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トトとモルフォ、ゼロとシャウラ

ブルウの、ウェーブのかかった髪をふわふわゆらめかせながら、モルフォは城の隅から隅まで、次期レティクル座の王となるトトをさがしまわっていた。よみがえりの指を持つトトはこの星群の中でもいっとう特別な存在だ。
トトが行方をくらましたことで大騒ぎになっていることに気づかないまま、必死で執務に励んでいたゼロとシャウラから有益な情報を得て、モルフォは食堂へとやってきた。
「トト様!トト様!!……ああ!やはりここだったのですね」
「うわあ!モルフォ!!」
「探しましたよ。ゼロ王子とシャウラの言う通りでしたね」
息を潜めて社食の遥か隅っこでカルピスを飲んでいたトトが悲鳴をあげた。
「見つかった!」
「逃げようとなさっても無駄です」
美しい青い蝶の名前の側近に軽々と抱えあげられて、トトは腕の中でばたばた暴れた。
「カルピスが社食のドリンク飲み放題に加わったと聞いて飲んでただけだもん。カルピスは、ブルウ・ウォーター・プラネットまで行かないと飲めなかったでしょ」
「それがサボタージュの理由で御座いますか?」
「カルピス!!うわーん!!まだ残ってるの!」
「もう、そんなに泣かないでください。ご覧下さい、みんなに見られていますよ」
「コップにちょっとだけ残ってるから、飲ませて!」
ひらりと、トトを椅子に座らせると、洋杯を手に取った。
「……わかりました。では、私も飲むことに致しましょう」
「モルフォだって仕事サボってるじゃん」
「悪戯をするトト様の監視も、立派な仕事なのです」
サーバーのボタンを押し、なみなみと注がれたカルピスを机上に置くと、僅かな音をたて、椅子に腰かけた。手を合わせ、かちん、と、かるくトトのコップにグラスを重ねた。
「乾杯、です。カルピス、美味しいですよね」
「プロージット!うん、噂で聞いたんだけど、シャウラがブルウ・ウォーター・プラネットと契約してレティクル座の社食でも飲めるようにしたんだって。すごいよね、シャウラ」
「私のことは褒めてくださらないのですか?」
すこしだけ不服そうな声を上げ、モルフォが洋杯を傾けた。とんでもない、と、トトが首を横に振る。
「モルフォだってすごいよ!だって、きみのつくるフロマージュは絶品だしね、宇宙一美味しい。あんなに美味しいフロマージュ、めったにたべられるものじゃない」
「では今日の執務を頑張りましたら、お持ち致しましょう」
「やった!約束だよ」
「ええ、約束です」
「あー!トト、モルフォ、お疲れ様!」
鉄板で供されたデミグラスソースのハンバーグをトレイに乗せてゼロがやってきた。ソースがはねても服が汚れないように、紙製のエプロンをつけている。三歩後ろから、最近すっかりはまってしまったというりんごとシリアルのアサイーボウルを抱えて、シャウラが姿を見せた。
「トト、サボタージュはだめ」
「だって、疲れたんだもん。それに、カルピスをちょっと飲んだら、すぐ執務室に戻るつもりでいたし」
「サインして頂きたい書類がどっさり届いたのです。お姿を晦ましたことで上へ下への大騒動ですよ。ゼロ様、そしてシャウラ。ヒントを下さってありがとうございました」
「モルフォ、お疲れ様。トトはまだ小さいし、見逃してあげようよ」
とりあえず四人の席を作って、座りましょうとシャウラが真っ先に動いた。こういうとき、ゼロはシャウラの有能さを思い知る。ちょっと背伸びをして、自慢の執事にして比翼連理の恋人の髪をするりと撫で、ほほえんだ。
レティクルの神に祈りを捧げてから、ゼロが猛烈な勢いでハンバーグを食べ出す。
「おいしい!!完璧だ。ふっくらしてて、たまねぎの食感がごろごろ残ってて、ぼくごのみだなあ。ただこの付け合せのアスパラガスとグリンピースは……」
「食べましょうね、王子」
「うっ」
「……なんかお腹すいてきちゃった。モルフォ、日替わり定食が銀河鳥のポワレ。バケットがついてくるはず。きみの大好物でしょ?奢るから、もってきてくれないかな」
「奢りだなんて、宜しいのですか?ありがとうございます、かしこまりました」
「経費で落とせばいいよ。安いし美味しいしで非の打ち所がないから、すぐ売り切れちゃう。急いで!」
お札を掴ませてモルフォの背中をとんとん叩く。
「お任せ下さいませ、意地でも手に入れてまいります」
腰を折り、モルフォが券売機の列に並んだ。
「それで?僕の居場所をばらしたのはゼロ?」
「違うよ。カルピスって本当に美味しいよねって二人で語り合っていたら、モルフォが真っ青な顔で執務室にやって来て」
「わたくしが、そういえばカルピスが社食で提供されるように計らいました、と申し上げただけですよ。モルフォの勘でしょう」
「今日なんて午前中に八百人ほど蘇らせたんだよ、もうつかれた。辛い」
「ぼくは千人裁いた。ぼくの勝ち」
「今日はちょっと調子が悪かったんだよ。とにかくまけないから!」
「こらこら、喧嘩はよくありません。各々得意分野があるのですから。それに、王子、必死に頑張ったじゃないですか。わたくしはお隣で執務に励みながら、お飲み物やドーナツを差し入れたりも致しましたが、ひとえに王子のきらめきの杖と裁きがすごいんです。間違いないんです」
熱弁するシャウラを見やって、トトが不貞腐れた。
「ふうん、僕もあとでいっぱいモルフォにほめてもらおう、」
「お待たせしました、トト様、お皿が熱いので充分お気をつけて」
「ありがとう。僕の隣へおいでよ」
「失礼致します」
「銀河鳥のポワレ、おいしそうだね」
「ゼロにも一口あげる。ハンバーグも、とってもおいしそうだから、一口欲しいなあ」
「いいよ!はい、どうぞ。グリンピースも乗せてあげるね」
「こら!王子!」
制止の声も気にせず、ぱらぱらとグリンピースをトトのプレートによそっている。
「んっ、ポワレなかなか上手に切りわけられない」
モルフォが優しく微笑みかけて、おまかせくださいといいながら、綺麗に解体していく。
「なんだか、ゼロにはまけっぱなしなきがする」
「そんなことないよ、ほら、グリンピースもちゃんと食べられてるじゃないか。えらいえらい。それに、歳の差だってあるし。先日の星集めの儀式では惨敗だった」
「でも、僕の狙ってた大きな綺羅星、見事に捕まえていたよね」
「あれは運というか……」
「まあ、でもきらめきの杖はあくまで自殺者を裁くためのものだから、その杖であんなに綺麗な星捕まえられて、すごいなってちょっと悔しくなったよ。あ、ハンバーグ美味しい!」
「銀河鳥のポワレも、皮目がこんがりと焼かれていてアクセントになってる。とても柔らかくしっとりしていて、美味しいね」
ゼロはトトが苦手だ。けれど、食の好みはぴったりなのであった。
「カルピスおかわりしたいなあ」
「では持ってまいります」
するとサーバーに一番近い位置に座っていたゼロが、モルフォを制して立ち上がった。
「いいよ、モルフォは座ってて。ぼくがもってくる。みんなカルピスでいいのかなあ」
「なんか危なっかしいんですよね、凛々しくて素敵ですが。はらはらします。大丈夫ですか?」
そんなシャウラの言葉をものともせず、ゼロはトレイを手に、よっつの洋杯にカルピスを注ぎ入れた。シャウラに手渡す。
「王子、かっこいい!」
「この位のことはできるよ」
「だんだん、大人になっていくのですね」
「ぼく一応成人してるけど」
「あはは、そうですよね。ロングアイランドアイスティーを三杯飲みほしてもけろりとしていますものね」
「ロングアイランドアイスティー、名前がおいしそう!モルフォ、作ってよ」
「あれはアルコール度数20%超えの、アイスティーとは名ばかりの怖いお酒ですし、それ以前の問題として、トト様はまだおとなにすらなっていないではないですか」
「ちょっとなら大丈夫だよ」
「だめ、です」
「トト、あんまりモルフォをこまらせちゃだめだよ」
「ゼロには負けたくないんだもん」
「とりあえず早く大人になること。この四人で杯をかわせる日をたのしみにしているよ」
「うん……」
「そんなにしょげないの、よしよし」
ゼロがトトのプラチナブロンドをくしゃくしゃ撫でる。
「ん、きもちいい」
「なんて愛らしい」
「王子とトト様は、小競り合いはするものの、結局仲良しなのがまた、いいんですよね。モルフォもそう思うでしょう?」
「はい!なんだか和みます。ああ、トト様、少しお腹が落ち着きましたら、また午後頑張ってもらわなくてはなりません。非情なことはあまり言いたくないのですが、目を通して判子を捺いていただかなくてはならない書類が百件ほどございます」
「ええっ、嘘でしょ?!」
「そんなどうしようもない嘘をついても仕方がありません。はい、ポワレを召し上がったら、執務室へ」
「嫌だなあ……ノルマを達成したみたいだし、午後、ゼロとシャウラはいちゃいちゃするんでしょ、いいなあ」
「まあ、トトは次期レティクル座の王様になるんだから、しかたないよ」
「そうですねえ、トト様、頑張りましょう。私もお隣で見守って、出来そうな事務作業などを致します」
「この二人で仕事をした方が捗るシステムにしたのもシャウラなんだよね?有能すぎない?」
「私も精進しなくてはなりませんね。申し訳ございません」
深々と頭を下げてモルフォが謝罪の言葉を述べた。トトがぴとっとモルフォのほっぺたにふわふわのほっぺたをくっつける。
「ちがうよ、シャウラと比べてるわけじゃない。だってシャウラは、このレティクル座のトップでオンリーワンの執事だもの、できてあたりまえなんだよ。モルフォ、これからも僕を支えて導いて。それができるのは、モルフォしかいないんだ。頑張ろうね!」
「トト様……」
「うーん、美しい主従愛」
「本当に。わたくしたちもまけていられませんよ。と、いうわけで、王子、そろそろ行きましょうか。今日はシリウスに、移動遊園地がやってきてるみたいなんです。遊びに行きましょう」
「わあ!うれしい!クラッシュアイスや流星シトロン、キャラメルポップコーン、色つき曹達水……クリスピーオニオンも食べようね」
「わたくしも楽しみにしていたんです。王子はわたくしと一緒で、絶叫マシーンが大好きですから」
「僕も行きたい……けど、頑張ってお仕事するよ。何せここを統べる王になるのだから」
「うん、まあ、がんばって」
紙のエプロンをぬぎながら、ゼロは限りなく呑気な口調で言った。
「モルフォもお疲れ様。トトはまだ幼いし、立場上危険な目にも会いやすいと思うんだ。ちゃんと、守ってあげてね」
「はい!ゼロ王子、ありがとうございます、今後はこのようなことが起こらないよう尽力致します。シャウラも、お疲れ様です。デート、楽しんできてください」
「いこう、シャウラ。またね、ふたりとも、頑張ってね」
「それでは、失礼致します」
「お皿はぼくが魔法で返却口まで飛ばしてあげるから、さぁ、行こう、シャウラ。とっても楽しみ!!」
お皿がすっ飛んでいく。早速手を繋ぎあって二人は社食から出ていった。
「ねえ、モルフォはあの二人のこと、どう思う?」
「仲睦まじくて、眺めていると大変素敵な関係だとおもいます」
「そっか、僕は、ちょっと羨ましいなって思ってた」
「なにせシャウラは、王子に一目惚れしたんですよ。あの方に仕えたいと、我武者羅に努力して、いまあの地位にいるのです」
「モルフォは誰でもよかったの?」
モルフォが華やかに笑んで、優しくトトの肩を抱き寄せた。
「私もトト様にお仕えしたいと、ずっと思っていたのですよ。次期、このレティクル座を背負うトト様の努力を、ずっと傍で拝見していました。まだ私は、シャウラには到底叶うはずがないのです。与えられている権限が桁違いですから。それでも私は貴方を守り通すと誓いました。勉強しなければならない事がまだまだ沢山ございます。どうぞ、末永くお傍に置いてくださいませ」
「モルフォ……だいすきだよ」
「私もです。では、私たちもそろそろ、執務室にもどりましょうか。フロマージュは直ぐにお持ちしますので。リンゴンベリーとブルーベリー、どちらがお好みでしょうか」
「うん!!ブルーベリーがいいな」
「承知致しました、では、参りましょう」
モルフォが椅子から立ち上がった。トトが両手を大きく広げて、モルフォの腰のあたりにぎゅっと腕を回した。
「だいすき、だいすき。ずっとそばいてね、モルフォ」
「勿論で御座います、こちらこそ、お願いする立場です」
「いこう!!執務、頑張れそう!」
レティクル座の午後は、甘く甘く、優しい温度を伴って過ぎさっていく。

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