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さくらんぼ【ゼロとシャウラのものがたり】


ここは自殺者達がやってくる終の場所、レティクル座。ぼくは王子のゼロ。自殺者たちの罪の重さをはかり、裁く仕事をしている。
午後六の刻をむかえたので、城中に派手な鐘を鳴らす。するといつもの如く、ぴったりのタイミングでシャウラがやってきた。なんと、おおきなプリンアラモードをふたつ、トレイにのせている。ぼくは思わず椅子から立ち上がった。
「シャウラ!お疲れ様!なにごと?!そのすごいプリンアラモード」
「王子もおつかれさまです。ここのところ方舟で遠足に行きたいと駄々をこねずにまじめに執務をこなしているので、作って持ってきました。ごほうびですよ。わたくしも方舟の件とかめちゃくちゃがんばったので、自分の分も作りました」
「わあい!ありがとう!!そうだよね、あの方舟、すごいもん」
「お手ふきをどうぞ」
「うん!!うれしいなあ、このりんごの、ことりの羽根みたいな飾り切り、どうなってるんだろう」
「ふふふ……秘密です。焼きプリン、上々の仕上がりですよ」
「へええ、一緒に食べようよ。トトに見つかると面倒だからまじないをかけておこう」
ぼくは執務室のまんなかにたつと、静かに手のひらを床に向けてひらひらふった。髪の毛がふわりと風を孕む。机と椅子が現れ、きらきらと光の粒が散った。
「うん、かんぺき」
「王子、すごい!このテーブルの上に置きますね」
ぼくはシャウラのために椅子を引いた。ありがとうございます、と優しく微笑んで、ぼくの頬に優しく触れた。
「きみほどじゃないさ。わーい!食べよう食べよう、いただきます!」
「いただきます!」
「あーっ!たいへん!スフレが隠れてた!」
「……そのお顔が見たくて焼いたんですよね」
「ありがとう、シャウラ!うん!しかも美味しい!どういうこと?!すっごく口当たりが優しくて……なかなかこんなに美味しいお菓子、作れる人いないと思うよ。本当にきみ、亡者向けにカフェでも開けばいいのに」
「いやですよ、王子と遊ぶ時間がへってしまいますから」
「シャウラ……」
愛されている。ぼくは幸せ者だ。
「大好き」
「わたくしもです」
先日YOKOHAMAにお忍びで遊びに行った時に買ったペアリングが、銀匙を操るたびにぴかぴかひかる。
「……そのペアリングのこと、誰かに突っ込まれたりした?」
「はい!王子とのペアリングですと言いました」
「ええっ!」
シャウラが嘘をつけない人だということを忘れていた。
「みんな祝福してくださっていますよ」
「だめ!あんまりいっちゃだめ!」
「何故ですか?」
「とにかくだめなの!」
「うーん、よくわからないけど、王子は恥ずかしがり屋ですね。ああ、スフレが自画自賛するけど最高。プリンとクリイムとスフレを一度に食べてみてください」
いわれたとおりにたべてみる。思わず天井を仰いだ。
「天才」
「ありがとうございます」
シャウラは本当になんでもできる。そんなに歳、変わらないのに、すごいなあと思うことがいっぱいある。
ぼくたちは天使のおやつみたいなプリンアラモードを夢中で食べた。どこをどう食べても、美味しい。
「あまーい、王子みたいですね、プリンアラモードって」
「ぼくのどこにプリンアラモードを見出すの?」
あまりに意外すぎてきょとんとしてしまった。シャウラが身を乗り出して、ぼくの髪の毛をくしゃくしゃに掻き乱す。
「……自分では気づかないもの、なんですね。すみれの砂糖菓子のようですよ。どうぞ、そのまま気取らない、優しい人でいてください。愛しています」
「う、うん、ぼくもだよ、もちろん!」
「可愛い人だなあ、本当に。わたくしだけの、最愛の方です」
「そうだよ!あたりまえじゃないか!」
今度は反対にシャウラをきょとんとさせてしまった。顔を見合せて、くすくす笑う。
「いいですね、この空気。温度。とても胸がぽかぽかします」
「そうおもってるのがぼくだけじゃなくてよかった」
ぼくは最後に一粒残ったさくらんぼを食べた。へたを上手に口の中で結んで、シャウラに見せる。
「上手になった。誰かさんのおかげで」
ごちそうさまでした、と手を合わせて、ぼくなりの仕返しをしてやった。シャウラは両手で手を覆ったまま動かなくなってしまった。やりすぎたかなとおもったけどぼくは内心とてもにやにやしていた。
「シャウラ」
「……王子が可愛すぎて直視できない」
「ぼくがいつもシャウラにされてることをしかえしたまで」
両手を掴んで机上に無理やり置く。
「ああ、王子……わたくし、心の底から、あなたを愛することが出来て、なんて幸せものなのだろうと思っています。幼年学校の生徒の作文のような言い回しになってしまいましたが、あなたにめぐりあえて良かった」
瞳を潤ませている。ぼくもなんだか泣きそうだったけどこらえて、笑顔でほっぺたを優しく撫でた。
「よしよし」
「今日はなんだか立場が逆転していませんか?」
「そうだね、でもたまにはいいんじゃない?可愛いシャウラがみられて、ぼく、うれしいよ」
シャウラも最後に残していたさくらんぼを口に含む。ほんの十五秒ほどでぎゅっとむすばれたさくらんぼのへたを、ぼくに得意げに見せてきた。
「……降参ですか?」
「……はい」
綺麗にフェイスラインに合わせて切り揃えられた黒髪を揺らし、器に神妙な顔つきでさくらんぼのへたを置く。
「よろしい。わたくしにマウントをかけるなんて、なさらない方が身の為、かと」
「もうしません」
「よいこですね。では、わたくしはお皿を洗いに行きます」
「ぼくもついていく!」
「だれかにみつかったらおおごとですよ、王子がキッチンに出入りするなんて」
「大丈夫だもん。ぼくいいもの持ってる。みてて!」
ポケットからするすると布を取りだした。それを被る。
「あっ!王子が見えなくなりました」
ばさっと脱ぐ。
「えへへ」
「ああ、ちゃんといる。よかった。今の布はなんですか?」
「ぼくが丹念に魔法をかけて作った身隠しの布だよ。シャウラもほしい?」
「念の為に持っておきたい気がします。そして今とてもいけない用途を思いついてしまいました」
「じゃあつくってあげる。いけない用途が何なのか気になるけど」
「ありがとうございます、王子。よろしくお願いします。完成が楽しみで仕方がありません!じゃあ、キッチンにいきましょうか」
ぼくは人生で初めて、洗い物、をした。ばしゃばしゃ水を蛇口からだすのは愉快で、スポンジにつけた洗剤がぶくぶく泡になる様子も楽しかった。上手く洗えなかったから結局シャウラにしあげてもらう羽目になったけど、とても有意義なひとときだった。
こうしてぼくはすこしずつ、この銀河の、そして人を愛することの摂理を知っていく。

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