインターネットへ接続するサービスを行うインターネットサービスプロバイダー(ISP)が登場。1996年にはYahoo!JAPANが「紙」以外の情報発信メディアとしての第1歩を踏み出した。同時にmixiなどの交流サイトやGoogleなどの検索エンジンがユーザーの身近に存在するようになった。
 
ガラケーでも情報が入手可能となった。NTTドコモのiモードサービスが始まったのは199年2月。
 
田辺一球note の最初のプラットホーム、iモード「RCCカープ」での記事配信スタートは2000年10月だ。他社もすぐにiモードに追随してガラケーによる情報提供を始めた。課金される情報であっても安価のため、契約者数は飛躍的に伸びた。
 
そんな“最新メディア”もほどなく時代遅れになる。2008年7月、日本を含む世界22カ国で「iPhone 3G」が発売されたのである。
 
実に分かりやすいい数字がある。
 
巨人軍人気とともに部数を増やした読売新聞の販売ピークは2001年で1000万部を超えていた。朝日新聞のピークは1997年、日経新聞は2002年。スポニチの親会社、毎日新聞は例外で、販売のピークは1970年台だ。
 
2004年、12球から8球団への「球界再編」を主導するなど我が世の春を謳歌していた読売新聞は、2020年台に入り7700万部台まで部数を減らした。
 
2011年の東日本大震災で「紙」は大打撃を受け、さらに2020年のコロナ禍で「紙」の弱体化は加速した。
 
日本新聞協会が先ごろ公表したデータでは、一般紙の発行部数は毎年200万部ずつ減っている。すでにトータル2800万部台まで落ち込んでおり10数年後に「紙」は消滅する計算だ。
 
しかしそれはあくまで机上の話である。一定量まで部数が減れば「紙」の新聞は立ち行かなくなる。もうあと10年ももたないだろう。
 
スポーツ紙は、さらに重篤な環境下にある。部数は20年前の4掛け、という目も当てられない状況だ。部数減+紙の値段高騰により売値を上げるから、さらにスポーツ紙離れが加速する悪循環に陥って久しい。
 
なので、ページ数もどんどん減って、藁を掴む思いで頻繁に取り上げるジャニーズネタ(カラー写真提供サービスほか)もこのご時世では御法度?生き残る道は…ない。
 
すでにスポニチ、日刊スポーツなど主なスポーツ紙の発行部数は30万部前後まで落ち込んでおり、部数減が顕著なサンスポでは担当記者不在の現場が増えている。
 
実際、北海道新聞が出していた道新スポーツは2022年11月30日付けで休刊となり、ネット版のみになった。北海道新聞とブロック紙3社連合を組んでいた西日本新聞社も今年3月31日付で西日本スポーツの発行を停止してネット版に移行した。

「紙」の媒体は「販売」と「広告」のダブルで収入があるが、ネットニュースではそうはいかない。そうはいかないから取材・人件費を削るしかない。ますます取材力は低下する。

この日も広島に担当者を置く各紙はマツダスタジアムを訪れる選手、関係者らを見つけては話を聞き「ネタ」を仕入れた。

その中には”中崎残留“も含まれる。中崎自身が今季取得したFA権を封印して「新井さん」とまた優勝を目指すことを口にしたからだ。

そんなことは、しかし最初から分かっていることで「新井さん」のおかげで今季の活躍があったことは中崎自身が一番よく分かっている。

それより問題なのは龍馬がどうするか?どうなるのか?

3日後、26日はドラフト会議。その2日後28日から日本シリーズで第7戦は11月5日。日本シリーズ終了日の翌日から土、日曜日と祝日を除く7日以内に在籍球団に意思を伝えればFA権を行使できる。期限は11月14日。
 
だが、すでに龍馬の移籍先として有力視されているオリックス周辺からは「プロテクト選手をどうする?」の声が上がっている。丸の巨人FA移籍の際に獲得した一岡の活躍はカープ球団にとって大きな成功体験になっている。仮に龍馬を手放すような事態になれば、最高度の見返りを求めることになる。

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