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比翼連理【チョコレートリリー寮の少年たち】

日曜日の朝、昨晩まで降り注いでいたパウダースノーを纏わせたつるばらのアーチを、立夏と手を繋いでくぐり抜けた。109号室に集結した仲間たちが窓から手を伸ばして、大声で、いってらっしゃい!とか、転ぶなよ!とか、楽しんできてね!などなど、ちょっと照れてしまう言葉のシャワーをあびせてきた。顔を見合せて微笑み合い、僕らもひらひらと手を振って、チョコレートリリー寮を後にした。
「立夏、きょうはふたりきり、だね!」
「うん!もちろんいつもの仲間とはしゃぐのも、すっごくすっごく楽しいよ。でも、せっかくの機会だし、こうしてきみを連れ出せてしあわせだな」
「う、うん、僕、正直に言うとちょっと緊張してるから、言葉少なになったりするかもしれないけど、機嫌が悪いとかじゃないからさ。ごめんね。それではお手を拝借」
「はぁい!なんだかぼく、お姫様になった気分」
「ふふ、実はちょっとプランを練ってたんだけど、雪のせいで台無しになった。また次の機会にしよう。でも君とふたりでなら、口笛吹いてるだけでもたのしいよ。今日はマルシェが開催されているんだって。あちらの方はもう除雪車が通っていくみたいだから、まずこのあたりをぶらぶらしない?疲れたら、すぐに言ってね」
「うん!わぁ、いっぱいお魚が売ってるね、良い風吹いたのかな。こっちにはフルウツ。かわいいね。そしてトマトがぴかぴか……あ!葉物野菜にも露がつやつやきらきらしてて綺麗だ。みて!エーリク!!きみの大好物のブロッコリーが瑞々しくておいしそう!」
「立夏は本当に、心の底から思ってることしか言わないから好きだ」
「あれ?今好きって聞こえたような」
「気のせいじゃないかなあ」
「ペアリングと、昨晩天文台でサプライズプレゼントしてくれたオイル式カレイドスコオプのペンダントが、ちゃんとエーリクの言葉を拾うからそんな言い逃れをしても無駄だよ、色も一緒にしてくれたんだね。とってもうれしい。ありがとう!」
雛鳥のような声で笑って、僕の手を思い切りひいた。わあ!と思わずつんのめる。
「危ないって!君が怪我でもしたらと思うと僕……」
「エーリクはやさしいね、まず人の心やからだを思いやるくせ、自然にやってる事なのだろうけど、救われてる人、たくさんいるよ。大好き」
「う、うん、僕も大好き」
「いつまでも、そのやさしさ、なくさないでね」
「その、ありがとう、立夏」
がちがちに緊張している僕を見て、立夏がぎゅっと抱きしめてくる。僕もそのちいさな背中を、おずおずと抱いた。
「あはは、エーリク、いつもどおりでいてよ。手、つなごう」
「うん!あ、いちご飴屋さんがあるよ、買わない?かわいい」
「本当にきみは砂糖菓子でできているんだね、たしかにかわいい。ぼくも一本買おう」
つやつやとナパージュが施されたいちごが、五ツ、串に刺さっている。二本、手にとって売り子の少年に代金をバングルで支払う。
「そんな、いいのに」
「まあ、今日は僕がエスコートするから、任せて」
「えへへ、なんだかこころがぽかぽかする。ありがとう、お言葉に甘えちゃおうかな」
手を差しのべると、すぐに腕をからませてきた。
「はい、いただきます。エーリク、あーん」
「いただきます、あーん」
そんなことをしていちゃいちゃしていると、小麦のやける、いい香りがしてきた。
「ああ!これはぼく、知ってるよ。たい焼きっていう、東の国のお菓子。ふわふわで、餡子とか、カスタードクリイムとか、季節に合わせた餡がつくられたりしていて、さかなのかたちに焼き上げるんだ。パンケーキとかに近いから、エーリク、好きなんじゃないかなあと思う。今いちご飴でお腹膨らんできたでしょ?後で寄ろうか」
立夏が、少食の僕に腹具合を合わせてくれた。本当に、優しい最愛の人だ。
「そうだね、わわ!具がお好み焼きのもあるみたい」
「それは故郷で一度だけ食べたことがあるなあ。あ!!ねえ、これ、みんなへのお土産にしない?部屋でみんなで食べたら、きっとみんなローブの裾から綺羅星を落とすはずさ」
「最高のアイディア!立夏らしいね。おいで」
指を絡め合い、体を寄せる。この辺りから、僕は普段の調子を取り戻してきた。
「お揃いのもの、何か欲しいなあ、」
ぽつりと立夏が零したので、雑貨の露天に寄っていく事になった。宝物が増えすぎて嬉しい悲鳴!と僕がおどけて見せると、けぶるようにわらう。僕らはブルウの流星型のバッジを買った。お互いの胸に着け合う。
「立夏、可愛い!」
「それはこちらの台詞さ、エーリク、すごくよく似合ってる。ぼくらふたりならんでみんなに自慢しよう」
「たい焼きだっけ、あれに夢中で僕らのこと見向きもしないかもしれないよ」
「そんなことない。エーリクはちょっとぽわんとしてるところがあるけれど、仲間全員、ぼくらのことよくみてるよ。心配だなあ、もう少しでいいからしっかりして」
「わかった。立夏が言うならそうなんだろう。きをつけるね」
「素直なところも可愛い!」
「そ、そう?僕のどこが、そんなにいいの?よくわからないんだ」
「なんだって!!語り出したら止まらないよ?不眠不休で百年かかるけどいい?」
「そ、それはやめておこう、ちょっとずつ、僕のいいところ教えて欲しいな」
「うんっ!」
今日はデートということで、リヒトにリボンの編み込み方を教わって紫色の髪を結い上げているのだけど、それが、もうそれはそれは可愛くて、でも、情けないことにさっきから何度も言い出すタイミングがつかめずにいる。
「エーリク!スプリングロールの屋台発見!」
「それはいかなきゃ」
「これもみんなのお土産にしようか」
提案してみたら、満面の笑みを返してくる。この子の、この表情に弱いのだ、僕は……
「そのまえに、さむくなってきたでしょ。どこか、喫茶店にでも入ろうか、おはなしもしたいし」
「うれしい!エーリク、大好き!」
ぎゅっと抱きついてくる。この辺りで気の利いたお店は個室を予約済みだ。
「皇樹茶房っていう、和菓子を出してくれる喫茶店なんだ。夏の間は氷菓子を出して大盛況だったらしいけど、いまは抹茶のういろうが目玉商品でとにかく美味しいらしいんだ。温かい、いろんなフレーバーのお茶も、淹れてくれるよ」
「嬉しい!最高に素敵なチョイス!僕が東の国出身だからそこを選んでくれたんだね。ありがとう!」
きゅ、と手を繋いでくる。僕もきゅっと握り返す。
「チョコレートリリー寮のみんなはもちろん大切。かけがえのない仲間。でも今日は人目を気にせず、手もつなげるし、大好きもいっぱい言える!なんて素敵な日曜日なんだろう。ぼく、本当に幸せだよ」
なんて素直で、しなやかで、優しい子なんだろう。手を離してはいけない。そう思った。
おしゃべりをしながらあるいていたら、ほどなく、皇樹茶房にたどり着いた。二人で藍染ののれんをくぐると、ようこそ皇樹茶房へ!と、元気な挨拶が飛んできた。おそらくあれも東の国のものだろうか、不思議な服を着て店員さんたちがくるくるはたらいている。
「皇樹茶房へようこそ。エーリク・ミルヒシュトラーセ様ですね、おまちしておりました。個室へご案内致します」
「こんにちは、ありがとうございます」
立夏の手を引いて、店員さんの後ろについて行く。
「わあ、なんだかどきどきするね」
「僕はどきどきしっぱなしだけど」
「何か言ったー?」
「なにもいってないよ」
「まあいいや、後でカレイドスコオプとペアリングに聞くから!」
「こちらでお履物を脱いでお上がりください。まずはお茶をお出し致しますが、何がよろしいですか」
「立夏、深蒸し茶おすすめ」
「ではそれでおねがいします」
「僕も同じものをおねがいします」
店員さんはほほえんで、一礼して去っていった。
「すごい!掘りごたつだよ、これ。あったかいね」
「くわしいね、すごい」
「ぼくが生まれ育った土地は豪雪地帯で、どこの家にでもあるよ。懐かしいな」
「眠くなってきた」
「こたつには眠りの魔法がかかっているよ。ぼく、しょっちゅう寝落ちして風邪ひいて叱られてた、」
「じゃあ、だめ。隣に行く」
立派な大きな掘りごたつだったので、余裕で二人並んで座れる。
「髪の毛、その……すごくかわいい」
やっと言えた。すると、立夏がくすくす笑う。
「いつ言ってくれるかなって思ってた。エーリクも、髪整えててとても凛々しいよ。かっこいい」
「えっ、あっ、その、わ、ありがとう」
「可愛い」
頬を寄せてくる。立夏に翻弄されっぱなしで情けない。
そんなことをかんがえてもじもじしていたら、そこへ店員さんがやってきて、お茶を配膳してくださった。
「ご注文、いかがいたしますか」
「ういろうがとてもおいしいときいてきました」
「うちの看板メニューです。おすすめですよ」
「じゃあぼくら各々違うものを頼んでシェアしない?」
「うん!じゃあ……この和のパルフェを」
「かしこまりました。暫くお待ちください」
一礼して去っていったタイミングで、僕たちはお茶をのみはじめた。
「ああ、おいしい。故郷の味だ。ほんのり甘いんだよね」
「んっんっ」
「ゆっくり」
「うん、たしかに美味しいな。マグノリアに入学してから色んなものを食べたり飲んだりするようになったけど、このお茶は絶品だ」
「これからも一緒に美味しいものを食べたり飲んだりしようね」
そういって、紫色の髪を揺らして微笑んだ。なんて可愛い子なんだろう。ぼくはさっきからどぎまぎしていて、格好がつかない。
「うん!」
とりあえず元気に笑ってみせた。そこへ、店員さんがトレイにういろうとパルフェを乗せてやってきた。
「お邪魔様です、どうぞ、こちらのお座敷は一日貸し切りですので、ごゆっくりお過ごしください」
何かを察したのか、お辞儀をしてすぐに店員さんは立ち去った。
「エーリク、ここの立派なお座敷、貸し切りにしてくれたって本当?凄く嬉しい。黒文字も立派だなあ。ひとくちどうぞ」
「外は寒いし、暖かいところでのんびり、お話したり美味しい物食べたりするのもいいかなっておもってさ。いただきます……あ!これはおいしい!君、あとでおかわりするといいよ。鳳がお茶の席に出してくれた、羊羹っていうのにちょっと似てる」
「ういろうは、米粉を使って蒸して作るんだよ、このあたりではなかなか手に入らない。お花みたいな文様が入っているね、かわいい」
「パルフェも、お食べよ」
「食べさせて!」
甘えて身を寄せてきた立夏に、銀匙にたっぷり美味しそうな部分をすくって食べさせた。
「ん!!!!おいしい!!これはさつまいものペーストがはいっているんだね、クリイムとの相性も抜群。ザクザクしたフレークも最高、いい」
ほっぺたに手を当てて、幸せそうに目を閉じている立夏が本当に、何度でも言うけど愛らしすぎてうれしい。
「ここ、ご飯系のメニューもあるんだけど、どうする?食べてチョコレートリリー寮に帰る?」
「エーリクがこんなに素敵なお座敷を貸し切りにしてくれたから、せっかくだし食べて帰りたいな。みんなには散々冷やかされるだろうけど、それもまた幸せだよ。お土産、買って帰るでしょ?」
「うん!」
「そうしたら屋台たちが店じまいする前に食べよう」
「そうだね、何がおすすめなのかなあ、」
メニュー表を立夏に手渡す。僕は鯖の竜田揚げのねぎソースが食べたいなと思ったけど、立夏が何をチョイスするのかなあと暫くようすをうかがった。
「うん!鯖の竜田揚げのねぎソースにする!」
「びっくり!僕もそう思っていたの」
思わずセレストブルーの瞳をまたたかせた。
「やっぱり、君とはなにか運命めいたものを感じるよ」
「ねー、趣味嗜好、そっくりだもんね」
「もう少しお話してから頼もうか。あとお茶のおかわり、どう?」
「頂こうかな、何がおすすめなんだろう。あ、紅茶とかもメニューに載ってる。でもせっかくだし玉露を」
「僕もそうしよう」
そんな感じで、立夏と僕はちょっとだれにも言えないような悪戯をし合ったり、掘りごたつにごろんと横たわりしばしうとうとしたりしたあと、少し早いお夕飯を頂いた。骨まで食べられる鯖と五穀米と根菜の素揚げが立夏の口にあったようで、喜んでもらえてよかった。
名残惜しいね、と言いながら、僕らは皇樹茶房を後にした。その後はお土産をどっさり買い、これは喜ばれるよ!と嬉しそうに笑んだ立夏の小さい頭を撫でた。
仲良く手を繋いで、微笑み合いながらチョコレートリリー寮に戻ると、おそらく窓をずっとながめていたリヒトが、帰ってきた!!と大声で叫んだ。すると、いつものメンバーが窓から身を乗り出しおかえりなさい!!と、手を振っている。
ぱたぱたとチョコレートリリー寮の入口まで降りてきてつるばらのアーチの辺りは大騒ぎだ。
「楽しかった?デート」
「とっても!エーリクが凄くかっこよかったんだよ」
早速惚気け出す立夏を可愛いと思ったけど照れてしまい、みんなにお土産!とたくさんのショッパーをまとめてノエル先輩におしつけた。
「お、なんだこれ、魚の形してるな」
「たい焼きだー!」
「わーい!!」
悠璃先輩と蘭が大喝采をあげている。
「しばらくぶりに見ました」
「お!こっちはスプリングロールだ!!」
「と、とりあえず邪魔になるので109号室へ。皆さんお腹の空き具合はどうですか」
「余裕余裕」
「うれしいです!!」
「ふたりとも、ありがとうな!」
みんなを109号室へ招き入れ、その後はどこへ行ったかとか何があったかなど根掘り葉掘り聞かれた。僕は照れてしまって、立夏に説明させるはめになってしまった。どうにも僕はばしっと決まらないなあとしょげていたら、立夏が頭を優しく撫でてくれた。
「各々、役割というものがあるのさ、君は黙っていても大丈夫。ただ、なんか違う!と思ったら声をあげてね」
「立夏、ありがとう」
「いいなあふたりとも、可愛い」
サミュエル先輩がお茶を一口飲んで、にっこり笑いそう仰る。僕は完全にあがってしまい、立夏の手を繋いで黙ってしまった。
「これ以上エーリクをいじめるのはやめよう」
「二人ともお幸せに」
「スプリングロール、すごく美味しい。ありがとう」
「たい焼きも美味い。これ、部屋でもつくってみたい」
「このたい焼きの型は、なかなか売っていないと思います」
「それは残念。でも、ホットサンドの型があるから、それで代用してチャレンジしてみようかな」
「ノエルのホットサンド、ほんとうにおいしいんだよね」
「照れるからよせよ」
先輩方も可愛い。そう思ったけれど、失礼にあたるかなと思ったからだまっていた。
今日は本当に、素晴らしい一日だった。立夏が、またデート、しようねと耳打ちしてきたから僕は微笑し、肩の辺りに顔を埋めた。甘いコロンの香りがする。どきどきしてどうしようもない。
今晩、ロロとリュリュが眠りについたら勇気をだしてリングにむかって、愛してるって、言ってみようと思った。
そんな、きらめく素敵な冬のものがたり。

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