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アニメーション映画監督・Ru Kuwahataさん(Tiny Inventions)に訊く 「STAR」MVの制作過程と作品に込めた想い

映画「銀河鉄道の父」の主題歌として制作された、いきものがかりの最新曲「STAR」。全編アニメーションで制作されたMusic Video(以下、MV)は、楽曲同様温かみのある作品となっている。このMVを手掛けられたのが、アカデミー賞ノミネート経験もある米国ロードアイランド州在住のアニメーション映画監督・Tiny Inventions(Ru Kuwaharaさん、Max Porterさん)と、名だたるブランドのコマーシャル映像などを制作している米国バーモント州在住の監督/アーティスト/アニメーター・SHAPE & SHADOW(Hayley Morris)だ。
3名を代表してRu Kuwahataさんに、MV制作時のエピソードやこだわり、いきものがかりに対する印象を伺った。

――まずはKuwahataさんがモノづくりやアニメーションに興味を持ったきっかけについて聞かせてください。

小さい頃から工作が大好きで、NHKの教育番組「できるかな」を観て育ちました。ダンボールが車になったり、カップラーメンのボウルが亀になったりという変化が面白くて、その頃からずっとクリエイターになりたいという夢を持っていました。なので、自然な流れで美大に行こうと決めていたんですけど、アニメーションに出会ったのは、パーソンズ美術大学に進学してからでした。アメリカの美大は日本の美大とは違って、学部を決めてから入学試験を受ける形式ではないので、1年目は全般的に学ぶんですよ。その中で「アニメーションって欲張りでいいな」と思って。動かすのはイラストでもお人形でもなんでもいいし、撮影に編集に彫刻に照明に……といろいろな要素が入っているので、「これは楽しい!」と。そこからずっとアニメーション一筋です。


――Tiny Inventionsの設立は2008年。マックスさんとともに創作活動を始めようと思ったきっかけは?

私は元々監督志望だったんです。卒業後はいろいろなアニメーションスタジオで働いていたものの、卒業したての新人だと監督としては雇ってもらえないので、いろいろな人の作品を手伝っているうちに「やっぱり自分でディレクションしたい!」とうずうずしてきちゃって。その時期に出会ったマックスも同じようなことを言っていたので、「ここら辺でちょっと勝負に出ようか」と一緒に独立しました。


――Tiny Inventionsといえば、ストップモーションアニメ。Kuwahataさんはストップモーションアニメのどのようなところに魅力を感じていますか?

ストップモーションの魅力といえば、手作りならではの温かみですよね。素材や照明をちょっと変えただけでガラッと作風が変わるので、「じゃあどの素材を使おうか」「どの技法を使おうか」と考えたり、実際に作ってみて試してみたりという工程がすごく楽しいです。あと、ストップモーションは完璧じゃないのが面白い。微かに指紋が映っていたりとか、ちょっとした失敗が見えたりするのが愛おしいなと思います。


――それはあえて撮り直さずに残しているということですか?

そもそもアニメーションは1秒24コマ、ストップモーションの場合は1秒12コマで作るので、1日に3~10秒分しか作れないんですよ。夜中まで撮影をしていると、「また間違えた!もう嫌!」ってなることもあるんですけど、スケジュールが遅れると後にも影響してくるので、自分たちの意図が映像でちゃんと伝わっていればOKというか、「ちょっとの間違いだったらしょうがない!」という感じで進めているのが現実です(笑)。私たちはミックスメディアというアナログとデジタルを混ぜた技法を得意としていて、作品を作る上でストーリー性を一番大事にしているんですけど、“ストーリー=誰かの人生”じゃないですか。なので、ストップモーションならではの手作り感や人間臭さがすごくしっくりきているんですよね。


――ここからは「STAR」のMVの話を。MVのプロデューサー・株式会社コエの山口洋介さんからオファーがあったんですよね。

はい。山口くんとは以前映画祭で知り合ったんですが、いきものがかりのミュージックビデオを全編アニメーションで作ることが決まった時、私たちのことを思い出してくれたみたいです。それで山口くんからメールをいただいたんですけど、件名に「いきものがかり」と書いてあったので、最初はいたずらメールかと思ったんですよ(笑)。私にとってのいきものがかりといえば、ブラウン管越しでしか知らない存在だったので、「なんでいきものがかりが私に? なにかの間違いだろう」と。だけどよく見たら山口くんからのメールで。消す前にちゃんと気づいてよかったです(笑)。


――今回のオファーを受ける決め手になったのは?

やっぱり歌を聴いて感じることがあったからですね。私とマックスには3歳の娘がいるので、親から子への愛情がダイレクトに描かれている歌詞にすごく共感したんですよ。映画「銀河鉄道の父」の主題歌ということで予告編も見てみたら、号泣してしまって。

さらに吉岡さんが出産を経て初めてのシングルだという話を聞いて、「絶対にやりたい!」と思いました。なので、すぐにOKして、企画書の制作に移りましたね。今回は私とマックスとヘイリー(・モリス)の3人で共同監督という形を採ったのですが、ヘイリーとはずっとコラボしたいと思っていたんですよ。ヘイリーにも2歳の子どもがいるし、「STAR」は親と子の愛情を描いた作品ということで、いいチャンスが巡ってきたなと思いました。

Ru Kuwahata / Hayley Morris / Max Porter


――ヘイリーさんとコラボしたからこそ出てきた発想はありますか?

3人で毎日何時間も話し合って「ああしよう」「こうしよう」と卓球のラリーのようにやりとりしていたので、最終的に誰のアイデアがどうなったのかはあんまり覚えていないんですけど……星が花になって赤ちゃんが出てくるシーン(0:18~/3:27~)は彼女の発案でした。ミュージックビデオの面白いところって、テンポとコンセプトに合ってさえいれば、遊び心のある映像を入れても良しとされるところだと思うんですよ。私はストーリーを考えるのが得意なタイプだから、実はそういうのがちょっと苦手なんですけど、その点、ヘイリーはビジュアル感覚が素晴らしい。私だったら思いつかないようなアイデアをたくさん出してくれて、その意外性が楽しかったです。


――全体のイメージはどのように膨らませていきましたか?

題名が「STAR」で、歌詞にも星の話が出てくるので、親子の物語と星を上手く組み合わせられないかと考えていきました。今私たちが見ている星は過去のもので、近くに見える星は数秒前の光だし、遠くに見える星は数百年前の光。というところから、親子の思い出を星に包み込んで、夜空に放つというコンセプトが思い浮かびました。話し合いを始めてから5分くらいで「これでいこう!」と決まりましたね。歌詞が本当に素晴らしかったので、私たちもすごくインスパイアされて、アイデアがいろいろと出てきたんです。


――MVは、子どもが生まれたところから始まり、子どもの成長を経て、今度はその子が親になるという三部構成になっていますね。

実は、当初は「銀河鉄道の父」と同じように、ラストに息子が亡くなる方向で絵コンテを作ったんです。だけど、いきものがかりさんとリモートでミーティングをした時に、水野さんから「そこは映画とは切り離してもいいですよ」「どちらかというと、ネガティブな結末ではなく、親から受け継がれたものを次の世代や世の中に広めていくというポジティブな結末にしたい」と提案いただいて。なので、孫を登場させて、思い出を夜空に託しながら、「時を超えて、生命が繋がり続ければ」という水野さんのメッセージを込めた終わり方に変えました。いきものがかりさんの意向を映像に取り入れられたのがよかったですし、私個人としても、やっぱりポジティブに終わらせたいと思っていたので、この結末にはすごく満足しています。


――企画書の段階では内容はどの程度詰めているんですか?

構成はもちろん、ビジュアルやアニメーション技法も企画書の段階である程度決めています。試しにパペットを1体だけ作ってみて、「こういう照明を当ててみたらどうだろう?」とテストしながら、どういう素材を使って、どういう技法を使うのかを考えていくんです。背景や小物とのバランスも考えます。それらに基づいて、1枚のイラストレーションに落とし込んでいきます。このスタイルフレームと呼ばれる1枚の絵に方向性をまとめることで、クライアントも制作の過程が理解しやすくなりますし、私たちも制作スケジュールやチーム編成を組みやすくなります。


――その次の工程は?

絵コンテの制作ですね。絵コンテは、紙芝居のようなものと思っていただけたらイメージしやすいかもしれません。「1カットでキャラクターの手をここからここまで動かす」というふうにかなり細かく決めていきます。実写の場合、ロケーションさえ決まってしまえば、風とか雲とか、いろいろなものがタダで動いてくれるじゃないですか。だけどアニメーションの場合、風を吹かせるにも1秒12コマで動かさなくちゃいけないし、欲しいものは全部作らなきゃいけない。そういうことも考慮しつつ、「じゃあここは繰り返そう」「もっとシンプルにしよう」と決めていく必要があります。


――なるほど。

そのあとは絵コンテにラフなアニメーションを加えて、アニマティックというものを制作していきます。この時点で完成後のイメージが8~9割は固まっているような感じです。実際に撮影に入るのは、背景や小物、キャラクターなどの美術製作を終えてからですね。私は美術製作を強みにしているのですが、パペットの製作は意外と時間がかかるんですよ。頭、胴体、腕の上部・下部、手、脚の上部・下部、お尻、靴……といったパーツを作るだけでも時間がかかるし、それを針金で繋げていくのにも時間がかかる。パペットは1日10~12時間の撮影にも耐えられるくらいの強さで、かつ壊れた時に修理がしやすいように作る必要があります。さらに今回は、4枚のガラスのレイヤーの上に背景やキャラクター、お花を置いて、上から撮影するという方法を採ったところ、照明によって人形の裏側が反射してしまうという問題が発生したんです。


――企画書の段階では想定していなかったこともどうしても起こってしまいますよね。

はい。思いがけないことはどのプロジェクトでも必ず1つは発生します。それで、パペットの後ろに黒いテープを貼り付けることにしたんですけど、パペットのサイズに合わせてテープを小さく切りながら「これでまた1日潰れるな……」と思ったりして(笑)。撮影が始まってからは、そういう地味な作業が意外と多いです。1~2mmしかない小さなサイズの星を、ピンセットで黙々と動かしたりとか。その後コンポジティング(合成)や編集を経て、映像が完成します。企画書を作り始めてから映像が完成するまで、今回の場合は8週間かかりました。


――その8週間のうち、特に楽しかった工程はありますか?

プラネタリウムのように空がまわっているシーン(1:08~/2:33~)を作るのが楽しかったです。この星座は、大きな画用紙にカッターで線を入れたり針で穴をあけたりして作ったものなんですよ。その画用紙の下でクリスマスライトをガシャガシャッと動かしながら撮影するというDIY感のあるやり方だったんですけど、最終的にいい映像になったので、「よかったね」とみんなで話していました。


――では、苦戦したところは?

親子がボートに乗っているシーン(1:38~)ですね。波の動きに合わせてボートが動いていて、さらにキャラクターもまた違う感じで動いている、しかも釣り竿の紐は固定しなきゃいけないということで、このシーンのアニメーションを担当したヘイリーはすごく苦労したみたいです。


――言われてみれば、確かに。観ている側としては「水の上だから揺れているんですよね」と普通のこととして受け取ってしまうシーンだけど、一つひとつ別々に動かしては撮影しているわけですからね。

そうなんですよ。絵コンテや美術製作の段階で想定していたより、全然簡単じゃなくて。それぞれの動きの方向を全て把握しながら、その一つひとつを1秒12コマに分けて動かしていく必要があるので、結構大変なんです。ヘイリーから1時間ごとに「これはつらい……」というメッセージが来ていたのを思い出します。しかも孫が生まれて3人になってからもボートのシーンがあるから(3:44~)、私としては「本当にごめん……」という感じで……(笑)。


――ほかにも裏話があれば、ぜひ聞かせてください。

撮影の後半に入った時期に、うちの子とヘイリーの子がシンクロしてなぜか昼寝をしなくなったんです。子どもたちが寝ている間が、私たちにとって集中できるすごくいい時間なんだけど、2人ともそれが削られてしまって。「お願いだから寝てくれー」と言いながら作業していました(笑)。「今日は寝た?」「ごめん、今日の夜シフト(子どもが寝静まった後の作業時間)は21時からになると思う!」などと、お互いに子どもの昼寝事情を確認し合ったりしていましたね。「STAR」はまさに家族の愛を描いている楽曲なので、そういう家族との生活の中で作れたのもよかったです。


――MVが完成した時、どんなことを感じましたか?

「いいもの、できたじゃん!」という達成感がありました。私とマックスは最近長編映画やテレビシリーズに関わっていて、長期戦が続いていたので、いい意味で勢いで走り切るような制作ができて楽しかったです。水野さんや吉岡さんが楽曲に込めた想いを汲み取りながら一生懸命取り組んだ結果、自分で言うのもなんですけど、楽曲と映像がいい感じにマッチングしたんじゃないかと思っています。MVが公開されると、世界各国からたくさんのコメントが寄せられていて、そこで改めていきものがかりさんのすごさに圧倒されました。思った以上にすごいことをやってしまったんじゃないかと。


――MV制作を経て、いきものがかりに対する印象は変わりましたか?

そうですね。私たちがアメリカに住んでいるので直接会うことはできず、オンラインで打ち合わせをさせてもらったのですが、クリエイターとして素晴らしいのはもちろん、ビジネスの才もあるんだなと感じました。世の中の流れを把握して、自分たちに何が求められているのかを考えて、それを提供することで成功を収めていく。それは誰もができることじゃないと思います。同時に、お二人ともすごく気さくなので、「偉大なアーティストと話してる……!」という変な緊張感がなく、すごくやりやすかったです。アニメーションは最初の工程が肝心なので、「変更したいところがあったら初めのうちに言っておいてください!」とこちらから要望を出してしまったんですが、「3人のビジョンにおまかせします!」と大らかに言ってもらえたので、とても楽しく制作できました。いきものがかりの作品には、そういったお人柄の良さが表れているように思います。

いきものがかり「STAR」のミュージックビデオ、メイキング映像とあわせてたくさんご覧いただけるとうれしいです。


【PROFILE】
Tiny Inventions

アニメーション映画監督のRu Kuwahata氏、Max Porter氏によるユニット。米国ロードアイランド州在住。2007年より『Tiny Inventions (タイニー・インベンションズ)』として制作活動を開始。コマ撮りとデジタルを混ぜた手法を得意とし、TVコマーシャル、ミュージックビデオ、短編映画などを制作する。作品はサンダンス映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭、クレルモン・フェラン短編映画祭など1,000以上の国際映画祭に入賞。人形コマ撮りアニメーションの『ネガティブ・スペース」は第90回アカデミー賞にノミネートされ、その他グランプリなど135以上の賞を受賞。現在は初の長編、「ポルセリン・バード」をフランスのミユ・プロダクションと共に取り掛かり中。

取材日 : 2023年06月
取材/文 : 蜂須賀ちなみ
企画/編集 : MOAI inc.


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