高いギターは何が違うのか

「高級ギターは音が良く弾きやすい」

これを完全に否定する人は多くないと思われる。が、いかんせん情報が氾濫していて判断ができなくなる人も多いと思う。
以下はエレキギターについてプレイヤー目線で説明する内容であるが、アコギなどにもそのまま当てはまると思うので適宜読み替えていただけると幸いである。

・はじめに

ある音を聞いてそれがピアノで演奏されたものかバイオリンで演奏されたものなのかすぐさま判別できることをあなたは知っている。また歌であれば、誰が歌っているのか、ということまで訓練せずに判別できるだろう。
楽譜に起こせば同じ音であるにもかかわらず、である。

音とは振動であり、振動のもととなる音源が空気(または、もしあなたがプールに潜っているならば水など)を振るわせることで人間の耳に届く。試しにあなたの身近にあるもの(机でもスマホでも何でもよい)を叩いてみると音が違うことに気が付くであろう。机を指でたたく音とスプーンでコップをたたく音はまったくもって違うのである。
これは、音源となるものを作る材料と構造が異なるからに他ならない。

上の楽器の例では、ピアノとバイオリンとでは音を出す材料も構造もまったく異なる。人の声はどうだろう、材料・構造の観点からはたぶんだいたい同じであるが、それでも完全に同じ声帯・喉口鼻をもつ人はいないはずだ。


ギターについてもこれらがそのまま当てはまるのである。
すなわち、材が違えば、構造が違えば、(それらがだいたい同じように見えたとしても)音が異なるのである。

エレキギターの場合は話はさらに複雑である。
弦をはじくと、弦はピックアップが作り出す磁場の中で振動し電子の振動である電流を生み出す。その微小な電流が電気回路を通しアンプにて増幅され、最終的にはスピーカーを振るわせることで耳に届く。これまでの話の類推から、磁場が異なればピックアップが感じる弦の振動も変化し、回路が違えば増幅される信号の周波数応答は変わるので、それらの違いは音を変化させるに十分であることは想像がつくであろう。
'(中略)要するに、エレクトリックギターのトーンは、多くの要素がブレンドされた”奇跡のコーヒー”のようなものだということです。'
(フェンダー公式HP、「木材の違いはエレクトリックギターのトーンに影響を及ぼすのか?」、2020年9月19日確認)


・音とは何か?

ここでより具体的なギターの価格の話に入る前に、音について注釈を加えたい。
音とは振動であるが、その特徴を決めるものとして、振動数(一秒間に何回振動するのかということ、周波数ともいう、単位 Hz:ヘルツ)と、その振動の大きさ(振幅、ここでは単位としてm:メートル、とする)、がある。

両端を固定した弦(まさにギターである)を想像しよう。そしてその弦が上下(別に左右でもよいけれども)に周期的に振動している。この時、弦の振動の幅が振動の大きさで、振動の大きさとは関係なしに一秒間に何回行ったり来たりするのかというのが振動数である。そして振動が大きいほど音は大きく聞こえ、振動数が大きいほど高い(値段という意味ではない!)音となる。具体的には人間の耳の場合、一般に20 Hz(一秒間に20回振動)から20000 Hz(一秒間に20000回振動)が可聴域で、ギターの場合、レギュラーチューニングとするとおおよそ6弦開放E音が82 Hz、1弦22フレットD音が1175 Hzである。

さて、話を両端を固定したギターの弦の振動に戻そう。
いま、ギターの弦をはじき振動させたとする。このとき、あなたはどのような弦の振動を想像した(あるいはしている)だろうか?
恐らく多くの人が、綱渡りでまさにちょうど真ん中に人が立っている状況のように、両端が動かずその中心に向かって滑らかに変位が最大となるような振動をイメージするだろう。しかし、この描像は完全ではない。実際には、そのような基準の振動(基音、とも呼ぶ)に加え、様々な腹と節をもつ無数の倍音が鳴っているのである(録音する際に100 Hz以下をカットしてもギター6弦開放(基音約82 Hz)の音がまったくもって消えないのはこのため)。そして学問体系のひとつである材料力学が教えるところによると、弦振動に与える初期値は別として、これらの振動は弦の材料だけではなくそれを固定している木材や金属材料、その構造によって大きな影響を受ける。

学術的な解説がこの文章の目的ではないのでこれ以上の話は避けることにするが、ともかく、ここで覚えておいていただきたいことは音は非常に複雑な振動の集まりで、それらは音を出す材と構造に強く依存するということである。加えて、上記の思考実験では弦は同じ振幅でいくらでも振動させることができるが、実際には時間とともにその振幅も時々刻々と変化する。ピュアな弦振動の弦楽器と時間的に急激な変化を伴う打楽器の音が異なって聞こえるのはこれが理由である(話はそれるが、あなた(もしくはあなたの友人)がもし絶対音感をもっているのであれば、打楽器的な音には必ずしもはっきりとした音程感があるわけではないと言うだろう)。
ビブラートたっぷりにロングトーンを情熱的に演奏するギタリストもいれば、ギターを叩きながらパーカッシブなファンクプレイをするギタリストもいる。ギターは振動体である弦やボディに直接触れる珍しい楽器であり、これら弦楽器的側面と打楽器的な側面を併せもつ非常に複雑な楽器なのである(そしてこれがギターに関し「良い音とは?」という議論が混迷する理由でもある。そもそもの立場が違うのだから。)。


・ギターの価格とは?

良い音を出すうえで、それを作る材と構造が非常に重要であることは分かった。では良い音のためにはどのような材料・形を選べばいいだろうか?そしてその良し悪しは値段と関係するのだろうか?
これらの疑問に対するひとつの答えは楽器や音楽の歴史そのものであろう。様々な材や構造を試した結果”定番”が生まれ、そして市場原理の一般論として良いギターは価格が高くなる。
ただし、この単純な回答から「高いギター=良い音が鳴る」とするのは早計だろう。なぜなら、価格に含まれる木材の希少価値、ギター製作の工程の複雑性や人件費、デザイン費などといった音と直接関係がない項目を無視しているからだ。
これらの要素すべてを議論することはできないが、具体的な木材としてエボニー、ローズウッド、メイプル、マホガニー、アルダー、アッシュそしていくつかのギター形状、ストラトキャスター、テレキャスター、レスポール、ES-335、について考えてみよう。

歴史的に見るとエボニー、ローズウッド、マホガニーは伝統的な材料で希少価値が高く、対してメイプル、アルダー、アッシュといった材は比較的に流通量は多い。
また構造的な観点からは、角度のついていないネックとボディをボルトで固定するフェンダー系(ストラトキャスター、テレキャスター)よりも、カーブ形状を多く含むギブソン系(レスポール、ES-335)の方が工程が複雑である。
したがって、メイプルネックとアッシュボディのテレキャスターと、マホガニー+ローズウッドネックとメイプル+マホガニーボディのレスポールを単純に比較すれば、レスポールの方が高価になるだろう。
また同じテレキャスターどうしを比較しても、効率的に木材を加工できる板目ネックと、加工上の無駄が多い柾目ネックでは後者の方が高くなるだろう。

そのほかにも、木材の乾燥が充分であるのか(木材のくるいが少なくなる、乾いた材は倍音を多く含む)、木材の硬さは適当か(特にローズウッド系)、金属材料の材質・形状(特にフェンダー系)、電気回路の品質管理(ピックアップそのもの、また音に直接影響を与える可変抵抗やコンデンサは工業製品としてのばらつきが大きい)ができているのか、どれくらいの”もうけ”を見込んでいるのか、などといった内容が挙げられ、それらすべてが価格に反映されるのである。


・高いギターは必要か?

もしあなたが材そのものの音を必要とするならば高いギターを検討することは悪いことではないだろう。
硬くエッジの効いたローズウッドの音が必要であれば、見た目だけローズウッドに似たまったく種が異なる材を使用した安いギターには満足しないだろうし、乾いたメイプルネックの音が欲しい人が安いメイプルネックのギターを弾けば、その厚く塗られた塗装の音(ネック表面の塗装は特に音に大きな影響を与える!)にがっかりするだろう。

高いギターは結局のところ、「よく注意を払われて作られたギター」であることは間違いないのである。
そして、よく注意を払われたギターには明確な個性がある。経験豊富なクラフトマンは、材をどのように木取り(板目か柾目か中間の追柾目か)どのようなネックの形状(太い、細い、当然ながらプレイアビリティも加味する)に加工しどのようなボディと回路とを組み合わせればどのような音が鳴るのか経験上知っているからである。
板目の細いメイプルネック+ローズウッドのストラトキャスター(例えばゲイリームーアの有名なサーモンピンクストラト)と柾目の太いメイプルネックのストラトキャスター(エリックジョンソンのシグネチャーストラト)では、音の個性は異なり、それらの良し悪しは直接比較することはできない。
あなたが高いギターを弾いた際に、明確に個性が感じられそしてそれに魅了されたのであれば、高いギターを選ぶことは悪い選択肢ではない。

ただし忘れてはならないのは、高級だからといって(それは前述のとおり歴史と経験に裏打ちされているのだが)、必ずしも良い音を生み出すギターであるとは限らないのである。
高価なジュエリーがピックアップセレクターに埋め込まれたギター、あるいは有名なセレブリティーのサインがピックガードの裏側にあるギターが、その店にある普通の価格のギターよりもはるかに良い音がするだろうか。答えはNoだろう。
記念品として特別な意匠をあてがったり、単純にビジネスの観点から代理店が価格を釣り上げているということもあるかもしれない。

市場価格は安くとも、その音があなたにとって魅力的であれば迷わずそれを選ぶべきである。ギターはあなた自身が奏でて初めて音楽となりるものであり、その価格自体が音楽を生み出すわけではないのである。

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