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あれよアレよと波間に消える泡のように #手紙小説

お元気ですか。

あの時ほど透きとおった時間はありませんでした。イマとなってはどうしようもないのですけど。

寂しいのではないのです。書いておかないと記憶が薄れてしまうような気がします。だって自由とは何かを捨てること。いや何かを捨て続けることなのですから。あの日の記憶を綴っておきたい。遠く離れても、近くにいるあなたへ。

#手紙小説

池松潤(いけまつ・じゅん)
コミュニケーションデザイン /文筆家 / 慶應義塾大学卒・大手広告代理店を経てスタートアップの若手との世代間常識を埋める現役57歳。ときどき雑誌コラムなど⇒ https://lit.link/junikematsu


穏やかな陽射しが降り注いでいました。海しかない、ちいさな町でしたね。クルマだったら一瞬で通り過ぎてしまうほど存在感のない場所。メイン通りからハズれた所にその砂浜はありました。

ググれば何でも見つかる時代に、小さな味わい深い色をした石がありました。季節外れの砂浜には、あなたと私以外は誰もいません。長くのびる砂浜に腰掛けると、小さく消えていくタンカーが見えました。やがてその影も消えてしまったのですが。しばらくすると、沈む夕陽がキレイでした。

生きてれば色んな事があります。晴れがましいことも、 嘆かわしいことも、哀しいことも、歓ばしいことも。ふりかえることができるのは、そこを通りすぎたからでしょう。しかし大きな海の前では、小さくちっぽけな存在に思えます。

きっと疲れていたのでしょう。このまま1週間くらい泊まってみたい。言葉をかわさなくても通じあえるのがスキでした。近すぎず遠すぎない。暑苦しくなく冷たくない。そんな距離感がここちよかった。

あそこは、長い小説を書くにはちょうどいい宿でした。少し歩くと数軒だけならぶ寂れた商店街には、地元のスーパーがありました。都会のヒトが考えがちなカッコいいわけでもなく、便利なわけでもない。際立った何かがあるわけじゃない。だけど静かで気持ちいい時間が流れていました。あなたともそんな感じだった気がします。

肩にあごを乗せると「寂しいよ」と背中にもたれてきたあなた。コーラの缶を渡すと胸に手がまわってきた。手を握ってしばらく海をみつめていた。海から優しく穏やかな風が吹いてました。

「わたしを見つけてくれてありがとう」

あの頃は、なんでそんな言い方をするのかわかりませんでした。でも今ならわかる気がします。

いまでもひと気のない海が好きです。でも、なんで別れたのか思い出せません。もしかして、思い出したくないから記憶から消してしまったのかもしれない。だから古びた手帳を取り出してみたのですが、何も書いてありませんでした。

やがて時間が経って、またどこかで逢ったら、その時は二人ともシワシワのお爺ちゃんとお婆ちゃんかもしれません。でもあの海を眺めた時のように、肩にあごを乗せてほしい。きっと柔らかい風がふたりを包んでくれるから。

人生は、あれよアレよと波間に消える泡のようなもの
それ以上、なんと言えばいいのでしょう

あの日の海の匂いは忘れません
あの時、あの場所で、あなたと一緒にいた事も
遠く離れても、近くにいるあなたへ

#手紙小説
#小説

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