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夏季休暇のアルバイト!【チョコレートリリー寮の少年たち】改稿

期末テストからようやく解放され、まちにまった夏季休暇がやってきた。僕ら実家に帰らない一年生の親友たちが、一週間に三日、再び物語喫茶レグルスのギャルソンとして雇われることになって、皆かおをみあわせてはくすくす笑ったり、スピカがロロの髪を入念に手入れしたり、とてもそわそわどきどきしている。
ひと月ほど門限が0時になるので、レグルスで暴れ放題だ。たのしいなつやすみのおもいでにしようね、と、リヒトがとてもはりきっていて、ピンクのリボンをたなびかせながら、チョコレートリリー寮のつるばらのアーチをくぐりぬける。暴力的な暑さにロロが既にふらつき始めた。
「おいで、ロロ。おんぶしてあげる」
「あっ、はい、い、いいのかな」
「助け合い救い合いだよ」
僕が言うと、ロロが小さく笑い声をもらした。
「みんなが、えっと……ぼくが真理をつぶやくというけれど、エーリクもたまにそういうことがありますよね」
「えっ?!そう?」
「はい!」
ロロがぎゅっとしがみついてくる。さらさらの白銀色の髪が首筋に触れた。
「エーリク、いい香りがしますね」
「多分ホワイトティーって言う練り香水のせいだよ。あとでロロにもつけてあげるね……そうだそうだ!みんなの所に真宵店長からすてきなお手紙が来たでしょ、今年の夏季から、僕らをイメージしたオリジナルカクテルとモクテルをつくるらしいよ」
「きっと、スピカのモクテルは一瞬でなくなると思う」
スピカのローブの袖を掴んでリュリュがころころと笑う。
「あと、新しくアルバイトを雇ったらしいね。僕らと同じチョコレートリリー寮の一年生みたい。仲良くなりたいよね」
「もちろん!興味あるなあ、どんな子なんだろう」
そんなことをはなしつつわいわいもりあがっていたら、あっという間にレグルス最寄りのバス停に着いてしまった。
「よし、アルバイト、がんばるぞ!!制服、黒蜜店長が先日採寸してくださったけど、どんなのができたのかな。クレセント店長もパターンいっぱいおこしてくれたんだろうなあ」
「それもありがたいよね!楽しみ!いくよ!」
ぼくが先頭になってレグルスの扉を開けた。がらんがらんと、いつもと変わらずものすごいベルが響き渡った。
たくさんの紡ぎ手さまのオーダー取りと、調理、配膳に至るまで全て真宵店長がやっているようだ。カウンター席に、黒蜜店長がいて、おとなのオレンジジュースをのんでいる。
「黒蜜!ちょっとサービスするから、配膳手伝ってよ……あ!!チョコレートリリー寮の少年たちだ!!待ってたよ、いらっしゃい!!夏期休暇のアルバイト、どうぞよろしくお願い致します!」
「こちらこそ、よろしくお願い致します!」
「やあやあ、チョコレートリリー寮の少年たち、制服、採寸させてもらったからばっちりだよ!!自分で言うけど、今回もなかなかの出来栄えだ。急いで着替えておいで。袋に名前が書いてあるから、その通りに着てね。まとめてスピカに渡すよ」
黒蜜店長が立ち上がって大きな白い袋をてわたしてくださった。
「嬉しい!!ありがとうございます!!」
「さあ、直ぐに着替えてきて!!今日はちょっと忙しいよ!なにせこんなに可愛い子たちがギャルソンやりますよと黒蜜が星屑駄菓子本舗でフライヤーを撒いたらしいからね。あと、これを渡しておく。スマートウォッチ、これでオーダーとるシステムにしたから、まあプライベートでも使っていいよ。ちょっとしたギフトさ」
「ええっ、良いの?こんなに素敵な時計」
「その代わりこき使うから覚悟してね、さあ、バックヤードへ」
僕たちは駆け足で店の裏へまわると、制服を着用しはじめた。スマートウォッチの電源を入れると、ペアリング完了、と文字が浮かんだ。
「はい、これがエーリクの制服だよ」
「ありがとう!スピカもみんなも、スマートウォッチの電源、いれておいたほうがいいよ、この横のダイヤルを回したり押したりするとキッチンに通知がいくようになってるみたい」
「わあー!!浅葱色のセーラーカラーだ!可愛い!」
立夏が大はしゃぎだ。初めてのレグルスでのアルバイト、心が弾まないわけがない。
「ハーフパンツの折り返しがチェック模様だよ!」
「おれのはスラックスにしてくれたんだ……これで膝が出なくて済んだ、後でお礼を言わなくちゃいけない」
天使三人の着替えも手伝った。
「ロロ、天使」
「リュリュ、きみだって」
「蘭も天使じゃないか、」
「えい、えい、おーですよ、リュリュ、蘭」
あまりにも可愛すぎる。ずるい。
「手伝ってー!」
「今行きます!」
「セーラーカラーの制服、とってもとっても、かわいいです、ありがとうございます!」
「気に入ってくれた?」
「それはもう」
「とんでもなく」
「この感動をどう表現したらいいかわからないです」
「まあ、そのはなしはあとでしようか、さっそく、アルバイト開始だ!」
どたばたとわけもわからぬまま、真宵店長が作ったご飯をトレイに乗せて、ばんばん働き始めた。
「可愛い!がんばれー!」
あちらこちらから激励の声が上がる。リヒトがにこにこわらいながら、投げキッスをとばしている。
「レモン水をどうぞ、紡ぎ手さま」
ロロとリュリュと蘭がレモン水をくばって歩く。所々から悲鳴が上がり大変な騒ぎだ。
「そういえば、もう一人のアルバイトの子は」
「多分そろそろ来るんじゃないかな、17時からだから」
「名前はなんていうの?」
「アルエットだよ、なかなか面白い子なんだ。いつも仲良くしている君たちを見て羨ましいと言っていたよ、」
「それなら、仲間に引きずり込もう」
「にぎやかなほうがたのしいです」
「緊張するなあ」
「【沈没船】の紡ぎ手さまの、シュクメルリ上がったよー」
「はあい!」
「ついでに【精霊宇宙空間第二シフト】にカプレーゼとバタフライピーも、エーリク持って行ける?」
「うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ、頼んだよ、宜しくね。あ、リヒト、【飛行機乗りの詩】にニョッキ・スペシャルエディションをお待ちの紡ぎ手さまに。ついでにお帰りになった席の、おさらとか洋杯とか下げてきてくれるの、出来そう?」
「お任せ下さい、ぬるすぎる位です」
「おー、さすがー!成長したなあリヒト!」
冬のアルバイトのおかげで、このくらいのことならできるようになった。僕はリヒトみたいに、まだ胸を張って、任せて!とは、言えないけど。大丈夫、落ち着くんだと深呼吸をした。
緊張してるかな、と、立夏をみる。すると、【夜間飛行】の席でもう既に、朗らかに紡ぎ手さまと軽く話をして、小さな声でくすくすと笑い声を立てている。
「立夏、すごいな」
スピカが感心したように呟いた。リヒトとリュリュと蘭ももちろん僕もうんうん頷く。コミュニケーション能力が高すぎる。
「立夏!【土星の環】でホリデーデライトお待ちの紡ぎ手さまにもっていける?あ、あと出来れば、【宇宙士官候補生の補講室】に流星オムライスを……」
「はーい!!お任せ下さい!」
すっかり僕らのリーダーと化した立夏をみて僕たちは隅に寄って円陣を組んだ。
「アルバイト経験二度目の僕らが負けていられない」
「がんばるぞ!」
「えい、えい、おー」
そう言って店の中をうろつきだした。レモン水を呼ばれる前に注ぎにいったり、なかなか僕もみんなも、多角的に物事を見て今何を求められているか、意識することができはじめている。
そのときだった。
「立夏のモクテル、その名も【リツカ】ご注文頂きましたー!」
「凄いじゃないか立夏!!」
トレイを胸に抱えて立夏の元へ駆け寄った。
「えへへ、なんか、ご注文いただいちゃった!」
「立夏も天性の愛らしさがあるよね、気に入られたんだろうな」
スピカがホール全体を巡回して、空いたグラスや食器をカウンターテーブルに置いて、汗をハンカチで拭いながら言う。
「真宵店長、【リツカ】のレシピは……」
今の僕にできることはなんだろう。そう考えて、メモ帳とハーバリウムのペンを取りだして厨房へ向かう。真宵店長は笑みを零しながら、僕のふわふわなミルクティーベージュの髪を優しく撫でて、冷蔵庫から色々なものを取りだした。
「スピード勝負のレシピだ。パイナップルは一口サイズに切る。きょうは開店前にぼくがあらかじめ切って冷凍しおいた」
「はい!」
「ミキサーにオレンジジュース、パイナップルを入れてスイッチオン」
「はいはい!」
「全体がなめらかになるまで混ざったら、グラスに入れてジンジャーエールを注ぎ、セルフィーユを飾る、オッケー?」
「イエッサー」
「本当は、冷蔵庫で冷やす工程があるんたけど、それだといつまでたっても出来ないから、パイナップルを冷凍しておくの」
「はーい。手隙の時にパイナップル切ったりするの、そういう裏方しごともやってみたいからナイフの扱いかた、おしえてほしい」
「わかったよ!エーリク、ぐんぐん成長しててすごい。じゃあ、早速だけど【リツカ】作ってあげて。ぼくは和風カポナータをしあげてしまいたいから」
いきなり任された大仕事に胸が高鳴った。信頼されてるんだ。ならばそれに応えるまで!
僕はくるくると自分に出来る仕事をしながら、カウンター席の黒蜜店長のショットグラスにテキーラをついだり、一生懸命厨房で働いた。
「【リツカ】を頼んでくださった紡ぎ手さま、常連だしすごく優しくていい人だよ、余裕ありそうだし、立夏をテーブルにつかせてあげて。【リツカ】もふたつ作ってくれるかな」
「はーい!……コンセプトカフェ化してきたなあ、レグルス。真宵店長、ここが儲かるのは嬉しいけどちょっと寂しい、なんてわがままかな。学生と黒蜜店長とクレセント店長しか入れない日も作って欲しい」
「うん、そのあたりのことも考えてあるから安心して」
「あ、ぼく、コースターにお絵描き、しましょうか」
ロロがぱたぱたこちらへやって来た。
「うん、じゃあお願いできるかな?」
「任せて!ください!」
「オーダー!スピカのモクテル【綺羅星譚】ご注文の紡ぎ手さま、ありがとうございます!」
「かわった紡ぎ手さまがいらっしゃるようだ。じゃあそのモクテル、おれが作ろう……レシピを教えてくださいますか?」
「【綺羅星譚】は……メモの準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
「いくよ!ゴールデンキウイ、ひとつ、皮むくのにナイフ使うけど、大丈夫?」
「なんて事ないです。冷蔵庫開けてもよろしいですか」
「うん。そしたらそれを1cm角くらいに切って。緑の食紅を使って色をつけた曹達水を満たす。そうしたら、はちみつを大さじ3、それとミントの葉っぱ、モヒートみたいにして、ぜんぶまぜて。出来上がり。これは比較的簡単なモクテルかもしれないね。あと、ロロ働きすぎだから、【リツカ】配膳したらすぐに戻っておいで。ロロのモクテル【Prince on a star】飲みな、一息入れよう」
「わ、よろしいのですか?」
ロロがマジックペンで、立夏のシンボル、毛先だけくるんとカールがかかった髪を入念に描いていた目線をあげてめをほそめて、ふわふわのほっぺたをふにゃふにゃさせた。二枚あっという間に描きあげて、トレイに載せる。
「とりあえず、ドリンク、持っていきますね」
と言い残しフロアにもどっていった。ロロもなかなか、すごい機動力だ。
「【Prince on a star】のレシピは……」
「うん、えっとね、桃のジュースとオレンジジュースをステアして、レモンジュースをひとたらし。ホイップクリイムを泡立ててあるから、それで頑張ってばらを作って、アラザンをぱらっと、散らす」
「はーい!」
「立夏、その、せっかくなので座ってお話し、していいよって、真宵店長が、」
「わあ、きみ、王子様みたいだ。こんにちは!立夏くんを独り占めしてもいいんですか?」
立夏がおひさまみたいに微笑み、頷いている。
「勿論ですとも!サービスでオラクルカード占い、しちゃいます」
立夏が、ありがとうとロロに告げてから、なにやらカードをとりだしている。リトルプリンスはぺこりと頭を下げ、今度はキッチンに入ってきた。カポナータの鍋をかき混ぜていた真宵店長の隣に着く。
「僕が作ったからおいしいかどうかわからないけど【prince on a ster】をどうぞ。ロロらしい名前だね」
「わあ!和風カポナータはおいしそうだしいいにおい。【prince on a ster】、エーリクが作ってくれたんだ……いただきます。ありがとうございます……ん!……おいしい!!オレンジともも、すごく合いますね」
「こどものファジーネーブルさ。和風カポナータ仕上がったよ。ちょっとぼく休憩する。忙しくて褒める暇なかったけど、君たちその制服、抜群に似合ってる、黒蜜、クレセントといい仕事したね」
「うん、まあね。夏らしくセーラーカラーにしてみたけど、着てる子達がとにかく可愛いんだよ。写真を見つつ、映えるように微調整を重ねて縫った。どこから見ても完璧に可愛いでしょ。あ、エーリクのオリジナルカクテル頂戴」
「エーリクのオリジナルカクテル、【ミカエル】ご注文頂きましたー!」
「ぼ、僕のですか?!黒蜜店長。他にも可愛い子たちたくさんいますよ、ほら、あっちにもこっちにも」
「エーリクが、いいの」
綺麗な漆黒の瞳を細めて笑んだ。クレセント店長が黒蜜店長に惚れてしまうわけもあるなあと思った。
「ちょっと難しいかも、でも、チャレンジしてみる?」
「うん!やってみたい!」
「今からレシピを言うからメモしてね」
「イエッサー」
「ぼくも、メモとります!」
「おれもうかうかしていられないな、おしえてください、お願いします」
「テキーラ、30ml、ホワイト・キュラソー10ml、オレンジジュースとレモンジュース10ml……グレナデンシロップを少々。レモンピールをトッピングして」
「シェイカーを使うの?」
「そう。このジガーカップで計って……」
「こ、これかなあ?」
「へえ、テキーラ・サウザ・ブルー、使うんだね。そのカクテル、飲んだことないかも」
「さっぱりしてておすすめだよ……エーリク、頑張って」
「うん!」
シェイカーに材料になるアルコールたちを計量し、入れて、おそるおそるシェイカーを振る。中身が飛び出たりしたらどうしようかと思ったけど、その心配は無さそうだ。
「氷を使わないから、手早く!」
「は、はい!」
グラスに注ぎレモンピールを添えると、華やかな香りが立ち上った。
「どうぞ、自信はないのですけど、これからどんどん上手くなります」
「これは美味しそう……エーリク、ありがとう」
「紡ぎ手さま、みんなまた別の物語を紡ぎに行ったみたいだし、そろそろみんなあがりだ!お疲れ様!」
「あ……本当だ。僕今日、ほとんど接客してない……でも、立夏のオリジナルモクテルと、僕のオリジナルカクテルのレシピ、控えられたからよかったな」
「うんうん、立派!何か飲む?いるだけでもちゃんと仕事になってるから大丈夫、気にしないこと」
「うん、それじゃあシンデレラを。皆もどう?」
「はーい!!シンデレラ大好き!」
「お願いします!」
皆、このモクテルが気に入っているようだ。
「かしこまりました」
「ふー、ぶわっと来店されて、さーっと静かになったね。お疲れ様」
「ちょっとだけ大変でした」
「でもおいしい賄いが食べられるよ、頑張ったね、みんな!」
黒蜜店長が僕らを讃えてくれた、嬉しい。こういう優しくてかっこよくてちょっと可愛い大人たちと仲良しなのは、僕の誇りだ。
「なにがいい?賄い。リヒト、看板を下ろしてきてくれないかい。店じまいしてきてもらえると助かる」
「はーい!」
軽やかにステップをふみながら扉を開け看板を店内に引きずり込んでいる。
「多数決を取ります。スパゲティミートソースの人!」
「はーい!」
天使たち三人が空中を泳ぎ回りながら手を上げる。
「おれもスパゲティミートソースがいいなあ」
「ぼくも!!」
「鯖の照り焼き定食の人ー!」
「はいはいはいはいはーい!!!!」
僕がおおさわぎしていると、真宵店長がおでこを突っついてきた。
「このメンバーだと、和食、圧倒的に不利」
「蘭や立夏は和食食べたくならないの?」
ふと、訊ねてみた。いつも洋食寄りの学食を喜んでたべているし不思議に思っていた。
「うーん、実家でさんざん食べたから」
「珍しいもの食べたいなあって」
「じゃあ、五目あんかけそばの人!」
「はいはいはい!!!!!!!ジャスティス!!ジャスティス!!!!!!」
僕はむきになって手を高々とあげた。
「エーリクだいすきだよね、五目あんかけそば。このまえ、きみがおかわりするところを初めて見たよ」
「あれは、ほんとうにおいしかったんだよ」
今日から来るアルバイトの子が気になった。
「あの、アルエットくん、亡霊にやられちゃったりしてたらどうしよう」
「大丈夫、ちょっとバスに遅れが出たみたいなんだ。連絡はしっかり入れてく───」
その時だった。
「うわああああああああああああああああ遅くなりましたああああああ大変申し訳ございませんでした!!!!」
ドアのベルに負けないくらいの音量のボーイソプラノの少年が、レグルスに駆け込んできた。ちいさい。それが第一印象だ。ロロやリュリュ、蘭と同じくらいだろうか、僕の肩に届くくらいだ。
「やあ、アルエット。災難だったね。それでも来てくれる!気概がある立派な子だなあ」
「そんなんじゃ、なくて、もうぼくだめです、だめかもしれない、だめだった」
手で顔をおおって立ち尽くしている。
「きみが、アルエットくん?」
「よかったら、あの、レモン水飲みませんか」
「あああああありがとうございます……こんなダメなぼくなんかに……君は、王子さま……?」
「ロロです。仲良く、してやってください!」
「アルエット、賄い、なにがいい?今多数決を取っていたんだ。一緒に食べようよ、親睦を深めよう」
真宵店長がそう言って、ぱんっと手を叩いた。
「あああごめんなさい僕何もしてないので……その、申し訳ないです。あ、申し遅れました。アルエットです。誰かに雇われる、ことが、はじめてなもので、皆さんの足を引っ張ってしまうかもしれません。ですが、一生懸命がんばります!どうぞよろしくお願いします」
そう言って深々とお辞儀して、澄んだブルウのひとみをかすかに潤ませて、紺碧の髪を揺らした。やっちゃったなあという笑みを浮かべている。
パニックを起こしていただけなのかな、と思った。そうならないように、みんなで協力しないか後で声をかけてみようと思った。
「ぼく、リヒト!仲良くしよう!」
「おれはスピカ、よろしくな」
「あの、えっと、ロロです。お友達になってくださいますか?」
「リュリュです。どうぞよろしくお願いします」
「蘭ともうします、仲良くしてやってください」
なるべく優しい言葉をかけよう。ちょっと、いきる、ことが苦手そうだなと勘づいたからだ。
「僕はエーリク。バスが遅れて大変だったね。でもそれはきみのせいじゃないからさ、あまり気に病まないで」
きゅっと口角を上げて笑いかけ、威圧感を与えないように肩をとんとん叩いた。
「はい……初日からいきなり迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。えっと、皆さま」
「ぼくのことはエーリクでいいよ。同じ一年生でしょ?ラフに接して……ああ、これ、きみの制服。渡しておく」
「ありが、とう……エーリクくん、じゃなくて、えっと、エーリク……やさしいね。黒蜜店長、制服、ありがとうございます!」
「どういたしまして。愛してやってね。そろそろクレセントが来るっぽいからパターンおこしたあいつにも一言嬉しいといってあげて」
「それでー、賄い何にするー」
フライパンをおたまで叩きながら真宵店長が言う。
「つい、盛りあがってしまいました」
「一年生だから、アルエット......でいいかな。聞いてよ。僕、鯖の照り焼きがたべたいのにみんなしてミートソーススパゲティがいいとかいうんだ」
「麺類なら……五目あんかけそばとかも、おいしいです。先日学食で食べて感動しました」
僕は思わずアルエットの手をぎゅっとつかんだ。視線をとらえる。にこっと笑いあった。
「やっぱり?そうだよね!五目あんかけそば、僕も大好き。君とは良い友達になれる気がする。ここにいるみんなは、全員僕の特別な人達。だから、遠慮なくミスしてもいいし、遠慮も要らない。みんな投げた玉はちゃんとキャッチしてしっかり投げ返してくれる」
「頑張ります!」
がちがちに緊張している様子のアルエットをみて、ちょっと心配だったけど、いずれ解けていくだろう。こういうことは、時間と場数が物をいうということを、僕は前回のアルバイトで学んだ。
「あはは、僕らもアルバイト第一回目はこんな感じだったよね」
「がんばらなくていいんだよ」
「はい!そのばに、いるだけで、はなまるなのです!」
ロロが一生懸命つたえている。身を寄せて、手を繋いだ。
「嫌じゃ、ないですか?」
「えっ、ううん、ぜんぜんそんなことないです、えっと、ロロ君」
「座りましょう、とっておきの、天球儀が置いてある席があるんです」
【デリダ・フィオス惑星探査機一号】と名付けられている席に連れて行って座らせている。いちばん大きな円形のソファ席だ。
「じゃあ今晩の賄いはスパゲティミートソースに決定ってことで良いー?」
「わあい!!大賛成!うれしい!!」
天使たちが羽ばたいて【デリダ・フィオス惑星探査機一号】へ飛んでいく。
「……はーい!結局、スパゲティミートソースに競り負けた、悔しいけど、五目あんかけそばはまた今度作ってもらおうね」
「競り負けたというか、惨敗じゃん、エーリク」
「それよりクレセント店長はいつくるんでしょう」
話を無理やりねじまげた。
「うん、今夜レグルスでディナーとかどう?ってきかれたから、待ってればそのうち来るよ。あ、着いたって。鍵開けてくる」
黒蜜店長がスマートウォッチを眺め、カウンター席からぴょんと飛び降りて扉へ向かっていった。
例の派手なベルが鳴る。長身をおりながら、クレセント店長が姿を現した。いつ見てもかっこよくて羨ましい。
「みんなー!!お疲れ様!!お、制服完璧じゃないか、すてきだよ」
「クレセント店長!!」
一列に並び、ありがとうございます!と頭を下げる。クレセント店長は手をかるく振った。
「大したことじゃないよ、むしろ作らせてくれてありがとう!」
「アルエット、バスが遅れてなんとかやってこれたから、まだ袖を通していないんだ。せっかくだし、全員ならんでるところ、みたいよね……」
「あっ!はい!黒蜜店長、クレセント店長、制服、ありがとうございます!ちょっと、奥借りてもよろしいですか?僕も、着てみたいです」
「かまわないよ、いってらっしゃい!」
「いってきます!!」
黒蜜店長が、カウンター席に着いたクレセント店長になにやら話しかけている。
「ねえねえ、クレセント、今晩賄い、スパゲティミートソースなんだって。ぼくらもいただこうよ!」
「奇遇!シュガーの大好物じゃないか!俺もそれがいいな、あといくつか小鉢を頂こう……あと、ちょっといいシャンパンを冷やしてもらってるから、それで乾杯しようか」
「ふふふ、よかったねえ黒蜜。好い男に愛されているねえ」
「クレセントと真宵、ぐるだったの?!」
「ぐるだなんて言わずに喜んで飲んでよ、ね、よしよし。美味しいの手に入れてきたから。先に出してもらおうか、お願い出来る?真宵」
「はいはーい。ぼくと全く同じ背格好の黒蜜がクレセントといちゃいちゃしてると複雑だけど、二人が幸せならいいや」
ぴかぴかに拭きあげられたシャンパングラスをふたつ、見事な手さばきで取り出して、机上にならべる。そしてシャンパンをとりだすと、ぽんっと音高く栓を抜き、そっと注いでいる。淡い美しい桃色のシャンパンだ。はやくおとなになりたいと思う。
そこにアルエットが戻ってきた。ぱたぱたと僕に走りよってくる。
「ど、どうかな」
「かわいい!!!!」
みんな思わず立ち上がった。拍手がわきおこる。
紺碧の髪に浅葱色のセーラーカラーが映えて、本当に愛らしい。長いまつ毛をふるわせながら、僕を見上げている。
「すごい!これは天使新メンバー入りかもしれない。天使長、どう思う?」
急にスピカに話を振られてびっくりした。でも、まさに天使そのものなのでうんうんうなずいた。
「きーまり。アルエット……で、いいよな。仲良くつるもう」
「大歓迎だよね!」
「いうまでもないよ」
「えっ、なかまに、いれてくれるの?こんな、僕だけど、とくに、出来ることないし、こんな華々しい方々の、えっと」
「アルエット、」
僕は優しく瑠璃の右手をとって笑いかけた。
「出来ることなんて、僕だって何もないよ。でもみんな、すごくやさしくてあったかい。ぜひ仲間になって欲しいな。ああ、そういえばこの一年生グループに名前をつけたいね」
「ああ、いいのかな、すごくうれしい。さっきはちょっと、みっともないところを見られてしまいましたが、そんなことにならないように頑張ります」
「頑張らなくても大丈夫だって!おれにまかせて。あと、頼りになる先輩方もいるし、紹介したいよな」
「もちろん!」
「はい!いつもデイルームで楽しそうにお話しているのを眺めては、いいなあって思ってて。ずっと憧れだったあのデイルームに、僕を誘ってくださって……皆さん本当にありがとうございます」
「ゆっくりでいいから仲良しになろうな」
スピカのお兄ちゃんっぷりが凄い。最近ますます、そう感じるようになってきた。
「はーい!賄い、できたよ!各々取りに来て!シーザーサラダも取り分けて、ドリンクはみんなシンデレラでいいのかな、作るから、各自頼むね」
「やったー!!!!」
「ご飯、ご一緒させていただいて、本当によろしいのですか?」
「あたりまえじゃないか、ぼく、雇い主だよ。従業員は大切にするさ、それに、友達になってもらいたいなとも思っているしね」
「ぼくもだよ!店長なんて肩書き、関係なく仲良くなりたい」
「俺もさ、わかるだろう、この大歓迎ムード。あ、真宵、シュガーにポテトサラダとカポナータ、だし巻きたまごを」
「なんて嬉しいことだろう……明日あたり脳天に雷が落ちるかもしれない」
「あはは、ちゃんと生きてもらわないと困る。あとね、僕ら一年生たちの面倒を見てくれている先輩方が本当にすごいの。怖いとかじゃないよ、むしろ優しすぎるくらい」
「あ、亜麻色の髪の先輩、いらっしゃいますよね」
「ノエル先輩だよ」
「かっこいいよね……」
リヒトがうっとりとした口調でいう。彼のノエル先輩への愛情は並々ならぬものがある。
「それじゃ、みんな席に着いて」
【デリダ・フィオス惑星探査機一号】に座る。この円卓はとても面白い仕掛けで、まるまる一ヶ月かけてゆっくり、極わずかなスピードで回転する。
「せーの!」
「いただきます!!」
「おかわりいっぱいあるから、たくさん召し上がれ」
一口、食べてみる。爽やかなパセリの香りが、ぱっとやってくる。ミートソースというより、ボロネーゼに似た味だ。こんなに豪華なものを賄いで食べていいのか不安になるくらい美味しい。
リヒトに回してもらった粉チーズをかけて味変する。限りなく濃厚、でも、くどさは全く感じさせない。おそらく、パセリのおかげだ。これが麺にまぶしてあるせいだろう。
「エーリクがすごくたべてる!」
リュリュが歓声を上げた。ちょっとだけ照れる。
「本当だ!大きくなれよ、エーリク」
「すごいすごい」
スピカやリヒトにも褒められてしまった。
「おかわり、する?」
「う、うん、少しだけしたい」
「歴史的瞬間!!」
「エーリク、麺類がすきなのですか?先日、冷やしうどんが出た時も、よろこんで食べていましたよね」
「う、うーん、どうだろう。わからない。でも、十割そば、っていうすごく美味しい麺があるって東の国のガイドブックを読んでたら出てきてさ……あと、天ぷら、これも未知なものだけど邸宅に掛け合って送ってきてもらおうかなあって。鳳たちにおねがいしてみる」
「鳳さん……?」
「あ、うちの執事だよ」
「執事?!エーリク、な、なにもの……?」
「少しだけ歴史のある家で……まぁ、またそのうちアフタヌーンティーに招かれると思うし、その時にあらためて紹介するね。多分近々、僕の大切なふたりのお兄様のバースデーパーティが催されるはずなんだ」
「そ、そんな凄いところに僕なんかが行く訳には……洋服もちゃんとしたのを全くもってこなかったんです」
「みんな式典用ローブでお邪魔するよ、大丈夫」
スピカが早速言葉をキャッチして投げ返す。
「それなら、良かった。緊張するけど、おうちの皆様にもちゃんとご挨拶したい……」
「うん、ぜひお招きしたいと思う!」
「ありがとう、エーリク……勇気を出して足を踏み出してみてよかった。みんな、やさしい。嬉しいな」
「天使だ……」
「天使四人になったね、ますます賑やかになりそうだ」
結局僕らは大量に茹でてあった麺も、ソースも全て平らげてしまった。
「いい食べっぷり。つくり甲斐があるなあ」
「とても美味しくて驚きました。最高ですね。一日三食このメニューでいいです、本気です」
「賛成ー!」
「大賛成!」
「明日はペンネアラビアータがいいなあー」
「こら、天使四人!」
「ふふ、だってすごく美味しいんだもん」
「僕も、賛成だなあ」
僕がそう言うと蘭がふわっと僕の膝に乗ってきた。ほっぺたについているミートソースをナプキンでぬぐってあげて、優しく抱きしめる。
「ねー、エーリクもそう思うよね」
「うん!あれ、蘭ちょっと大きくなった?」
「三センチ身長が伸びたよ」
「そのうち僕の膝にも乗れなくなるね」
「きんぎょごっこをする程度にはふわっとすわれるから、乗る!」
「あはは、それならいいよ」
そんな事をはなしながら、夏期アルバイトの一日を終えた。明日はお休み。どこへ行く?なんてことをはなしながら、今日も頑張ってよかったなあと心の底から思った。素敵な仲間たちに恵まれて本当に僕は幸せ者だ。同時に受けたチェリースノーストーム学園、入試落ちて、本当によかった!!

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