カープダイアリー第8233話「広島の春はアキの季節…逆転サヨナラ2ラン、9番と25番が抱き合う風景」(2023年4月14日)

広島県南部は正午までの降水確率が80%、そのあと午後6時までが40%。グラウンドはすでに前日の雨で水をたっぷり含んでいた。

降雨でもゲームができるのは独特の霧雨状の天候だから。グラウンドやマウンドに砂を入れればプレーが可能になる。

新井カープは雨ですでに勝ちをふたつ拾ってきた。

この日はどちらに雨が味方するか?

砂入れがあった直後の四表、先頭サンタナのゴロをサードのマットが一塁に悪送球。そこから床田の球数が1イニング30まで増えて、自らのトンネルもあり2点を失い逆転された。

が、その裏、先頭の龍馬が「自分のスイングができた」と雨のカーテンを打ち抜く待望の1号ソロ。2対2試合は振り出しに戻った。

打たれた高梨は今季初登板、初先発。そのあと床田に11球も粘られて四球を与えると伊藤投手コーチがマウンドに歩み寄った。

この時、高梨のスパイクの裏には泥土がこびりつき、その葉がまったく使えない状態になっていた。この回限りで高梨はお役御免となり、ヤクルトベンチは得意の1イニングごとの継投にシフトした。

床田の方は六回のマウンドで2安打1四球1死球、再び2失点…

追いかけるカープ打線は七回、防御率0・00の石山から1点を返して3対4。そして雨の上がった状況で九回の攻防を迎えたのである。

一番からのヤクルト打線を戸根がテンポよく3人で抑えたものの、その裏の攻撃も代打上本と菊池が連続三振で簡単にツーアウト。ヤクルトの新守護神、田口もまたテンポよく低目にスライダーを投げ込んできた。

打席には今季初スタメンだった大盛の代打、堂林。低目の球に手を出さないままストレートのフォアボール。打席には打率4割超えで“不動の三番”に定着しつつある秋山…

左対左、初球はバットの届かない外角へのスライダー、のはずが肩口から甘く入ってきた。強く押し込んだ打球は、レフトフェンスの高くなっているところより少し右寄りへ伸びて、そのままスタンドに飛び込んだ。

神宮球場で3連勝のあと、勝負手が打たれて雨の広島で2連敗。三塁ベンチの高津監督はその場面を無表情で見届けた。

劇的ヒーローを出迎えるナインの中には背番号25も見えた。戸根に抱き上げられたあと今度は9番と25番も抱き合った。こんなチーム、見たことがない…

2月。キャンプインと同時に秋山と新井監督の距離は近いものになった。打撃についていろいろ言葉を交わした。

だがその関係はすでにもっと早い時期から始まっていた。昨季、チームでただひとり全試合に出場した坂倉、天才打法の龍馬、送りバントをしない方針でキーマンとなった野間。この3人の左打者と秋山がシーズンを通して打線を引っ張っていく。首脳陣がミーティングで最初に決めた方針が4人にはきっちり伝えられていた。

だから秋山も打撃再生に向け大胆な変化を求めた。強く振る、ポイントを前に置いて打つ。打撃再生を目指して首脳陣と相談しながら試行錯誤の繰り返し。実戦でも練習でも初球から当てにいくようなことは絶対にしないと決めた。

そもそも、秋山のNPB復帰の行先が「広島」に落ち着いたのも「現場の声」によるものだった。侍ジャパンでいっしょだった菊池や曾澤が直接、いっしょにやらないか?と誘い、球団はあとからその流れに乗った。

西武復帰やソフトバンク入りを予想していたファンやメディアは驚きの声を上げたが、本人にすれば縁もゆかりもない広島に乗り込むだけのモチベーションは十分にあった。

まず、自分を必要としてくれるところ、出場機会があるところでないとメジャー挑戦で低下した“出力”を取り戻すことができない。その視線の先にある2000本安打に向けて、可能性を追求できる場所と仲間たち、それが広島…

だが、シーズン途中からの移籍ではなかなか思うようにはいかず、秋の気配を感じるころにはそのオーラさえ失いかけていた。原因のひとつにはストレスなどによる扁桃炎の異常があった。新井新体制で勝負を駆けるために、11月に手術を受けた。

新井監督の人となりに共鳴した秋山は当初、首脳陣の方針に従い「一番」切り込み隊長役に徹するはずだった。オープン戦でも「一番」をよく打った。

しかし「アキは一番だといろいろ考えるから…」(新井監督)と開幕戦、三番スタートとなり、それがチームに勢いをもたらせた。

秋山がどういう人物なのか、は「球辞苑」トークによって、すでに明らかになっている。

プロ野球界の模範生であるだけでなく、どんな社会でも通用しそうなキャラクターの持ち主だ。

それでいて優しそうに見えても“仕事場”では厳しい。広島に来てしばらくは、地元の記者らから稚拙な質問を投げかけられるとピシャリとやり返した。プロはプロであれ、ということなのだろう。

赤い雨具で埋まったこの日のマツダスタジアムのスタンドは入場者数2万9574人と発表された。ファンにとってはこれ以上ない、曇り空の下での爽快なエンディング…。そしてお立ち台のヒーローと過ごす最高の時間…

秋山のお立ち台

-大きな仕事をやってのけた

そうですね、あのー前のイニングからピッチャーがほんとしっかり抑えてくれて、最後ツーアウトから堂林がしっかりフォアボールを取ってくれたんで、良かったと思います。

-どんな気持ちで打席に?

ひとりで決めるとはぜんぜん思ってなかったんですけど、とにかく思い切ってアウトになっても仕方ないと、それを表現できたかなと思います。

-そして打球がスタンドイン。

いやもう、レフトも下がってたんで、捕らないでくれと、でも入って皆さんの歓声が聞こえてホームランだと分かりました。

-ナインの祝福、どんな光景?

戸根が僕のこと持ち上げ続けるんで、ちょっと地に足がついてなかったんですけど、まああれぐらい前のイニングしっかり抑えてくれたんで、まあ良かったなと思います。

-きのう、きょうと雨の中、ほんとに粘り強い戦いが続いています。

まずは、きのうの悪天候の中、ここで試合をやれる環境を作ってくれたグラウンドキーパーの方のおかげで、きょうみなさんが見にこれているんで良かったと思います(スタンドから歓声)。

-ファンのみなさんにひと言。

ほんとに苦しい試合もいっぱいありますけど、あのぅこっちに来てからたくさん…(笑いながら周囲を気にする)ちょっと待ってくださいね。(龍馬と坂倉がバケツを持ってボードの裏に立つ)なんかわかんないんですけど、ちょっと、みなさんのざわつきが…テレビで見たやつだと思って…

-秋山さん、お言葉ですが広島では普通の光景…

あ、そうですか…、

-ファンに向けて。

まあ、とにかくホームで勝てているというので、みなさん喜んでいただいていると思うんで、それを続けられるように、34歳これで締め括ったんで(微妙な間で笑い噛み殺して)あしたからまた新しい35歳という年をいい一年間にしたいと思います。応援よろしくお願いします!(頭を下げる)(さらに帽子をしっかりかぶる)

ありがとうございました。きょうのヒーローは秋山選手でしたー!

(左右からバケツの水)

想像以上ですね!(顔の水を拭って、両手でガッツポーズ)

※この記事内で選手などの呼称は独自のものとなっています。

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