見出し画像

きのこのカレー【チョコレートリリー寮の少年たち】

今日の四限は、ママ・スノウが面倒を見てすくすく育てたきのこと玉ねぎとトマトとにんじんとじゃがいもを使った調理実習だ。カレーを作ることになっている。魔法を学びにマグノリアに入学した僕らだけど、最低限の生活能力を身につけるカリキュラムとして、今年度から料理の時間が設けられた。
「ねえねえ!エーリク!上手に三角巾が結べないの、ちょっと手を貸してほしいな」
立夏が僕の手をひいて、姿見の前まで連れていく。
「うーん、髪、結んだ方が良さそう。ちちんぷいぷい」
くるりと指を回転させて、手をぎゅっと握りしめた。星屑がぽろぽろ舞い落ちる。おへその辺りにぐっと力を入れる。すると、手のひらに真っ白なシュシュが現れた。
「レグルスから喚んでみた。僕が勝手に選んだものだから、気に入らなかったらごめん」
立夏が瞳をとろんとさせて、シュシュを眺めている。
「とんでもない!こんなに可愛いシュシュ、きっと世界にひとつしかないよ。ありがとう。嬉しいな!今度お礼にちょっといけないチョコレートをプレゼントする。内緒だよ」
「そんな、お礼なんていいよ。ああ!それなら、一緒に食べよう」
「ふふ、エーリクは優しいね。天体観測でもしながら食べようか。体も温まると思うし」
「うん!!……ほら、みてて、こうやって結ぶの、見える?」
「みえるよ!ああ、なるほど、髪を結ったことがなかったから、ちょっと面白い。このシュシュ、実習が終わったら、また次の調理実習まで、ずっと手首につけておこうと思うよ」
結った髪の下で三角巾を結ぶやり方を教えていたら、スピカがやってきた。砂色の髪をお団子にしている。
「ロロとリュリュと蘭がかなり苦戦してる。手伝ってあげないと……リヒトは三角巾もエプロンも見事に着用してた。やるなあ」
「助けてください!」
「エーリク!スピカ!」
「こんな布被らなくても大丈夫だと思うんだけどなあ」
「はいはい、じゃあまずロロから」
「ふぇえ」
「リュリュと蘭はこっちへおいで。リヒトはどこへ行ったの?」
「オールドミスの所。材料を受け取りに行ってる」
「なるほど、リヒトはすごいなあ、いつも元気はつらつで……一度体得したことはわすれない」
「後で本人に言ってやりな、喜ぶぞ。こういう事は、伝えてこそだと思うし」
「うん!そうだよね!後でこっそり伝える」
「人を褒める時は大声で!」
「イエッサー」
立夏と天使三人の身支度をととのえ、調理実習室に入る。
「みんなー!こっちこっち!」
リヒトが呼ぶ声が聞こえる。僕らの班は指示が書かれたホワイトボードから一番離れた位置で料理をすることになりそうだ。
「さて、薬草学の教師である私が何故ここにたっているのだろう。わからないけど怪我だけはしないようにね。巡回するから、分からないことがあったり、困ったことがあったら言ってね」
イシュ先生がホワイトボードをペちペち叩いた。
「リヒト、材料を受け取ってくれてありがとう」
「いえいえ!さあ、頑張ろうね!美味しそうなきのこだなあ。衛生上の理由としてお肉は使えないんだけど、きのこからきっと良い出汁がでるよ」
「既に美味しそう」
「エーリク、レグルスでのアルバイトで刃物使えるようになったよね、頼りにしてるよ」
蘭が脇腹を突っついてくる。しかえしに、ほっぺたをふにっとつかんだ。
僕らは分担して料理に取り掛かった。刃物が使えないみんなを、リードしていかなきゃ……
みんなに玉ねぎとトマトを処理してもらう。トマトの湯むきはやや難易度が高そうだったから、スピカに任せることにした。立夏と天使たちは玉ねぎの皮をむいたり、あらかじめ石突がとりさられていたきのこをばらばらにほぐしたりしている。僕は涙を流しながら玉ねぎを刻んだ。
「エーリク、がんばったね!すごいすごい!ぼくのダーリンはとても器用。さて、つぎは、何をお手伝いすればいいかなあ、」
頬を伝う涙を優しくハンカチで拭ってくれた立夏が、指示をくれと言ってくる。
「じゃあ、立夏には刻んだ野菜たちをバターで炒める役目をやってもらおうかな。大仕事だよ、できる?」
「できるよ、まかせて。このヘラを使うんだね」
「お、四班賢い!!こうやって野菜を刻むと老いも若きもたべやすくなるよね。加点」
イシュ先生がそう言って去っていった。
「……これ、鳳のレシピなんだ。僕が幼い頃、野菜嫌いでどうにもならなくて……何とか食べさせようとして、じゃあ全部刻んで混ぜてしまえ、ってなったらしい」
「結果、美味しく食べられるようになったんだもんね、すごい、鳳さん。そしてエーリクも、克服できてえらいえらい」
立夏が小さく拍手して、具材を大ぶりの鍋に入れた。
「ここからが少し難しいんだ。水分飛ぶまでしっかり炒めて」
「はーい!」
「もったりしてきたら、かわって。立夏、あともうちょっと頑張って、ファイトだよ!」
「そしておれはこんなものをもってきた」
スピカが、たまごをたくさん、トートバッグの中から出してきた。
「今朝の釣果、まあまあだった」
「わあ、すごい!」
「ゆでたまごにして、トッピングしよう」
「んー、ちょっと疲れてきた」
「じゃあ、僕かわる。立夏は座って休んで。お疲れ様!」
よくよく水分を飛ばすように炒めながら、カレー粉を投入する。ここも重要。粉っぽさが無くなるまで炒める。コンソメを入れてちょっとだけケチャップとソースをいれる。鳳から教わった隠し味だ。
そして水を入れ、ことことことこと煮る。
「四班!すごいじゃないか!立派立派、とても美味しそうだよ。カレー粉もよく炒められてて、非常に優秀。ケチャップもいい具合。しかもゆでたまごまで……加点」
またイシュ先生がやって来て、そう言って去っていった。
「ぼくら、がんばりましたね!」
「うん、阿吽の呼吸で動いたから、どの班よりも早く仕上がってる!しかし、この班みんな器用だなあ」
顔を見合せて笑った。ほんとうにほんとうに、みんなが大好きだ。やさしくやわらかな、そしてゆかいなみんなが、大好きだ!
「さて、カレーはできあがり。ちょっと味見しよう」
「ゆでたまごの殻をむくの、誰か手伝って」
「じゃあぼくとやろう」
リヒトが挙手して、二人で剥き始める。
僕は小皿に少しだけカレーをよそって食べてみた。鳳にはかなわないけど、とても美味しい。
「うん!いいかんじだよ。ほかの班の子達を待ってからいただきますだから、一旦火を消そう」
「料理って楽しいな。おれも今度、何か作ってみようかな」
「シチューがいいな。ぼくも手伝う」
リヒトが、スピカに甘えて寄りかかりながらたまごの殻を剥いている。
「そうだな、ノエル先輩に簡単に出来る料理を教わるのも良いかもしれない」
「さてさて、ぼくは剥き終えたよ」
「素早い!」
「仕上がった班から、サフランライス取りに来て。私が炊いた」
イシュ先生も可愛い方なんだよなあと思いつつ、僕は天使たちを伴って、サフランライスをいただいて席に着いた。最後に作り終わった班とちょうどいいタイミングだ。たまごを切って、カレーに乗せる。
「じゃあ、みんなで、いただきます!」
「いただきます!!」
サフランライスがとてもいい感じだ。イシュ先生が味見をしにやってきた。小皿に取り分けたカレーを食べて、唸っている。
「うん。すばらしい。とてもおいしいよ。気遣いとあたたかさをかんじる。優しいカレーだ。このたまごは、にわとりごやの?だれもやりたがらないにわとりごや、いつも掃除してくれてありがとう」
「いえいえ!にわとり、かわいいので……イシュ先生、ありがとうございます」
四班のカレーは、あっという間に無くなってしまった。また作ろうね、と、約束をして、みんなで洗い物をする。ロロとリュリュと蘭が中心となりどんどんお皿が綺麗になっていく。スピカが素早くクロスで拭きあげ、その連携プレイも高く評価された。
「成績がいいとその分見返りがあるから頑張っちゃうよな。これで、お小遣いたくさんもらえるぞ」
「次の休み、久しぶりにレグルスにでも行ってみる?」
「最高!!」
「行こう行こう!!」
暫くぶりのレグルスではどんな新しい物語が待っているんだろう。立夏も、たのしみだね!と笑いかけてくる。僕も笑顔を返した。でもきっと、ほっぺたが真っ赤だったと思う。どうにも僕は不器用すぎるなあと思いながら、やさしく立夏の左手を、心の扉を開くように、きゅ、と握ったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?