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スピカの写真集①【チョコレートリリー寮の少年たち】

四限を終えた放課後。
僕たちはいつもと変わらずデイルームではしゃいでいた。おひさまが傾いていく優しい夕暮れ時、スピカが物憂げにアナスタシアが注がれたグラスに視線を落としたままでいることに気づいた。
僕のとなりでじゃれあう天使とリヒトをノエル先輩とサミュエル先輩にちょっとごめんね、とおしつけて、スピカの隣の席に着いた。
「スピカ、大丈夫?なんだか元気ない。隣、失礼するね」
「ん、あ、ああ、エーリク。大丈夫だよ、ちょっと考え事をしていた」
「それって、一人でも解決出来ること?それとも、誰かの力を借りないとだめなこと?」
「どちらともいえる」
「僕でよければ頼ってよ、親友じゃないか」
そう言ってすこし、スピカに身を寄せる。
「えっと、まあ、よろめき隊!関連のことさ」
そう言って、ひらりと懐中から皺ひとつない立派な封筒を取りだした。
「依頼状が来た。ジュド先輩と小鳥遊先輩とよろめき隊!隊員、あと写真部が総力をあげて、写真集を作りたいんだってさ、おれの」
「写真集?!なんだかきみ、本当にすごいことになってない?」
おれもおどろいてる、といって、スピカは複雑な表情を見せた。
「おれのしらないところでいろんなプロジェクトが動いているらしい。ご学友一同の写真も撮らせてくださいって書いてあるのが少し不安。みんなに迷惑をかけるかもしれないなあって。ごめん」
「どうした、スピカ」
ノエル先輩が膝に一年生たちを集わせて、宥めつつ声を上げた。スピカが慎重に言葉を選びながら、説明を始める。
「……春の学院祭の時、よろめき隊!の特装版の会誌を売ったじゃないですか、すごい売上げだったらしくて……もっと本格的な、写真集を作りたいという依頼状が届いたんです」
「あの写真たち、本当にかっこよかった。小鳥遊先輩、カメラ扱うの本当にお上手。失神してる人達もいたけどさ、ぼくらのスピカが凛としてて、うれしかった」
リヒトが朗らかに言う。するとスピカは困ったように首を傾げた。
「うーん、おれをかっこいいっていう酔狂な方々、心の底から謎だ……悠璃先輩がいないし、ここだけの話だけど、なんでそんなに写真を撮りたがるのか解らない」
「だって、目を惹きます、から」
「ロロまでそんなことを言うのか」
「うん、スピカはすてき。最近ぐんぐん背が伸びて、ますますかっこよくなった」
「ねー」
「僕のあこがれの存在だよ。すらっと背が高くて、やさしいし、眼鏡にあってるし、あとなんていっても髪型。僕もリボンで縛れるくらいまで髪の毛伸ばしてる最中」
「リュリュ!とんでもないことを!」
「あんな本格的な機材を使って写真を撮ってもらえるの、僕ちょっと羨ましいと思ってた。悩みは人それぞれだよね、ごめんね」
サミュエル先輩が軽くあたまをさげた。スピカは慌ててサミュエル先輩の手を掴んだ。
「そんな、謝らないでください。おれも本音を言うと、このいちばんきらきらした時期を、確りと写真におさめてもらえる事、素敵だとは思うんです」
「何か心配事があるの?」
リヒトがサミュエル先輩の膝の上に行儀よく座りながら問う。
「うん、要求がエスカレートしたら、ちょっと怖いなって。だから、みんなが良かったら、前回の時みたいに着いてきてくれるとありがたいと思っていて。ご学友一同の写真についての返事は保留にしてある。写真集については、おれでよければと返事をした」
「なんだ、そんなことか。俺がしっかり用心棒の役目を果たすよ」
「僕も、力になれると思う」
「僕も不届き者が現れたら魔法でやっつけるよ」
「ほら、天才もいるぞ。大丈夫、大丈夫」
そのとき、ふいにセルジュ先輩が杖を取りだし、机をとんとん叩いた。たちまちいちごまみれのクレープがあらわれる。
「ささやかだけど、僕からのエールというか……実家でたくさんつくったらしいって通信がきたからおすそわけ」
机上にあらわれた見事なクレープに、皆前のめりになった。
「ありがとうございます!」
「わあ、なんて美味しそうなんだろう!」
「いちごがつやつや」  
「ナパージュっていうらしいよ」
ちょっとした豆知識を披露すると、皆一斉に僕の顔を見た。
「エーリク、物知りだな、驚いた」
「あ、いえいえ。星屑駄菓子本舗でゆめみるプチタルトを買った時に、フルウツがきらきらしていますねって言ったら、黒蜜店長が教えてくれたんです」
「確かにつやつやしてて華やかだよな、あのタルト」
「まあ、とりあえずクレープ食べて、英気を養おう、召し上がれ」
「いただきます!」
「こんなに見事なクレープ、まるで売りものみたい」
「あはは、弟たちが喜んで作るのさ、どうぞたくさんたべてね、まだまだ喚べるから」
「あっ、こっちのは桃……マスカットのもある」
「ショコラバナナ発見!」
「ティラミスとバニラアイスクリイムだ!!」
「あっ!ツナレタス!」
「セルジュ先輩、ありがとうございます!どうぞご兄弟、ご実家の方々に感謝の言葉を伝えてください」
「みんなー!!こんにちは!!」
そこへ、悠璃先輩がぱたぱたかけてきた。胸いっぱいにファイルを抱えていてとても重たそうだ。
スピカが立ち上がって懐中からころんとしたかたまりをとりだし、ぱっとひろげている。
「悠璃先輩、こんにちは!おれの魔法のエコバッグ、おかししますよ」
「ああっ、スピカ君!今日も麗しい。そして優しいお心遣いをありがとうございます。魔法のエコバッグなんて、家庭的なところも素敵ですね……嗚呼……」
「とりあえずすわりなよ、悠璃」
「ありがとう、ノエル」
「ぼく、生姜糖曹達、いただきにいくので、何かおかわりしたい人がいたら、このメモに書いてください。悠璃先輩、お飲み物、何になさいますか?」
立夏は気遣いの人だ。夏季休暇のレグルスのアルバイトの際、くるくると機転を利かせたり、柔軟な働き方をする姿を目の当たりにして、 ちょっと悔しくなったくらいだ。オリジナルモクテルも、スピカにかなわなかったとはいえ、相当数の注文を頂いていた。
「クレープ、美味しい」
スピカがそう言って笑ったので、ほっと胸をなでおろした。
「スピカ君、この度もまた僕らスピカ君によろめき隊!からの依頼を、快諾してくださってありがとうございます。あの、スピカ君、お話の方は、皆さんには……」
「今していたところです。どうぞ隣へお座りになってください」
「あっ、わぁ、あ……ありがとうございます。あの……皆さんにこれを見て頂きたくて……前回、スピカ君のお写真を撮らせていただいた時、悲しいことにページ数の関係で没になった写真、なのですが、僕はこの写真たち、すごくいいなって思っていて……是非写真集で使えるよう、スピカ君、ジュドと小鳥遊に掛け合ってみてくれませんか?」
「えっ、おれがですか?」
「本人からの意見なら、きいてくれるとおもうんです!」
熱っぽい訴えに、スピカはちょっと思案して、頷いた。
「……わかりました、ちょっとみてみましょう」
ファイリングされた写真たちを、入念にチェックしはじめる。
「使っていいものには、こちらの付箋を……」
「ぼくも見たい!」
「みたーい!!」
リヒトとリュリュが前かがみになってファイルをのぞきこんでいる。
「……ちょっとまってて、今しっかりみてるから」
「これとか、すごく素敵で……リボン解いてはにかんでる一瞬を捉えた作品です。こちらも。ピンクの付箋が、僕が特に推してるものです」
「うーん、よくわからないなあ」
「この足を組んで眼鏡をクロスで拭いているのとか、ツーテイクめなのですけど、ちょっと照れた表情見せてて、気取ってなくていいなって。あとこちらも、笑顔が艶っぽいです、薄くひいたティントがいいしごとをしているんですよ。りんごをアイテムに使ったものたちもご覧になってください、二冊目にまとめてきました」
悠璃先輩が熱弁しはじめた。スピカは愛されている。
「自分では分からないものですね」
「そうですよね……小鳥遊、オフショットも撮りたいって張り切ってます」
「できるだけかっこよく撮ってください。みんなにも見せてもいいですか?」
一通り見直してから、スピカが言う。もちろんです、そのためにもってきたのですと悠璃先輩が言うので、机上にスペースをつくって、クレープを夢中になって食べながらファイルに入った写真を眺めた。どれも溜息をつきたくなる美しさだ。
「悠璃もクレープ食べなよ」
「ありがとう、このいちごのすごいね、ブーケみたいだ。ひとついただきます」
「ひとつといわず、どんどん食べて。このファイル、作るの大変だったでしょ、」
立夏が差し出したメモに、アナスタシア、と書きながら悠璃先輩が首を横に振った。
「そんなことないよ。大好きなスピカ君の写真を沢山見ることが出来てとても嬉しかった。ジュドと小鳥遊から無断で根こそぎ奪い取ってきたんだ」
「このお写真とか、どうですか?」
ガウンを脱がされ、微笑んでいる写真をロロが指さした。
「ロロくん!わかってくれますか?!ちょっとふわっと油断してるところがかっこいいのに可愛いんです、ご本人を目の前にしてこんなことを言うのは些か照れてしまうのですが」
「あはは、そうでしょうか」
スピカが首を傾げた。では、といって、もう一冊のファイルを取り出してみせる。
「これは写真部の一年生が撮ったものなので、技術については大目にみてやってください。でも、たくさん素敵な写真があるんです」
「すごいね、スピカ。こんなにいっぱい、すてきな写真撮ってもらえて。正直に言うと、どれも没にしたくない感じだよね、何らかの形で使えるといいのだけど」
ロロとリュリュと蘭が頬を寄せあって、ぱらぱらとファイルをめくっている。
「やっぱり、トレーディングカードにするのがいいと思うなあ、あとは生写真とか。握手券とかツーショット撮影権のチケットをウルトラレアで封入特典みたいにして……どうでしょう……」
「それ、いい案だと僕も思います」
リヒトとリュリュが右手を高々と上げた。
悠璃先輩は頷いて、また一枚付箋を貼り付けた。
「リヒトくん、リュリュくん、ありがとう。きっとみんな喜ぶ。たぶんあの会報がめちゃくちゃ売れたのは、表紙が反則もののうつくしさだったのと、トレーディングカードを封入したからだって、ジュドも言ってて。闇取引とかされてないといいんだけど、いまのところうれしい感想ばかりいただいているから、その心配はなさそう」
「よかった、それを聞いて安心しました」
「スピカ君のファンに、悪い人はいないんだ」
悠璃先輩のものすごい盲信っぷりに僕は内心にやにやしながら、平静を装うことに意識をかたむけた。
「さて、ママ・スノウに飲み物をいただきましょう。悠璃先輩、少しお待ちください」

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