そこにプレゼンがあるから、夏

入社してまだ3ヶ月ほどしか経っていない、夏の暑い日の話。

私が朝出社すると、先輩から、

「〇〇さん(私の上長)が、出社したらそこの番号に電話しろって」

キョトンとした私が自分のデスクの上を見ると、A4コピー用紙の紙面に無造作に書かれた携帯番号があった。

言われるがままに会社の電話から掛けると、上長の声がした。

上長「おはよう」

私「おはようございます」

上長「突然だが、今日が件のプレゼンの日だった」

私「えっ」

上長「俺はもうクライアントの会社の近くの喫茶店にいる」

私「えっっ」

上長「プレゼンは10時からだ。急いで来い」

私「えっっっ」

上長「5分前になっても来なかったら俺一人で行く。それじゃ」

そして無情にも電話は切れた。

腕時計を見ると、時刻は9時を示していた。上長がいると思われるところまで、電車を乗り継いで、最寄り駅から歩いて丁度1時間ほどかかる。急がなくてはと、私はつい今置いたばかりの鞄を再び手に持ち、来た道を踵返しで走った。

電車に乗ると、朝の時間帯だとありがちではあるが、遅れていた。上長が指名するところのクライアント先には、私は1度しか行ったことがなく、その際にはただ上長の後ろをついていくばかりの私だったのだ。つまり行き方がよく分からない。私は遅れた電車の中、冷や汗を書きながらスマホ片手にナビタイムに縋り付いていた。電車の中は冷房が効いているはずなのだが、なぜか私は玉の汗を額に浮かばせていた。

なんとかかんとかクライアント先の最寄り駅まで着いたが、ここからが大変だ。駅からクライアント先までは結構歩いた記憶がある。しかし考えている時間はない。私は再びスマホ片手に、グーグルマップよろしく走り出した。真夏の朝、スーツにネクタイ姿(プレゼン時はその恰好をするよう指示されていた)の冴えない男がスマホを見ながら走っている。まだ革靴に慣れきっていない私のかかとはすでに靴擦れを起こしていた。

かかとを血で染めながら、私は道を間違えた。一本曲がる道を間違えた私は、そのせいで遠回りすることになり、さらにタイムリミットが迫ってくる。

メロスさながら私は走った。そこに上長が、クライアントが、プレゼンが待っているから。

そうして待ち合わせ場所の喫茶店に着いたところで、上長がすでに外に出ており、私の方を見ていた。

私「はぁ、はぁ、はぁ、お・・・おはようございます」

上長「間に合ったか!悪かったな!もう時間がない、行くぞ!」

時刻は9時55分。私と上長は足早にクライアントの会社に向かいつつ、プレゼンの要点だけを上長が私に話した。

受付を済ませ、クライアントが現れた。私たちは会議室まで案内され、私と上長はソファーに座らされ、コップに入った冷たい緑茶が若手女性社員から出された。

外は真夏だが、今まで室内の空調の効いた場所でそれぞれ涼を取っていた上長とクライアント数名。その中、つい今まで真夏の空の下、スーツで駆けていた私。

涼しい顔をした面々の中、ただ私だけが汗をしたたらせていた。眼鏡が水滴で滲んで前が見づらくなったが、きっとそれは汗のせいだけじゃなかっただろう。

ある真夏のプレゼンの日の思い出。

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