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「過激派」にならない

ORIGINALSという本がある。

自分はこの本のエピソードがものすごく好きだ。

それは、アメリカにおける女性参政権における2つの団体の違い。1つはNWSAと呼ばれ、もう1つはAWSAと呼ばれる。最終的にはこの2つの団体は合併することになるのだが、それまでのアプローチが全く逆だった。

一言でいうと、NWSAは過激派で、AWSAは穏健派だった。

(正確にはこの本ではAWSA側のアプローチは「ソフトな過激派」「節度のある過激派」と表現している。主張自体は(当時としては)過激だが、行動は穏健という意味)

そして、成果を収めたのはAWSA側だった。そしてNWSA側も、AWSAと同様なアプローチを取るようになっていた。

この教訓は現代にも通じる。

自分達の主張が100%認められないと「敵」と見なすアプローチ、共通点を探して「仲間」に引き込むアプローチ、どちらが目的達成に近いか。答えは明らかだ。

またこの本ではどのような人を組織に引き入れるべきでないかも書かれている。

アシュクロフトやは、内部の人間が考える同盟の代表者と、外部の人間が考える同盟の代表者とでは明らかな違いがあるということを見いだした。

(中略)

しかし外部の人間にとっては、グループの代表者とはもっとも極端なものの見方をする人だ。ウッドハルがその人物だった。

自分は正確には重要メンバーでもっとも極端なものの見方をする人だと思うが、「何を主張するか」「誰を仲間にするか」よりも、「誰を仲間に引き入れるべきでないか」の方が重要なのは強く同意する。

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