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スピカの写真集④【チョコレートリリー寮の少年たち】

よく分からない理論を述べながら、セルジュ先輩が小鳥遊先輩に近づいて、杖でとんとん、おたまを叩いた。するとあっという間に自動的にうごくおたまになった。
「あとは勝手に駆動する。ぜひみんなで一緒にご飯を食べよう」
「セルジュ先輩、すごい!」
「天才ー!!」
天使たちが唱和する。立夏が憧れの眼差しをセルジュ先輩にむけて、にこにこと微笑んで拍手をした。ちょっとだけやきもちを焼いたのはここだけの秘密だ。
「素晴らしい魔力ですね」
「このくらい、なんてことないよ、立夏にも教えようか?」
「ぜひレクチャーを。よろしくお願いします!」
「ゆっくり時間とってやろう。僕の授業、受けたい人他にいる?」
その場にいる全員が思いっきり手を挙げたので、僕は思わず笑ってしまった。
「うーん、やっぱりわらび餅がすぐになくなりそうだなあ。喚ぼう」
「例のかかと鳴らしでよぶのですか?」
「うん、すぐくるよ」
不思議な歌を歌いながら、たたんたとったたたん、たんたんた、たたんたたたんったった、と踵を鳴らす。見るまに大皿が現れ、続いてどんっとおびただしい量のわらび餅が乗っかった。
「わあ、いつものことながら、すごい!僕、いっぱいお皿によそう」
「エーリク、ガーデンサラダも食べようね」
「う、うん」
「ミネストローネ、具だくさんだから、三日月麺麭は頑張って半分を目標にしようか」
立夏がことりのさえずりのようなボーイソプラノでいう。彼の声にはつねにふんわりとした優しい魔法がかかっていて、僕ら一年生は、なんとなく、立夏、それからスピカに従えば上手くいくように行動している。二人とも、人をあたたかなきもちにするような、不思議な声を出す。こんど、その発声方法を聞いてみようと思った。
僕はママスプーンと小皿を両手に持ち、ぶるぶるとややこしく逃げ回るわらび餅と格闘した。きな粉と黒蜜をかけていく。
「ごはんも喚ぶからちょっとまってて」
セルジュ先輩の髪がふわりと揺れた。とんとん、と人差し指でテーブルを叩いたとたん、いくらおかわりしても足りないような量のご飯が軽い音を立てて長テーブルに、ことり、かたり、としずかなおとをたてて着地する。
「ふう、つかれた」
「お疲れ様、セルジュ。ありがとうな!それでは皆さんいただきますしよう」
ノエル先輩がぱんっと両手を合わせると、いただきます!と声を上げた。ところどころでげんきにいただきますと声が上がる。
「よそうから、これだけは食べなよ、エーリク。たしか、玉ねぎがすきだったよね、じゃあこの当たりを」
「みなさん、どんどんミネストローネをどうぞ」
ぼくがミネストローネをよそっていたら、立夏が、サラダを僕の目の前に置いた。これとミネストローネと麺麭は、無理だ。
「立夏、スウプ、すこしたべてくれない?」
「だーめ。エーリクは少食すぎる。少しは食べてもらわないといけない」
「じゃ、じゃあ三日月麺麭、三分の一個でゆるして。お腹が痛くなったら困るから」
「それなら、野菜はしっかりとるようだし、お咎めなしということにします」
「はあい」
なんだか鳳みたいだなあとおもいながら、シルバーを操る。かりっと焼き目のついたパンチェッタが、香ばしくて美味しい。サニーレタスと赤玉ねぎの風味も相まって、最高だ。クルトンもすりおろしたにんじんのドレッシングにあっている。
隣の席の立夏は三日月麺麭を左手にもち、ミネストローネを右手にし幸せそうににこにこしながら食べている。
「どう?おいしい?」
訊ねてみると、ひまわりみたいに笑う。
「うん!エーリクがよそってくれたからかな。ますます美味しく感じるよ。野菜の甘さがぎゅーって、濃縮されてる」
仲良しだなあとみんなに冷やかされ、僕はどぎまぎしながらひとさじ、温かなスウプを掬って、飲んでみる。
「ん!ほんとうだ、おいしい!じゃがいもときゃべつたっぷり。たまねぎもおいしいなあ」
僕らはそんな感じでいつも通りはしゃいでいたけど、よろめき隊!のひとたちは緊張のせいか口数が少ない。
「はい、皆さんどんどんどうぞ、」
スピカがお皿を配る度に深深と頭を下げ、神妙な面持ちだ。
「そんな、皆さん。本当に大した者ではないのですよ」
「普段は猫背気味なのに、食事をとる時は背筋を伸ばしていらっしゃる……かっこいいです!!凛々しい、嗚呼」
「銀フレームの眼鏡も素敵です。僕、あまりにスピカ君に焦がれるあまり、先日同じようなイメージの眼鏡を買ったんです。お揃いみたいで嬉しいです」
「愛されてるなあ。撮影、この前みたいに見物させてくれよ、ジュド、小鳥遊。悠璃は賛成してくれるよな」
ノエル先輩が、お、ミネストローネ美味しい、と呟いたあとに、ジュド先輩に話しかけている。ジュド先輩はパンチェッタを器用に解体しながら応じる。
「邪魔しないならいいよ余計なことしたらすぐラボから追い出すからな覚悟しろよ」
「邪魔なんてしないよ。大事な後輩、そして親友の花舞台じゃないか、」
「ええっ!!親友?!」
僕らは目を丸くして食事の手を止めた。びっくりした、まさか、偉大な先輩方が、僕らをそう見ていたなんて、思いもしなかった。
「えっ、俺ずっと前からちびっこたちのこと親友だと思ってたんだけど」
「僕もだよ。伝わってなかった?」
「おかしいなあ」
「うれしい!!先輩方、大好きです!」
「今後ともよろしくお願いします」
「そんなに畏まるなって、学年は違うけど、親友さ」
「まあうるさいこといわないし構わないけど機材とか勝手にいじるなよ」
「壁のところに突っ立って眺めるだけさ」
「それならいい嗚呼スピカ君わらび餅のおかわりありがとうございます」
「いえいえ」
「家庭的で素敵」
「本当に……」
三日月麺麭をお皿に置いて、ひたすらまっすぐにスピカを眺めるよろめき隊!の人たちのことが心配になってきた。
「皆さん、ご飯はちゃんと召し上がってください」
「きみが言うのかい」
そう言ってスピカが僕の肩をばしばし叩いた。
「うらやましい」
「叩かれたい」
「踏まれたい」
「こればかりはエーリクたちにしか出来ないなあ、参った参った」
スピカがおどけた表情を見せる。張り詰めていた空気が、ちょっとふわりとゆるんだ。
「わらび餅食べる」
僕がスプーンを握りしめて猛然と食べ出すと、よろめき隊の人たちがさざ波のように笑ってくれた。
「エーリクは、ムードメーカー的なところがあるんです。かわいいですよ」
「そうかなあ」
「ふわふわしてる天使長」
「ぼ、僕のことはいいから。もう少ししたら、食堂が閉まってしまうので、皆さん急いで」
その後大名行列のようにジュド先輩が先頭になってぞろぞろラボへ向かう。大人数だし、スピカは綺麗だしできゃあきゃあと黄色い声を上げられながら移動した。
「すごいなあ、スピカ」
「スピカ君これでわかって貰えましたよね可及的速やかにあなたが凄まじくかっこよくてチャーミングな人であるかを自覚してください天の御使い的ななにかなんですよ僕は常にスピカ君によろめき隊!会報最新刊と特装版を持ち歩いているんですほらこちらにこの精鋭部隊たちも抜き打ちテストで会誌を持ち歩いているか厳しいチェックを乗り越えたメンバーです」
ジュド先輩と隊員たちは合図があったかのようにひらりとトートバッグから二冊の本を取りだして頬を緩ませている。
「ジュド先輩、皆さんも、ありがとうございます。光栄です」
「さあラボにつきました皆さんどんどん入ってください」
僕らはぐいぐい背中を押されスピカ君によろめき隊!の活動拠点に押し込まれた。

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