とにかく攻殻機動隊SAC_2045を観てくだされ

前置き

 2020年5月23日(月曜)に待望の 攻殻機動隊SAC_2045シーズン2
 が初回登録31日間見放題のNetflixで公開され(ダイマ)、衝撃のトグサ失踪から続く物語がシーズン2として描かれ無事完結しました。シーズン1公開時点では関心をもっている人が私の周囲に全くおらず打ち切りを非常に危惧していたので、完結ありがとう感謝感激十字を切るぜって感じです。しかし内容的には幾原監督作品かと思えるほど抽象的で曖昧な箇所が多く非常に多くの謎が残ったので疑問点を本備忘録で整理する所存です。
 ところで「2045観た?」という私の質問に対し、原作、押井監督作品はもちろん、旧TVシリーズだけでなく黄瀬監督作品もきちんと履修している私の兄からの返事、見てください。

図1. 兄との会話

「No」ですよ!? ハ!? 「No」じゃないんだわ! お前はよつばちゃんか!?そんなエキサイティングな感傷に浸りながら書いていると、正直自分でもどこからが引用でどこからが妄想かわからなくなるので話半分で読んでね。

ざっくり時系列

神山世界線オーバービュー

前提:少佐が人形遣いと出会っていない世界線
西暦2024年 笑い男事件勃発
西暦2030年 トグサを発端に公安9課が笑い男事件を調査・解決
西暦2032年 個別の11人事件
西暦2034年 傀儡廻事件、少佐の帰巣
西暦2045年 少佐らポストヒューマンに遭遇

SAC_2045

西暦2030年
 ・3月12日 新浜市で一家惨殺事件が発生 *7
西暦2042年
 ・?月?日 米帝(NSA)がコード1A84を使用 *1
 ・?月?日 産業としての戦争が開始 *1
西暦2043年
 ・?月?日 荒巻が公安部の顧問に就任 *1
西暦2044年
 ・?月?日 全世界同時デフォルト *1
 ・?月?日 トグサ離婚 *1
西暦2045年
 ・?月?日 CIA作戦
 ・5月12日 コード1A84がククーシキンに捕まる *6
 ・5月12日 矢口サンヂ、シマムラ・タカシ発症 *3
 ・?月?日 江崎プリンコード1A84のミームに感染 *7
  (感染時期不明)
 ・5月?日 カナミ自殺 *3
 ・5月?日 ヤマダがシンクポルで脳を焼かれる *3
 ・6月10日 矢口サンヂ失踪 *2 
 ・?月?日 9課再編
 ・11月某日 トグサMiniluvと思しきウイルスに感染 *4
 ・11月某日 ククーシキンが公安9課に捕まる *5
 ・?月?日 江崎プリンとコード1A84の対話 *6

*1 シーズン1−1
*2 シーズン1−9
*3 シーズン1-11
*4 シーズン1-12
*5 シーズン2-1
*6 シーズン2-2
*7 シーズン2-4

劇中用語

・シンクポル *8
その時ネット上でヘイトを集めている人物をターゲットに設定し、市民が無罪・有罪を投票するアプリ。有罪と判断した市民の数だけターゲットにアクセスが集中し、断罪の数によっては脳が焼かれる。
・ピープホール
シンクポルでターゲットにされた人物の視点を第三者視点でのぞくことができるアプリ。ウオトリが坂の下中学校サーバからシンクポルをサルベージしピープホールを作成してネットに放出。
・コード1A84 *8
”人類全体の恒久的繁栄”を追求するためアメリカによって開発された超高機能AI。アメリカの利益追求という新たなオーダーに応えるため世界同時デフォルトを起こすが、NSAはその判断をバグと見做しシステム凍結を試みる。コードは自身のミームをNSAに干渉されない(されにくい)スタンドアローンデバイスである人間の脳に直接インストールすることで、凍結されても基底命令を実行できる環境整備と人間の感情を理解するという目的を達成しようとする。
ポストヒューマン
コード1A84のミームが電脳にインストールされ、高度な計算処理能力を不可逆的に獲得した人間。愛着や共感など現行人類が日常的に表現する感情の発露が失われている。なお、ポストヒューマンから感染が広がることはなく、ミームの直接インストールのみがポストヒューマンとなる手段である。
・ミニラブ/Miniluv *8
感染させた人間をNにする郷愁想起アプリ。シマムラタカシが京都で過ごした幼少期の深層記憶を思い出すために作ったもの。トグサは押収したシマムラタカシのデータ接続時に感染のち、卒倒したもののその時見たものは忘却していた。(トグサやスタンダードが感染したウイルスはMiniluvと称されていなかったものの、Miniluvとの区別は明言されていない)
・N
大半はMiniluvがインストールされた人々。

江崎プリン「こいつ、白昼夢でも見ているの?(中略)特に洗脳を受けているってわけでもないのね。本気で人類の平等と平和を考えてる。中途半端に解脱してるなあ、こいつ」

(シーズン2-7)

ゴースト障壁ラインが溶けてしまったために自我境界が曖昧になり個人の幸福よりも社会全体の最大幸福を希求するようになった人間のことを指すと考えられる。

江崎プリン「現実を生きながら摩擦のないもう一つの現実を生きられるようになった人たちのことです」
少佐「ではバトーたちは今しまむらによって私たちとは別の虚像を見せられているということか」
江崎プリン「そうでもなくて、あ、なんと言いますか。みんながみんな自分のやりたいゲームを別々に楽しんでいる。あるいは、全員が解脱したような状態で現実を生きているんだと思います」

(シーズン2-12)

上記に基づくと、ダブルシンク(下記参照)が可能となり矛盾する現実と非現実が両方真実であると信じていることが非感染者とNの最たる違いである。一方で、ノダはトグサが失踪後乗っていた電車の目的地(東京)のことをNと呼んだ。Nの語源は説明されておらず、ノスタルジアやネットの頭文字が有力。
・自認としてのN
「浄化が終わって透明な存在」になること。「人類が自由と平和を体現できる世界を作るための革命戦士」であり、ビッグブラザーによってその変化は成された。ビッグブラザーの正体は問題ではなく、ビッグブラザーからのメッセージを受け取っていること、つまり自身のトラウマを追体験することで「夜と霧を通り抜けて死生観が一変するほどの思い出を自分の中に見つける」ことを重要視している。ノダは東京に向かったNたちを「プロールとなる道を選ばずビッグブラザーを助けるために自治会に参加することを選んだ連中」と称したことから、既に相当数のミニラブ感染者が存在しておりその中でも一部が東京で決起していると考えられる。
・プロール *8
おそらくミニラブに感染しつつも東京に集まらなかった人々を指す。
・Nぽ
ミニラブに感染せずNとなっていない人間のことを指す言葉。出遅れたシンジョーは使っておらず、東京に集まったNたちの共通語の様子。
・Nネット
ジオシティーをフィルタリングしてNだけが使えるようにした独自ネット。アクセスは容易だが攻性防壁が張り巡らされている。
・思考警察 *8
東京でNぽの存在を取り締まる存在。 
・101号室 *8
東京におけるNぽの連行先。感染者のトラウマを強制的に呼び起こすMiniluvに感染させることを指すと思われる。
・ダブルシンク *8
Nが体験している”夢の世界”。今までの暮らしを継続させながら各人が電脳内で最も安らかな状態を維持すること。

*8 1984年(ジョージ・オーウェル著)からのレファランス

感想

1. ポストヒューマンに関するモヤモヤ

ーーポストヒューマン一覧ーー
・パトリック・ヒュージ
 IT実業家でNSAによって捕獲が計画されるものの少佐たちにより脳髄が破壊される。
・ゲイリー・ハーツ 元陸軍総長であり、核ミサイル基地を襲撃後NSAに捕獲されていたが、少佐ら往訪時に脱獄失敗後殺害される。
・矢口サンジ ボクサー。不正を働く役人や政治家を撲殺していたが、少佐によって捕獲され、NSAに引き渡された。
・ミズカネスズカ 数学オリンピックの元チャンピオンであり、飛行中の航空機をハックして操作できるほどの計算能力を有する。SHIELDsによって東京で殺害される。
・シマムラタカシ 一介の中学生であるが、一連の人類総N化計画を立案実行。
・江崎プリン 9課のオペレータとして就職時には既にポストヒューマンとしてなっていた。
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●行動理念がよくわからない
シマムラタカシの目的は開示されたけど、ポストヒューマンたち全体としての共通行動理念はコード1A84の基底命令であり各々が考える方法で世界平和を実現しようとしていたってこと?ポストヒューマンが「出来ること」ばかりフィーチャーされて断片的な背景情報だけでは各々の信念が全体的によくわからんです。ミズカネスズカがいつの間にかシマムラタカシと行動を共にするようになった理由も示されてましたっけ……。

●江崎プリンの特異性がよくわからない
コード1A84のミームに感染することで脳細胞の活性化だかシナプスの接続変換だかが発熱症状として表出し、強制的に高度な演算機能が付与される引き換えに人格変容が起こるのは、服内側前頭前野の欠損で怒りっぽくなったPhineas Gageの症例(Damasio et al., 1994)や同脳部位と情動の関係を示す数々の研究から最もらしい展開だと理解できるものの、そうなると江崎プリンが社会的に問題のない情動行動を示しながらあれほどまでの計算能力を有していたことに説明がつかないんですよね。MITに入学するほどの生来の優秀性だけで人格への影響を防げるわけではないことは、元数学オリンピックチャンピョンがポストヒューマンに名を連ねていることから明白です。最終話でシマムラタカシが少佐の気遣いに対し謝意を示しますが、それは情動行動というより彼の母親が救われた事実を客観的に述べてい流だけに過ぎないように思えます。江崎プリンだけが感染前と同じように現行社会への帰属意識を維持しつつ共感表現を行なっていたことについてこじつけで説明するとなれば、元々持っていた自分の信念と才能の距離が感染前後でそれほど乖離しなかったことで、わざわざ自己実現できる環境を変える必要がなかったということ、もしくは江崎プリンだけが真に技術的特異点を迎えた人間であったこと。後者については激しく否定したいですが。これについては後述します。

●運動能力がよくわからない
それにいくら高度な演算能力を持っているからといって銃弾を瞬時に避け続けるだけの運動能力を有しているとは限らないのでは。スクールカースト最下層の厨二ド陰キャがいくら不慣れとはいえ全身義体アンドロイドちゃんの江崎プリンに太刀打ちできる道理はないのでは?銃弾を絶え間なく避け続けるミズカネスズカ、実は傭兵だった過去があるとか?それならそうとちゃんと示せい! 

2. ネットとの融合という題材

 攻殻機動隊の主題の一つである、人間の輪郭を定義するものは肉体ではなく脳に宿る「ゴースト」こそが人間たらしめているという話ですが、本作は刑事劇と絡めて展開されてきたこれまでのSACシリーズとは違い人類をN化させゴーストとネットの境界を曖昧にさせることが目的のポストヒューマンを追うことがメインストリームという点において主題に対し直裁的です。人間が社会を築けば政治と犯罪は切り離せない問題だからこそ、テックによって変化する事件を解き明かす過程で変化しない人間の本質が見えるお話が大好きだったので、本作でマクガフィンがマイクロマシンでも難民政策でもなく”ポストヒューマン”という人間自体になってしまったことが一番視聴意欲を削ぎましたね。
 結局SAC2ndGIGラストにおいて300万人の昭慰難民たちのサルベージは達成されなかったものの、クゼが選択したネットとの融合は個の維持が担保されていませんでした。本作でシマムラタカシはつつゴーストとネットの線引きをファジーにすることでネットとの融合を達成した後も融合前の個人が残っているように見受けられます。これが1年、2年と続いた時にその状態が保たれるのか甚だ疑問ですが、少佐ほどの人物になってやっと集合的無意識から”選ばれる”存在になるというSSSで示された融合の限界に対し、シマムラタカシの方法であれば対象を選ばずその技術aka進化を享受できるというアンサーになっているように感じました。
 ところで果たしてシマムラタカシのプラグは抜かれたのかどうかという話ですが、絶対抜かれています。抜くに決まってる!!クゼのりんごを食べなかった女だぞ!?己に厳しく他人にも厳しい少佐であれば自分が傷つかない夢を見つつ悲惨で不条理な現実逃避することを許容しないのでは。しないよな!?しないでくれよ!!って思ってました。でもそれだと最終話でバトーだけが人間としての江崎プリンを覚えていたことの説明がつかないのですよね。トグサ他9課のメンバーは夢の世界に生きてバトーだけ違うの?なんで?愛の力?バトーが江崎プリンに向ける気持ちは愛じゃないですが???クゼの影を追う素子と不器用なバトーみたいに、結ばれないバディ関係がベースにありつつ両想いで恋人にならない関係が好きプロ市民としてできるこじつけは、プラグは抜かれ人々は夢から起こされたものの9課のゴースト錠を持っている少佐が江崎プリンに対する贖罪として擬似記憶を植え付けたのではないかっていうところですね。スッキリしない〜!!

3. シマムラタカシの目指していた世界

 幼少期に自分の迂闊さ故に無垢な従妹が排他的村社会に殺され、少年期には自分の勇気の欠落で善良な同級生が事勿れ的強権システムに殺される経験でもすれば、大量殺人犯だかテロリストだかになってもおかしくないのに、幸か不幸かポストヒューマンとして目覚めたばかりに世界平和を希求する存在と定義付けられた結果が「摩擦係数ゼロの世界」の実現に至ったわけですよね。彼の考える平和な世界では、治安維持の立場から犯罪に加担する駐在員みたいな人間や手を下さずともカナミを見殺しにした大衆含めた”全ての人間”が、現実で身体的な生を享受しながらも精神的負荷のない非現実の両方を矛盾なく受け入れられる思考を状態を獲得している。各人にとって都合の良い”非現実”が現実と背合わせに進行している。ともすれば全体主義的システムを徹底的に破壊する方が世界平和に繋がると考えそうなシマムラタカシが、システムの恩恵を最大限に授かる大衆に安寧を提供すること自体、筋が通っていないように感じていました。
 けれど私が抱いた違和感は、「シマムラタカシはウィンストンの立場に自分を重ねて様々な危険を孕んだ全体主義を否定したいはず」という誤解が原因だったように思います。作中でシマムラタカシ初めポストヒューマンについてあまりにも言葉足らずなので本当にゼロから九十くらいまで想像になりますが、状況から判断するにシマムラタカシは己が失望した全体主義的構造で大衆を支配しつつ、個人が自分の妄想で満足する超個人主義的思考術で思い描いた世界を実現しました。ポストヒューマンとして世界平和を目指すことを強いられつつ、シマムラタカシとしての遺志を実らせること。これこそが無責任で不条理な現実を押し付ける人間に対するシマムラタカシなりの復習だったのかな、と思います。
 シーズン1ではシマムラタカシがウィンストンとして体制側である9課に立ち向かうかのようにミスリードし、シーズン2で実はシマムラタカシこそがビッグブラザーとして社会を均質化しようとしていることが明かされる。並行していた他の筋が多すぎて前述のメリハリがいまいちはっきりしてなかったことが残念です。前SACシリーズでは本筋を理解するためにレファランス作品内容を細かに把握する必要がなかったことから、キャラクターの言動に集中して刑事ものとしての攻殻機動隊を存分に楽しむことができた一方で、本作はあまりに1984年の内容・メッセージ・構造など全てを把握していること前提で進む点で数多の視聴者を振り落としてきました。作中で完結する伏線としての曖昧なセリフはエンターテイメントとして成立しますが、他作品の履修を強要することは従来のファンだけでなく新規ファンも篩にかける短慮な演出としか思えません。SACではライ麦畑でつかまえてを読まずにアオイの目的も人格も理解でき、SAC2では三島由紀夫の思想さえ知らずともクゼに心動かされた人も多いのではないのでしょうか。最終的な敵役を理解するための材料を作中で用意してもらいたかったです……。

4. 素子とバトーとプリン

 絶対に見た記憶があるのに出典がない。けど聞いてください。SAC2かSSSの後に神山監督がインタビューで「次を作るならバトーの恋愛」って言及していたんです。SSS公開時のぴあMOOKかと思ってたんですがどうしてもその一文が見つからない。でも絶対に読んだ。なので江崎プリン初登場時、度肝を抜かれました。悪い方の度肝。だってあまりにも「おれのかんがえたさいきょうのゆめぬし」すぎる。ウタちゃんじゃないんだからさァ。それに対してバトーが江崎プリンの背景に気付かなかったことで自責の念に追われる描写、あまりにもナイーブ。私の知ってるバトーはあの場で後悔の言葉は吐かずふとした瞬間の背中にやるせなさや寂寥感を示すハードな男のはず。全体的に旧作の二次創作かと勘違いするような江崎プリンの存在は刑事ドラマが好きだった私に到底受け入れられるものではありませんでしたな。
 少佐が自分の早計で江崎プリンが死ぬ一因になってしまったこと、深く後悔するのは理解できるものの、勝手に擬似人格を作って擬態に入れてしまうのはゴーストの”扱い”に人一倍敏感な少佐がとる行動として非常に疑義が残る。ただ、NSAの罠で行動が制限されていた時に少佐は状況を楽しんでいたところバトーはそうでもなかった描写を踏まえると、価値観の相違に気付いていた少佐がバトーの楔としてアンドロイド江崎プリンを用意したと想定できるし、勝手に擬似人格として”生き返らせる”倫理的タブーよりもバトー個人の救済を優先するその独善的で押し付けがましい優しさは少佐らしいとも思う。……そうか?
 ともかく、江崎プリンが関わることで各キャラクターの解釈乖離が大きくなることが苦痛。そして、何より、劇的で心動かす最期を飾ったタチコマたちが攻殻機動隊シリーズにおける”かわいい”枠だったから江崎プリンがいかにもキャラデザの我が物顔で闊歩するのがとにかく気に入らないに尽きるんですよね。はい。そういうことです!!

5. 前・他作品へのリファレンス

・コード1A84
言わずもがなジョージ・オーウェル著1984年。
・合言葉「コード1A84。忘れないで私たちがこの時代に存在していたことを」
押井版攻殻機動隊の最後のシーン。
・択捉の大深度地下
SAC2ndGIG20話でクゼを追った先。
・300万人の昭慰難民
結局SAC2ndGIGで彼らのサルベージは達成されなかったものの、本作ではシマムラタカシによって300万人のネットとの融合が(一時的にでも)叶った。
・シマムラタカシのプラグ
マトリックスのプラグ。
・プリンセス・メイリン
スタンダードの擬似記憶内における少佐。中華系の名前であること、英語字幕ではMei Lingと表示されていること、そして、スタンダード演じる津田健次郎がコジマプロダクションのゲーム作品DEATH STRANDINGの主人公の日本語吹き替えを担当していることを踏まえ、コナミのゲーム作品メタルギアシリーズに登場するメイ・リン(美玲)から採用した名前と解釈。

6. そのほか

・声の演技
課長の配役変更、悲しい。大川透の衰え、とても悲しい。前者に関しては限りなく違和感を減らすことに成功しているとは思うものの、後者はカバーしきれない声のシワに時の残酷さを感じる。
・進化
これは本作に限らず世間一般に叩きつけたい話ではありますが、「進化」っていうのは一代で起こらないものです!!一代で起こるものは変化です。ある日生まれた新しい特徴が何代にも亘り続き、個体が増えて、数世代後に元の種と繁殖できない存在になる状態のことが進化です。(これはあまりにデジモンやポケモンが面白くエンタメとして成功しすぎた弊害ですが、君らは中学校で何を学んだのかねと端から誤用している人の頬を叩きたい。)故に、作中で登場人物が連呼している「進化」は学術上の進化とは異なり、人間が夢想する空想上の現象に留まります。
・キャラクターのブレ
江崎プリンが関わることで旧来の渋さが損なわれたことは前述の通りですが、それ以外にもシーズン1の12話でバトーの問いにタチコマがガン無視するなど、ゴーストを獲得したのではないかとまで言わしめた高機能AIであるはず存在とは到底思えない振る舞いが目に余ります。タチコマは!バトーさんの!意図を正しく汲みます!!トグサが消えたと思って喋るバトーに対しあんな素っ頓狂な返答をするタチコマは激しく解釈違いです。辛いね。他にも13話で鑑識の発言がトロかったり、本筋ではないキャラクターの言動で些細なイライラが積み重なりましたね。キーッ!!
・シンジョーの脳内音楽
Miniluvに感染したシンジョーの脳内で流れていた音楽はどこか郷愁を誘うような戦慄でしたが、これはオレンジとレモンなのか、日本人にとってのそれにあたる民謡なのか。全く聞き取れなかったけど、何かしらありそう。


終わりに

 結局私が好きだった攻殻機動隊と掠る作品ではあったものの、正直期待以上とは言えないお話です。SSSで問題を解決しないことが問題を解決する、技術がどれだけ発展しても社会の未熟さと不完全さは無くならず、私たちは常に思考をアップデートしてその時の最善を模索する必要があるっていうことをあの短時間で示されたときはシナプスバチバチのドパミンドバドバでした。そういった知的興奮が今回は得られなかったこと、私の不徳の致すところだとは思いますが、それでも不満は不満なので、もっと上手く物足りない箇所を言語化できるようまた視聴の旅に出てきます!!

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