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ハッピーバレンタイン!【チョコレートリリー寮の少年たち】改稿

今日は、待ちに待ったバレンタインデー。
いつものメンバーみんなで寄り集まり、デイルームでささやかなパーティーをひらくことになっている。
僕は天使たちが起きる前に、なるべく物音を立てないようにガトーショコラとお星様の形のクッキーを焼いた。もちろん、立夏あてのものだ。緑色の箱にしまい、不器用なりに赤いリボンをかけ、さくらんぼと葉っぱを模した飾りをくっつけた。なかなかおしゃれにしあがってしまい、これはもし親友たちにばれたら冷やかされるだろうなあとおもいつつ、一旦冷蔵庫にしまった。ガトーショコラとクッキーのレシピは、魔導図書館で焼き菓子の本を借りてきた。一年前は、すごいスピードで飛び交う本たちに怯え、近づきたくもないと思っていたくらいなのに、僕もなかなか成長したなあ、と、自分を少し褒めた。
友チョコはどうしようかなと考えたけど、ノエル先輩が本気を出してきそうだったので、僕もそれなりのものを作らなくてはならない。蒸しケーキくらいなら作れるかなとチョコレートとバターを湯煎で溶かしていると、ロロが起きた。
「ねむい……」
「ハッピーバレンタイン、おはようロロ。今君たちのために、チョコ蒸しケーキを作っていたんだ。リュリュとお風呂にでも入っておいで。仕上げちゃうから」
「なるほど、お部屋がいいにおい。みんなに、くばるものですか?それならぼくもてつだいます。ちょっと、ポットのお茶をのもう」
「わわわわわ僕が注いで持っていくからきみはそこにいて」
例の本命ガトーショコラが早速見つかるところだった。ロロはちょっときょとんとして、すぐに微笑んだ。
「それでは、おねがいします」
「……回避」
「何をですか?」
「とにかくお茶を出すからベッドサイドのテーブルを組みたてて。あとリュリュを起こしてお風呂へ」
何とか冷蔵庫から気をそらす作戦だ。ロロは、ほんのり首を傾げたけど、はあいと素直に従ってくれた。助かった。チョコ蒸しケーキの材料を今のうちに調理台に置いてしまおう、僕は、冷静に冷静に……と心の中で呟きながら、たまごを十ツ割った。
「リュリュ、おはようございます、バレンタインのお菓子作りのお手伝いをしてください……その前に、お風呂に入りましょう」
「……おはよう、空気があまい」
「あっ!おきた!リュリュ、おはよう」
「おはよう、エーリク、何を作っているの?」
「蒸しケーキだよ、あとで手伝いを頼みたいな」
ナイティを引きずりながらリュリュがこちらへやって来た。
「お茶、のみたい」
「わかったわかったちょっとまってて!!今すぐ出すから、きみもベッドにすわっていて」
「……エーリク、何かおかしいなあ」
「なんでもないよ!!」
「……なんだか朝から妙なんです」
「とにかくすぐお茶出すから待ってて!」
冷や汗をかきながら冷蔵庫から洋杯とお茶のポットを取りだした。
バレンタインデーってこんなにどきどきはらはらするものなのだなあ……と、ばたばた暴れる胸の高鳴りを悟られないように必死で平静を装った。もう心臓がもたない。この後こっそり立夏にガトーショコラとクッキーを渡すという大イベントが待ち受けているというのに……
二人はおのおの、お茶を注いで大人しくベッドに腰かけている。あぶないあぶない、助かった。
「エーリク、ぼくたちはなにを手伝えばいいですか?」
ロロが洋杯を傾けながら問う。僕はなるべく心を落ち着かせつつ、言葉を選んだ。
「粉砂糖をかけるのと、ラッピングをお願いしたい。ロロもリュリュも、あんなにあやとりが上手だもの、手先が器用だし、センスもある」    
「わあ、そんなにほめられちゃっていいのかな」
「照れちゃいますね」
あとはカップケーキに生地を流しいれ、レンジにかけるだけだ。
「リュリュとぼく、お風呂に入ります。ばらのバスボム使ってもよいですか?あと、ゼラニウムのオイルを二、三滴」
「あ、うん、いいよ。ゆっくりいってらっしゃい」
「バスタブにお湯をためながらはいりましょう」
「そうしよう」
ふたりがバスルームへ行ってしまったので、しばらくの間安息の時が訪れる。
スツールに腰かけて、蒸しケーキの膨らみ加減を眺める。ふんわりと膨らんでいくケーキがなかなか愛おしい。きっとみんな喜んでくれる。
浴室から、きゃあきゃあと元気にさわぐこえがきこえてきた。ばしゃばしゃとお湯をかけあっているのか、派手な水音が聴こえる。全く二人ともケーキに負けず劣らず可愛い。
ちゃんと中まで火が通っているのか気になったので、竹串を刺してみた。まだ少し生地がくっついてくる。
また暫しぼーっとして過ごす。
あんなに騒がしかったバスルームが静かだ。バスボムに安らぎの魔法をかけておいたので、その効果だろう。
ケーキができあがったので取り出し、粗熱を取るためにしばらくケーキクーラーに乗せておく。優しいチョコレートの香りが立ち上った。
お手本として、三ツほど茶こしで粉砂糖をふりかけてみた。いかにもバレンタインデーの友チョコのすがたになって、これはこれでありだと思った。一ツ、味見と呈してつまみ食いをする。それなりにおいしい。お風呂上がりの二人にも食べてもらおう。
「ああ、やっぱり朝のお風呂は、最高ですね」
「気持ちよかったね、ロロ」
「はい!では、きれいの魔法、かけ合いましょう」
「二人とも、きれいの魔法をかけたら、ちょっとこっちへ来てほしい。味見して欲しいの」
「わかりました!」
お互いの肩に手を置いて、ふわっと一瞬で髪を乾かした。続いて式典用のローブを身にまとい、指先まできらきらにしている。
「さて、終わりました。わあ、可愛いケーキ!」
「こうやって粉砂糖を振りかけてほしいんだ、結構美味しくできた、はずなんだけど。おひとつずつ、めしあがれ」
「まだあたたかい。小鳥のひなのようです」
「おいしそう!いただきます!」
二人とも、一口でたいらげた。うんうんと頷きながら嚥下している。
「エーリク、やりますね、びっくりするほどおいしい」
「そ、そう?ぱさぱさしてない?」
「とてもしっとりだよ。ラム酒、つかっているよね。アルコール、しっかり飛ばしてあるから、香りだけ残っててとっても美味しいよ」
「ああ、良かった。じゃあ早速なんだけど、粉砂糖をかけるの、手伝ってくれる?」
「わーい、たのしそう!」
ふわふわと粉砂糖をかけているふたりを眺めて、本当に天使だなあと思う。
「ハッピーバレンタインデー!おはよう!大変なの!!」
力強く扉をノックする音が聞こえた、いつものように元気いっぱいなリヒトだ。扉を開けて迎え入れると、両手いっぱいに袋を下げている。
「……おはよう、ハッピーバレンタインデー。それ、もしかして、もしかしなくても、よろめき隊!のひとたちのしわざ?」
「うん、まだまだ、こんなものじゃないの。扉の前にシートが敷いてあって、祭壇が……」
「さ、祭壇?!」
「とにかくとんでもない事になってる……ところでこのお部屋もチョコレートのいい香りが……あ!!ケーキ発見!!」
「リヒト、おはようございます。仕上げ、ぼくらにまかせてもらってるんです。エーリクが朝から頑張って作ってくれた友チョコですよ」
「おはよう、リヒト。エーリクすごいよね、お茶を淹れるだけでなく、お菓子も作れて……」
「いえいえ、そんなにたいしたものではないよ。後でみんなで食べよう。祭壇が気になる。一旦作業を中断して見に行こう」
部屋の扉を開けて横を見ると、108号室の扉のそばにうずたかくたくさんの箱が積まれている。豪奢な真っ赤なバラのブーケのところに、『スピカ君によろめき隊!隊員一同』というポップがある。
「……すごいでしょ、これ」
「おどろいた」
「わあ、スピカ、愛されてますね」
「すごいな、これはまた」
「みんな、一応拝もう……まあそれは冗談として……そして、その崇拝対象はどこに……」
「おはよう、呼んだ?」
さらさらつやつやな砂色の髪を鎖骨の辺りでゆらめかせて、スピカが現れた。
「スピカ!!きみ今日この部屋から出ない方がいいって!!危険だから!!」
「みんな、おはよう!わあ、僕の手が届かないよ」
蘭があとからやってきて、背伸びして手を祭壇に差しのべた。
「朝起きた時よりおおきくなってる気がする、この祭壇」
「蘭!おはようございます!リュリュと三人できんぎょごっこをして、うえのほうにあるチョコレートを下ろしましょう」
「了解だよ」
「このチョコレートのタワー、崩したら呪われるかも」
そこへ立夏がぱたぱたと足音を立てて現れた。
「おはよう!エーリク!みんな!……うわあ、なにこの塔!!」
「おはよう、立夏。これ塔じゃなくて祭壇らしいよ。隣においで。お手を拝借」
「うん!」
立夏が微笑んで、そっと僕の左手をとった。
「呪われるとかそんなことはないだろうけど、慎重に。そして理由を話して、先輩方をデイルームではなく108号室に喚び出そう。スピカ、おねがいできる?本人がお願いした方がいい気がするよ」
「はーい!それでは、ご清聴」
軽く不思議なリズムでかかとを踏み鳴らし、さっと懐中から取り出した杖をひと振りした。するとノエル先輩とサミュエル先輩、悠璃先輩、セルジュ先輩が姿を現した。スピカの魔法の柔軟さにも、いつも驚く。
「おお、スピカ、みんな、おはよう。ハッピーバレンタイン!ちょうどデイルームに行こうと思ってたところなんだけど、なにこれ、すごいな、よろめき隊!が本気を出してる」
「おはよう!うわあ、奉られてる、スピカ、凄い」
セルジュ先輩が、ぱん!と大きく手を叩いた。
「すみません、こういった訳で、今日おれは外に出ない方がいいとリヒトが……それで今日はデイルームではなく、108号室でパーティーをお願いできないでしょうか」
「確かにこれは身の危険を感じるなあ」
サミュエル先輩がのんびり仰る。そのうしろで悠璃先輩が肩を震わせながら縮こまっている。
「ほら、悠璃、お前頑張ったじゃん、自信もって、渡せよ」
「あ、あの、その、あ、あ、えっと、あう、スピカ君、あの、ハッピーバレンタインです!あまり、美味しくなかったら、ごめんなさい、でも、ノエルに教わり、ながら、一生懸命がんばりました。マドレーヌです。うけとって、いただけますか」
スピカが胸に手をあてて、一礼した。
「悠璃先輩、ありがとうございます。もちろんですとも。おれのために作ってくださったというお気持ち、本当に嬉しいです。そしてマドレーヌが大好物という情報はどこから漏れたんだろう」
悠璃先輩が差し出した、青いリボンのかかっている真っ黒な箱を両手で受け取って、にっこり笑う。
「この青いリボンで髪の毛を結びたいと思います。嬉しい。ありがとうございます」
「あわわわわ」
「悠璃もまずいことになりそうだし、部屋、借りるよ、というか、敢えて108号室じゃなくて109号室のほうがいいんじゃないか?撒けるぞ、奴らを」
「なるほど!そうですね!」
「ではどうぞ、109号室に。まだ友チョコが中途半端な出来なのですが……」
「エーリク、何か作ったの?」
立夏がいたずらっぽいほほえみを浮かべて僕の左手をきゅ、と握ってきた。僕は小さな声で、後で大事な話がある、と耳打ちした。了解の合図だろうか、腕を絡ませてくる。
「さあ、みなさん入ってください。先輩方には、部屋にしずかの魔法をかけて頂きたいのです。スピカをかっさらわれるとあぶないので」
「そんなの僕一人で充分、やっちゃうね、えいえい!」
セルジュ先輩がぶんぶん杖を振った。すると部屋にぱっと光が充ち、やがてぱらぱらと床に星屑が転がった。
「さすが天才」
「それほどでも。でも、僕は料理の方はさっぱりだよ。得手不得手というものがあるのさ。だから今日は、みんなのお菓子が食べられると聞いて本当に楽しみにしていたんだよ」
「こういうところ、本当に可愛い」
「サミュエル、照れるからやめて」
「悠璃をちょっと寝かせたい。意識が朦朧としてる。よく頑張ったな!」
「それなら僕のベッドを使ってください。悠璃先輩の勇気を称えたいです」
「本当に可愛い先輩ですね、」
立夏も僕の隣で、やさしい眼差しで悠璃先輩をながめている。
「俺、ちょっとビターなチョコレートムースと、一口で食べられるいちごのクレープを沢山焼いてきた。ここに置くね。サミュエルと、本命チョコ作った悠璃もすごく貢献してくれた」
部屋の真ん中のテーブルに、おもたそうな袋を置いた。
わっと声があがる。
「これ一応エコバッグなんだよ、お洒落じゃない?」
「たしかに、ラクダを連れて歩く少年の柄ですね。緑色で綺麗」
ノエル先輩はくるくると袋を懐にしまった。
「僕らもささやかですが、蒸しケーキを作りました!」
「つくったのはエーリクで、リュリュとぼくは、粉砂糖を振り掛けることくらいしかお手伝いできなかったの、ですけど、とってもおいしいですよ!」
「エーリク、お疲れ様!」
「う、うん!喜んでもらえるといいな」
「あ、エーリク、お茶を……」
「あっ!!はいはいはいはい!!まってね、ちょっとだけ、はい、おまたせしました」
僕は相当奇っ怪な動きをしながらポットを取りだし後ろ手に冷蔵庫を閉めた。
「なんか変なんです、エーリクが」
「お気になさらず」
「色々あるよなあ」
「僕たちもいろいろある。だから、気にしなくていい」
そういう事になった。先輩たちの言葉は重みがあって、ありがたい。
「エーリク、蒸しケーキをお皿に並べてみたんです。チョコペンで落描きしました」
「いつのまに!ありがとう、ロロ」
「わあ、かわいいなあ、お見事!!」
みんながリトルプリンスを拍手で迎えた。
「でも、頑張ったのは、エーリクです」
「そんな、僕のことはいいよ!そんなことより、ノエル先輩が作ってくださったお菓子を、さらにセンス良く並べてもらおうか。お願い出来る?」
ロロはふにゃっとわらって、お任せ下さい!と微笑んだ。

こういうたのしい日にかぎって、あっという間に夕刻になる。楽しい気心の知れたみんなと過ごすティータイムは、なぜ瞬く間に過ぎ去ってしまうのだろう。
僕は小さな箱に悠璃先輩の分のお菓子を詰めて、ノエル先輩に託した。悠璃先輩は、本当に勇気を出したと思う。等身大の自分と照らし合わせ、そう感じた。ノエル先輩は僕にも、にやりと笑って頑張れよ!と言って、軽々と悠璃先輩を担ぎ上げ、サミュエル先輩を連れ立って、部屋へ帰っていった。リヒトとスピカと蘭は、よろめき隊!の隊員に見つからないようにささっと隣室にもどっていった。しかし、ノエル先輩には色々悟られっぱなしだなあとおもいつつ、何とか、やっとタイミングが巡ってきた。この機を逸したら、チョコレート、きっと渡せなくなってしまう。
「あの……立夏」
「なあに?」
はしゃぎ疲れて眠ってしまった天使たちに優しくブランケットをかけながら、立夏がにっこり笑う。僕はムードもへったくれも無いなと思いながら、実は、と冷蔵庫から、ガトーショコラとクッキーの入っている渾身の一作を取り出した。
「ハッピーバレンタイン。よかったら、食べて」
「わあ!エーリク!これ、ぼくだけのために?」
「そうだよ、あの、照れちゃうから、早くこの袋に、ああ、袋も支度してなかったよ、ああ、ああ!僕ったらなんで最後までいつもばしっと決められないんだろう、ごめん、立夏」
立夏はくすくす笑いながら、僕に頬を寄せてきた。
「そういう所、大好き。可愛いよ、エーリク」
僕はいっきにのぼせ上がった。立夏の肩にだらしなくもたれ掛かり、小さく息を吐いた。
「よしよし、一生懸命作ってくれてぼく、本当に嬉しい。ありがとう」
背中をとんとん叩かれて、なんだか僕は情けないのか、ほっとしたのか、立夏が本当に大好きだとか、よく分からない感情でぐちゃぐちゃになって、泣きたくなってきた。
「ごめん」
「謝る必要、ひとつもない。そして、実は、君にプレゼントがある」
「えっ?」
「左手を出して、目を閉じて」
「えっ、」
「ハッピーバレンタイン、そしてぼくをパートナーに選んでくれてありがとう、愛してる」
薬指に、綺麗な石が埋め込まれた銀色の指輪がきらめいている。僕は声を殺して、呟いた。
「ありがとう……こちらこそ、愛してる。ずっと言いたかった。ずっとずっと、前から」
涙がぽろぽろと止まらない。7センチ背の高い立夏を抱きしめた。
「よしよし……泣かないで。もしかしたら、息を潜めて天使たちが見守ってるかもしれないから。実はペアリングなんだ、ほら、みて」
左手の薬指に、僕とお揃いの指輪が嵌っている。
「わあ!嬉しい!!大好きだよ、本当に大好き。愛してるよ、立夏」
立夏の頬に手を当てて一生懸命、僕は僕なりの言葉を伝える。
「ふふ、本当に君はかわいいなあ」
天使たちを二人でしっかり寝かしつかせて、立夏が部屋を出る時に、ふわふわなはちみつ色の髪を撫で回された。そのリング、不逞の輩を寄せつけない魔法がこもっているからと言われ、頬を寄せあった。じゃあ、またあした、と去っていく立夏の小さな背中を見送った。もしかしたら、とんでもない人を好きになったのかもしれない。
優しく輝く金星みたいな、トパアズ色の石のはまったリング。この数年後、この出来事が奇跡に変わるだなんて、誰が想像できただろうか。そんな、みらいへつづいていく、とろけるショコラのような、ちょっとてれちゃう、おはなし!

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