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知らない天井と知ってる畳
(数年前の下書きを2023/09/11に公開設定にしました)
実家が小さなアパートにかわっていた。
私の実家は水色の四角い一軒家で父方の祖父母との二世帯住宅だったはずなんだけど。
祖母の母いびりが酷くて父の怒りがカンストしたから縁を切って引っ越すぞ。という話を帰省直前に聞いていたものの、タクシーがナビを使ってそこに送り届けてくれた時、部屋番号を何度も確認してインターホンから姉の声がした時、二度のセーブポイントでやっと状況を理解できたよね。
私はとてもアホなので、電気の形がモナカみたいで可愛いというだけの理由で、知らない天井をすぐに知りたくなった。
夏休みの思い出がモナカになって、寒くなって、年が明けて、桜が咲く少し前、祖父に癌がみつかった。余命は半年ほどらしい。
一番可愛がっていたはずの孫の、私の、20歳の誕生日に連絡の一つも寄越さないことを面白くないなと感じていたことは一瞬で吹き飛んでしまった。
弱々しい声で悲報を知らせる父の代わりに電話越しで泣いた。父も我慢できずに泣いたので結局代わりにはなれなかった。
縁を切ったのは祖母にあたる老婆だけだったけれど、それと一緒に暮らす祖父とも疎遠にならざるを得なかった父の気持ちは想像したくない。あまりに気の毒だ。
妹の卒業式の翌日、老婆が着替えを取りに帰っている僅かな間に、じいちゃんはスッとこの世を去った。
あの電話からまだ一週間しか経っていないのに。じいちゃんの半年は健康な人間の一週間だった。
「とても良いタイミングで旅立ったね」と父のいない場で話した。妹はきちんとお祝いができたし、老婆に看取られたくなかったんだと思う。きっと最後の気遣いと仕返しをしたんだ。
久しぶりに会ったじいちゃんは相変わらず無口で、土気色で、猫が爪を研いでバリバリにした畳を隠すように寝ていた。それから先はあまり覚えていないのだけれど、夜は綺麗な満月だった。
じいちゃんへ
お元気ですか。そちらでも酒癖は相変わらずですか。またゴミ捨て場で寝ていたりしませんか。
もう酔っ払ったじいちゃんを迎えに行けないし、失くした携帯電話を一緒に探すこともできないので、控えめに楽しんでね。
若い頃みたいに好きな物を食べていてね。
ポテトチップスで砂糖をすくって食べていた話がめちゃめちゃ好き。そちらは健康に気を使わなくても良さそうな気がするから、沢山食べてね。
それと今月また煙草が増税しましたよ。
うるまは530円になっちゃった。じいちゃんが最後に吸ってた頃は320円だったのにね。高くなっても銘柄かえてないかな、今度こっそり持っていくね。
お葬式で泣き崩れていた若い女の人がじいちゃんの愛人でしょう。
その人を見た時にテンション上がっちゃった。やるじゃん。綺麗な人だね。あれだけ泣いてもらえるってことは良い関係だったんだね。泊まりに行っても仕事ばかりでじいちゃんが家にいなかった理由を回収できて良かった。
小さい頃に熱を出した私を看病してくれたことがあったよね、ありがとう。
自分の子を看病したことないじいちゃんなのに、私のことは一晩中寝ずにみてくれていたってね。そんなに孫は可愛かった?ありがと。
じいちゃんの荒い運転が恋しいな。急ブレーキで頭をぶつけたいよ。送ってくれたり、迎えにきてくれたり、いつもありがとうね。
じいちゃんが買ってくれるアイスのレパートリーがピノとチョコモナカジャンボしかないとこも好きだったよ。
小さい私が「男の人が自分のことワタシって言うのは変!ボクにして!」と何度も言ったせいで一人称が完全に僕になっちゃったじいちゃんのこと、大好きよ。
またね。
孫より
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