見出し画像

スピカ君によろめき隊!特装版写真撮影会当日(改訂版)

スピカ君によろめき隊!の会誌の写真撮影会当日。僕は早朝からスピカがいつやって来てもいいように身支度を整え、待機していた。最近よく読むようになった哲学の書物を、難しいなあと指で拾いながら読んでいると、かるい、控えめなノックの音が響く。
「どうぞ、はいって」
「おはよう、エーリク……なんか、見張られたりしてないかな」
きょろきょろ視線をさまよわせながらチョコレートリリー寮のアイドルが109号室へ入ってきた。入念に磨いたのだろうか、銀フレームの眼鏡がきらきらひかる。式典用ローブを着た彼は、たしかにとても凛々しい。ファンクラブもできるわけだ。
「おはよう」
「ど、どこか変なところ、ない?」
くるりとターンしてみせる。くるくるくると三回ほど回転し、ローブの裾を持ち上げてぱたぱたはたいた。
「皺とか、ついてない?」
「ないよ、大丈夫。髪整えるから鏡台に座って」
いつも落ち着き払っているスピカが、緊張の面持ちでおどおどしている。それだけでも充分面白いと思ってしまう僕はいじわるだろうか、笑いを噛み殺しながら、綺麗な砂色の髪を梳く。
「リボンを、」
「うん、なるべく高い位置に頼むよ」
「ふう、よくねました……おはようございます、ふたりともはやおきですね」
「眠り姫が起きた、おはよう」
「おはよう。リュリュを起こして、身支度済ませて。朝ごはんを食べに行こう」
「はーい!……リュリュ、リュリュ!おきてください」
「うーん、うなじに少し後れ毛を残した方がいいのかな」
スピカがため息をついてうなだれたのであまりいじめるのはやめようと思った。手首に巻いてあったスモーキーフォレストいろのリボンをするりとといて渡してくる。
「ちゃんとピンで留めてくれよ、サービスはのちのち。最初はしっかり整えてほしい。しかし、なんだよ、セクシーショットが撮りたいだなんて」
「サービス、するんだ。そうだよね、まあ任せて」
「うん……大丈夫かなあ、おれそんなにセクシーでもなんでもない」
「自覚がないのか……恐ろしい」
ヘアオイルを撫でつけて、よくよく櫛で梳く。そして、ひよこが描いてあるトートバッグから、コテを取り出した。スピカがびくっと肩をふるわせ、後ろを振り返る。
「なにそれ……おかしなことはしないでくれよ」
「ちょっと髪を巻こうと思って」
「なんでそんなものを持ってるんだ」
「なんか、ファルリテがこれで僕の髪をさらにふわふわにしてたなあと思い出して、早起きして借りたの」
「なるほど。あまりふわふわすぎないように加減してくれ」
「縦巻きにするよ」
「おはよう!いよいよ撮影日だね!リヒトと蘭は?」
リュリュがフェイスタオルで顔をふきながらやってきた。
「おはよう。まだ寝てる。昨日遅くまで、楽しみで眠れないねってチェスをしてたから」
「うーん、きれいの魔法、かけましょうか?」
「僕もやりたい!」
「そうだね、お願い」
「ふわふわふわふわー」
ひらひらとちいさなてのひらを天井に向け、きらきら星屑を落としながら舞い踊りる。スピカの式典用ローブが光をまとい、仕立てあげのような美しさを取り戻した。髪の毛もつやつやで、ほんのり唇がいろづいている。せっかくなので懐中からホワイトティーの練り香水を取り出し、首筋につけてあげた。
「はあ、つかれた。こんな事しなくてもスピカは綺麗なんだけどね」
「リュリュまでそんなことを言うのか」
「スピカはきれいです、ぼくもそうおもいます」
「ロロも!困ったなあ……」
「わかったかい?」
「腑に落ちない」
「まあいいか、僕らで協力してかっこよくて綺麗なスピカをプロデュースしよう」
「がんばり、ます!」
「そうだ、レシャとファルリテが、もうちゃんとお菓子を届けてくれたんだよ、テリーヌも。冷蔵庫にはいっている。ロロ、リュリュ、蘭、三人で一緒にみんなに配ってあげてね。クレープとテリーヌは悪くなっちゃうかもしれないから、あとでスピカを労うために取っておいて、クッキーだけ、トートバッグに入れて持っていこうか」
「はい!わあ、かわいいクッキーがたくさん。この筒状のラッピングも素敵。この冷蔵庫の、全て持って行っていいですか?」
「いいよ、余るくらいだとおもうから」
「わかりました、ではこの気球の柄のトートバッグに……」
「僕、108号室に突撃して二人を起こしてくるよ。いい?一応室長のスピカに許可を得ないと」
「もちろん。助かるよ、叩き起してきて」
「いってきます!」
リュリュが隣室へ駆けていった。ほんとうに病気が治って、元気を取り戻してよかった。その姿を見届けてから僕はコテを操った。
「……うん、いい感じ。ますますかっこよくなった。色っぽいね、チョコレートリリー寮の一年生のカリスマだ」
「お、確かに。さすがエーリク。しかし褒めすぎ」
「これでリボン解いたらよろめき隊!の隊員たち、どうなるか分からないよ」
「それは困るなあ、介抱したら益々まずいことになりそうだし」
108号室から、わああと悲鳴が聞こえる。きっと、ベッドに潜り込んで起こしたのだろう。
「身支度ととのえて!!はやく!!!!」
リュリュはじつはとても怖いことを、先日リアムさんにおでんを差し入れた時に知った。
「スピカ、綺麗だよ、とっても」
素直に褒めた。混じりっけのない、心の底からの本音だ。
「ありがとう、嬉しい」
ぎゅっと体を抱かれた。僕も腕を背中にまわして、とんとん叩いた。
「あさごはんを食べに食堂に行こうか。きっときみ、注目の的だよ、」
すぐにリヒトたちが109号室にやってきた。リュリュの雷が落ちたおかげだ。
「おはようみんな、おまたせ」
「わあ、本日の主役がものすごくすてき」
リヒトが傅いて、スピカの左手を取り、口付けた。蘭はきらきらひとみをまたたかせて、まぶしそうに二人をながめて微笑んでいる。色々と褒められている本人は、全くわからないと言った様子で首をかしげた。
「そうかなぁ」
「うん!自信を持って」
「ところで、ロロ、リュリュ、蘭。今日の朝ごはんはなあに?」
「ポークチャップ、ミニオムレツ、三日月麺麭、ガーデンサラダ……だったとおもいます」
「まってロロ、何か一つ忘れてる気がする」
「なんでしたっけ。いけば、わかります」
ぞろぞろと食堂へと移動する。しかし、今日も朝からメニューが重い。撮影に備えて、ぐったりしないように少し控えめにしようと思った。正直にいうと、メインディッシュのポークチャップは、いらない。ノエル先輩は何人分でも召し上がるだろう。僕の分くらい、たやすくたいらげてしまうに違いない。その分、ミニオムレツとガーデンサラダは沢山食べたい。それに、レシャとファルリテが焼いたクッキーやクレープ、テリーヌが入っていく余地を……
「キウイがでればいいのに」
「あっ、新作の、フルーツのシロップ漬けが出ますよ!思い出しました。きっと、キウイも入っています」
「やったぁ、沢山食べよう」
ぴょんと飛び跳ねて五メートルほどすいすい飛んだ。蘭が追いかけて飛んできて、からかうように僕の肩をばしばし叩いた。
「また砂糖菓子みたいだってからかわれるよ」
「いいの、それでも」
「ちびっこ達、おはよう!うわ!!スピカ、凄くないか、撮影のために色々整えたんだろうな。かわいい、というか、美しい!神々しさすら感じる」
「おはようございます。そしてありがとうございます。今朝はにわとりごやにいけなくてちょっとさみしいですが、また明日の楽しみに取っておきます」
「おーい、みんな集まれ!ちびっこ達が来た!」
サミュエル先輩がぱたぱた駆け寄ってくる。続いてセルジュ先輩、悠璃先輩がやってきた。
「おお、すごい。スピカ、とってもきれい」
「あ、あわわわわ……」
「悠璃!しっかり!!」
「尊い!!!!!!!!」
スピカ君によろめき隊!の隊長が大声で叫び、椅子に凭れかかって身体を震わせている。
「だ、大丈夫ですか?」
スピカがレモン水をそそいでテーブルにおいて、そっと肩を叩いた。
「ぎゃ!!!!」
「友達、でしょう」
「……」
「だめだこれは」
ノエル先輩が悠璃先輩を抱き起こす。その力に負けずばんばん頭を机にぶつけている。ロックだ。
「ああああ」
「壊れちゃった……」
「スピカ君!!!!今日は一日、よろしくお願い致します、ああああああああ」
「ぜんぜん、ほんとうにおれ、大したやつではないのです。薬草学のテストなんて、いつも赤点ぎりぎりですし、だめなんですよ。いつもエーリクの勘に頼りきりです」
「そこも、完璧すぎなくて素敵なのです!!!!お友達と一緒にお勉強……かわいい……尊い……」
悠璃先輩やよろめき隊!のみなさんは、スピカが何をしていても美しく映るらしい。
「ほらほら。みんな席に着いて。ポークチャップなんて、すごいご馳走だな」
「ノエル先輩、ポークチャップ、僕の分も全部食べてください」
「だめ。せめて半分は食べること」
「えー、やだなあ。僕、あんまりケチャップ好きじゃないんです。豚肉を使ったメニューなら、生姜焼きがすきです。たまねぎ、たくさんたべられるし」
「それ、わかる!美味しいよね。実家の味でおちつくなあ。悠璃先輩も東の国の方ですから、分かってくださいますよね」
「ああああああああ」
「悠璃、落ち着いて」
「スピカ君が、あまりに、きれいで、その、ぼく、ああ、どうしよう。ずっとこのときを、ずっとずっとずっと待っていた。スピカ君、大好きです」
「おれも、悠璃先輩のことが大好きです。もっともっと、なかよくなりたいです。悠璃先輩だけじゃなくておれを好きだと言ってくれる、よろめき隊!のみなさんや、写真部のみなさんとも……」
「なんて慈愛に満ちた……お言葉……ありがとうございます。この事は、会報に書かせて頂きます」
ぼろぼろと泣き出してしまった悠璃先輩に、うすみずいろのハンカチを差し出している。
「先輩らしくもっとしっかりしろよ、隊長でもあるんだろう」
「だって、ノエルとサミュエルは知っているだろ、ぼくがどんなにスピカ君によろめいているか……」
「うん。でもさ、威厳のあるところ見せてもいいと思うよ」
「うん、ちゃんとする。スピカ君、このハンカチは、洗ってお返しします」
「差し上げますよ、」
「ええっ?!!!!」
「ありがたく受け取りな」
しばらくじっと動かずにいた悠璃先輩が、きれいな銀色のひとみになみだをたたえながら柔らかく笑った。
「ありがとうございます。それなら今日のぼくからのお礼にスピカ君にことりの刺繍の施されたハンカチをプレゼントします」
「おそろいだと嬉しいです」
「ひゃう」
「そうしなよ。よかったじゃないか」
「まあとにかくお腹になにか入れないと。色々持ってくる」
セルジュ先輩が何やら不思議な歌を歌い出した。かかとを鳴らすと、机上がみるみるうちに整いだす。
「わあ、うれしい!!ポークチャップがこんなにいっぱい!!ぼくよく実家で作っていたよ。懐かしいなあ、全然足りなくて奪い合いのけんかをよくしていた。何しろ兄弟が多いから、ママだけだと食事の時間に間に合わなかったの」
「リヒト、結構苦労人ですよね」
「まあね……まあそのはなしもあらためてするさ、兄たちが、クリスマスになると空飛ぶ馬車にのって、プレゼントを子どもたちの枕元に置いて回ってるとかそんな話だけど」
「それってサンタクロースじゃないか!」
「うーん、雇われだけど。」
「とんでもない事だよ!!!!」
びっくりして椅子から立ち上がった。なんて夢のある、素敵な話だろう。いままでリヒトからご家族のよもやま話をきいたことがなかったので、余計にびっくりしてしまった。
「あはは、座って、エーリク」
「僕のうちの鳳たちもすごいけど、リヒトのご兄弟も凄いじゃないか、驚いた」
「もうずっと長いことやってるからもう慣れてるし大したことじゃないのさ。ぼくもここを出たら、兄達の仕事を手伝わなきゃいけないらしいよ。はい!じゃあいっせーの!」
「いただきます!」
全員で唱和し、みんなが真っ先に食らいついたのがポークチャップだ。僕は呪わしくない小さめのトングで皆のお皿に、ガーデンサラダをどっさり盛り付けた。薄く切られたむらさきたまねぎとミモザのようなたまごがうつくしい。
「うん、ポークチャップ美味しい。シンプルな味付けだけど、オムレツやガーデンサラダにもぴったりだ。そして、えーっと……この玉ねぎのたくさんのっかってるのはエーリク行きだな」
「お気遣い、ありがとうございます」
「がんばって半分は食べろよ、シロップ漬け、よそってやる。星屑入りのご褒美だ」
「わあい、やった!」
「おいしいですね、悠璃せんぱ……」
スピカの声を遮るように床が波立つようなすごい音がして、十五人程の少年たちがこちらへ駆け寄ってきた。全員!!気をつけ!礼!!という声が鋭く響き、ホイッスルが高々と鳴った。皆、気をつけの姿勢をとる。丸眼鏡の少年が一歩、歩をすすめ、完璧なお辞儀をする。
「おはようございます!!皆様そしてスピカ君われわれスピカ君によろめき隊!の会誌の写真撮影の依頼を快く引き受けてくださってありがとうございます僕はスピカ君君によろめき隊!の副隊長兼写真部のこれまた副部長の三年生ジュドと申しますこちらに控えているのは厳しいテストを乗り切った精鋭部隊です本日はどうぞどうぞそれはそれはどうぞよろしくお願い致します」
ジュドと名乗る少年が一息で述べてぺこぺこと忙しなくお辞儀をした。精鋭部隊と紹介された人たちも胸に手を当ててお辞儀している。僕らも軽く会釈をした。
「あはは……初めまして。大袈裟。でも、どうぞよろしくお願い致します。よかったらごはん、ご一緒しませんか、素敵な写真が撮れるよう、まずは腹ごしらえしましょう」
ふわわわっとテーブルまわりに星屑が散る。マグノリアの生徒たちは嬉しい時や悲しい時、気持ちが高ぶった時にきらきら星をローブの裾から落とす。
「おい悠璃おまえ抜けがけしたな」
ジュド先輩が悠璃先輩のほっぺたをふにふに掴んでいる。
「ちがうよ、ノエルが会わせてくれたんだ」
「とにかく皆さん、座ってください」
「はあい」
ジュド先輩が物々しいカメラを鞄から取りだした
「何枚かお食事中のお姿を撮ってもよろしいですか」
「どうぞ」
フォークを咥えて、のりのりでにこにこ微笑む。
「ああ最高ですね素晴らしい」
「それは何よりです」
「皆さんも混ざってください親友御一同の写真を撮りますよはい笑って」
隠れようとするロロを捕まえ、ぎゅっとぬいぐるみのように抱きしめる。シャッター音が弾けた。
「ふぁうう」
「こんな感じで一日参りますのでお疲れになったら遠慮なくこえをかけてください」
「はあい」
カメラの液晶画面をみつめてチェックしていたジュド先輩が、うっとりと瞳を細めた。
「この背筋がぴんとのびるお姿がまたたまらなくうつくしいんですよね」
「ほんとうにね」
よろめき隊!と写真部の方々がああでもないこうでもないといいながら、にこにこわらっている。
「シルバーさばきも素敵」
「尊い」
「いえいえ、それほどでも」
スピカが優雅にポークチャップを切り分け、フォークとナイフを扱い口に運んでいる。スピカ君によろめき隊!と書かれている腕章をつけた少年たちが、じっと見守る中、二皿目のポークチャップを食べ出した。
「美味しいですよ、皆さんもどうぞ」
「はい!!いただきます!」
フルウツのシロップ漬けを銀色の器によそい、ノエル先輩が、ぱらりと星屑をトッピングしながらどんどん並べて置いていく。
「各自取ってくれ」
「ありがとうございます!やっぱりこういう時は、ノエル先輩がすごく頼りになる」
「サミュエル先輩、僕のポークチャップをたべてください……」
「だめ!」
「うーん、おなかいっぱいなんだけどなあ」
「でも、ガーデンサラダは沢山食べてるね、えらいえらい」
「シロップ漬けのフルウツがとてもおいしいです」
「ももと、キウイと、パイナップル、ぶどう!最高!星屑がぱちぱちして絶品!」
そんなことをはなしていたら、ジュド先輩が恐る恐る、あの、と声を上げた。
「すこしスケジュールより早く撮影を始めてもよろしいですか?」
「構いませんよ、スタジオはどこですか」
「地下にスタジオ兼ラボがありますスピカ君によろめき隊!の我々の活動拠点でもあります嗚呼御髪が本当に美しいので二、三人倒れる隊員が出るかもしれませんがそれはいつもの事なのでそんなに気にしないで下さい」
「ゆっくり、おちついて」
「いい香りがするスピカ君……」
「こまったなあ」
「ごめんなさい我々本当に楽しみにしていて」
「まあ、出来ることはやりますよ」
「ありがとうございます」
「よし、お皿片付けちゃうね。ぽいぽい!」
びゅんびゅん、すごい勢いで食器が返却口へと飛んでいく。生徒にぶつかりかけて、才能があるっていうのもいい事ばかりではなくて、気苦労もあるのだろうなとぼんやり思った。
「俺たちも見学しに行っていい?」
「構わないよ邪魔しなければ」
「参りましょう」
すごい大行列を作りながらよろめき隊!の拠点へと移動する。その道中でも、スピカは悲鳴をあげられ、握手を求められていた。
「大人気じゃないか、すごいよ、スピカ」
「うーん、まあ悪い気はしないかなあ。楽しくなってきた」
「それならよかったね!スピカの乗りがいちばん重要だと思うし……」
「此方ですどうぞ皆さんお入りになってください」
ジュド先輩が扉を開けてくれた。隊員たちも、どうぞどうぞと僕らの背中を押す。
「あっ、スピカ君!!!!」
椅子に腰掛けてカメラを拭いていた少年がたちあがり、スピカに右手を差し出した。スピカもぎゅっとその手を握る。
「スピカ君、ご友人の皆様、はじめまして。この度は無茶な依頼だったにもかかわらず、快諾してくださってありがとうございます。お待ちしておりました。僕は写真部部長の小鳥遊と申します。本日はどうぞ、よろしくお願い致します」
「こちらこそ!かっこよく撮ってください!」
「おまかせを。では早速ですがそこに立ってくださいますか」
「ついにはじまる……」
悠璃先輩が震える声で呟いた。隊員たちも涙目でスピカを眺めている。
「このりんごを持ってください。様々なポーズで何枚かお写真いただきます。いきますよー」
スピカはとりあえずぎこちない動きで林檎とキスをした。そこかしこから絶叫が上がる。
「いいですねー、とてもセクシー。つぎ、後ろ向いて振りかえって、はい、目線いただけますか?あー!!!!そうですそうです。すばらしいですね 。かっこいい!色気がすごい」
「こんな、かんじですか?」
「いい感じですよー!!」
りんごをかじるポーズをしてみせる。舞台役者のようにころころと表情を変える度にたかれるフラッシュ、悲鳴、拍手の渦。小鳥遊先輩も褒めるのが上手い。
「こういう無邪気な感じもまたいいですねー!愛らしい……では、次はこの椅子におすわりください、悠璃、小道具を」
「……あ、見惚れてた。うん、分かった」
分厚い本を取りだしてきて、スピカに渡す。
「こ、これを適当に広げて読んでくださいますか、そこの椅子にすわって」
「はい、こんな感じですか」
「凛々しい!!」
「嗚呼……」
「眼鏡をクロスで拭きながら、数枚お願いします」
「はーい」
長い足を組んで、そこに分厚い本を置きながら器用に指示をこなしている。こうしてあらためてスピカをみると、本当に美しい少年だ。
「いいですいいです最高です」
「かっこいい!!」
よろめき隊!の隊員たちも写真部のメンバーも、物凄い機材を使いこなしている。おおきなまあるいおつきさまのようなレフ板まで持ち出し、もう本格的なモデルの撮影会だ。萌えの力ってすごい。
「とりあえず一旦休憩です。おつかれさまです」
張り詰めていた緊張の糸がゆるみ、ロロ達天使がふわふわくるくるとあいらしいほほえみをたたえながら、さしいれのクッキーを配って周り出した。
「きみもかわいい」
「なまえ、なんていうの?」
「ロロです。仲良くしてください」
「蘭と申します」
「モノクル、かけてるこ、めずらしい」
「あはは、そうですよね。僕はリュリュです。よろしくお願い致します」
「ロロくん、童話に出てくる王子さまみたいだ」
やはりみんなそう思うらしい。
「今日はスピカやよろめき隊!の隊員のみなさま、写真部の部員さまが主役です、だから、ぼくらははこうして、皆さんを労います。スピカ、クッキー食べますか」
「あとでもらう、ありがとう」
「クッキーをぱりぱり食べるところも何枚か欲しかったです」
小鳥遊先輩が言うと、スピカにクッキーを手渡した。
「お願いできませんか」
「わかりました、少しなら食べられます」
封を切ってもぐもぐとクッキーをたべる。
「あ、おいしい!!さすがレシャさんとファルリテさん」
「ぎゃーっ!!」
悲鳴が上がる。激しくフラッシュがたかれ、スピカは眩そうに目を細めた。
「チェック入ります」
「俺たちにもデータ見せて」
「うん、かなりいい感じだよ、見てみて」
「うわ!!スピカ、本当に美少年だな……このフラッシュで目を伏せたところとか、偶然の産物だと思うけど綺麗。小鳥遊の腕もいいんだ」
「お褒めに預かり光栄だよ。スピカ君、本当にかっこいいから。被写体が最高に素敵なのさ」
「このモノクロームの、いいね」
「僕もそんな気がする。召しませ罪の果実ってかんじで」
りんごにキスしてる画像を指さして、ノエル先輩とセルジュ先輩が感嘆の溜息をついた。
「やっぱりそう思う?僕もこれすごくよく撮れたなって思ったんだ、悠璃……悠璃とジュドはどこ、あ!!失神してる!!」
「大丈夫……かろうじて……」
「推しの凛々しいところを見なくていいのか」
「もうおなかいっぱい」
「仕方ないなあ、悠璃とジュドのかわりによろめき隊!のみんな、協力お願い」
「大丈夫かなぁ……」
「ぼくたちはここでささやかに気絶させてもらいます」
「ひっそりと気絶してるからあまり気にしないでください」
「撮影再開します」
「はーい」
スピカがガウンを脱がされ、立ち上がった。それだけの動作だったのに、所々から悲鳴があがる。
「じゃあ次ちょっと後ろから……」
「髪、おろしますか?」
「あ……」
小鳥遊先輩が指示を出す前に、スピカがはらりとリボンをほどいた。一瞬の静寂ののち、二人ほど、膝から崩れ落ちるようにばたんと倒れ伏す。
「大丈夫ですか?!」
僕が動く前にリヒトとロロが一生懸命介抱しはじめた。小鳥遊先輩はカメラを構えたまま、一瞬こちらを振り返った。しかしすぐにまばゆいフラッシュをたきながら大声を上げた。
「そっちは、そっちで、なんとかして!今すごくいいところだから!!」
「そんなあ、」
「まあ、頑張りな」
先輩方が壁によりかかりながらクッキーを食べている。
助けてほしい。
「いつもの事だからきにしないで。スピカ君、リボンをくわえてもらっていいですか、髪の毛、右手でかきあげて、そうです!!振り返って、目線ください!!はい!!!!すばらしいです!!」
写真部のメンバーがアングルがどうだこうだとか、そこで静止してくださいだとか、大声を上げている。一方、よろめき隊!の隊員たちは固唾を飲んで見守っていて、対比が面白いなあと思った。
「はい!終了です、お疲れ様でした!」
「ありがとうございました!!よかった、脱げとか言われなくて」
「脱いでくださるんですか?」
「脱ぎません!!」
「うーん、どうなった……?」
小鳥遊先輩が悠璃先輩とジュド先輩の側へやってきて、腕を掴んで立ち上がらせる。
「二人ともしっかりして。撮った写真みてよ」
「スピカ君本当にありがとうございました美しかったです」
「ありがとうございます、照れちゃいますね」
「うーん、どれもボツにできない感じだよな……」
「わああなんて綺麗なの」
「あ!それなら!」
リヒトが声を上げた。皆、いっせいにリヒトを見つめる。
「え……ええっと、次号、特装版なんですよね。それなら、トレーディングカードみたいな感じに、小さく印刷して封入するのはどうですか?集めたり交換したりも楽しそうですし、とにかく儲かりそうですよね」
「リヒトくん、賢い」
「その案で行こう。ありがとうございます。とりあえず表紙、りんごのと、この髪をかきあげてるのを推したいのだけど悠璃とジュド的にはどう?」
「本を読んでるのも捨て難いのですがこちらは次の号の表紙にしましょうとても美しい尊い」
「本人、ここにいますけど。写真だけじゃなくておれの方も少しは見てください」
「直視できないんです!!」
「えー、それは残念」
「りんごのでいこうか、これすごくよい。よい、よいねー」
「少年らしい無邪気さと大人びた雰囲気が同時に存在してるいい写真だと思うよモラトリアム期のパッションと翳りが両立していてというかスピカ君の素晴らしさがダイレクトにつたわってくる僕的には激しく萌えるねすごくすごくいいとおもうありがとうございますスピカ君そして小鳥遊そして予想通りやっぱりメンバー数人倒れたね」
「さ、じゃあ撤収撤収。いいもの見せてもらった。たのしかったなあ、みんなお疲れ様。倒れてる子達、大丈夫かな」
「いつもの事なので。立てよもう、縋り付くなって」
こんな具合で、撮影は無事……厳密に言うと無事ではなかったけど終わった。最後は撮影に立ち会った全員としっかり握手をして、作業に入るというよろめき隊!と写真部のメンバーたちをラボに残し、解散した。
「スピカにはご褒美をあげなくてはいけないな。プレッシャーに負けずによく頑張った」
ノエル先輩が鼻歌交じりに言う。隣を歩いていたスピカの肩を抱き、なにやら耳打ちしている。
「わかりました、任せてください。明日必ず」
「あ、ここにいるみんな。宜しければ109号室に寄っていってください。レシャとファルリテが作ったクレープとテリーヌが、山ほど冷蔵庫に入っているので、スピカを労う小さなお茶会を開きませんか。鳳が手配してくれたニルギリもあるんです。悠璃先輩もぜひ。ああっ、ロロ!窓枠は触っちゃだめだよ、蘭みたいに、棘が刺さってしまうかもしれない、二の舞になるつもりかい」
「エーリクくん、ぼくまで招いてくれるのですか?嬉しい!ありがとうございます」
「友だちじゃないですか、嫌だと言っても引きずり込みますよ。実家で催される僕の誕生日パーティーにも、きてくれるっていってくださって、僕、どきどきしています」
天使たちにはかなわないけど、必殺の笑みを向けた。
「幸せです、ありがとうございます。ご実家の皆様によろしくお伝えください」
「エーリクのお家の、鳳さんのお茶、おいしいよ!」
天才が空中にふわふわ浮きながらほめてくれた。
「ところで、あのデータ欲しくない?」
「それなら、ジュドに頼んでみるので。くれると思う……」
「宜しくたのみます。それにしても、あんなに騒がれるとは思わなかった。楽しかったからいいんだけど」
「まあスピカはもう少し自分の美しさについて自覚するべきだね」
サミュエル先輩がまとめたので、僕たちはきょとんとしているスピカを囲んで、にこにこ笑った。
大変だったけど、楽しい経験をしたなあとおもった。愛情っていろんな色や温度があるんだと知ることができたし、良い勉強になった。よろこび、かなしみ、おどろき、いかり、せつなさ……様々な感情を慈しみ、手を離したり、どこかで再び出会ったりを繰り返しながら、僕らは、大人になっていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?