"嘉晶さんとアイコンと私"の530日
私の”似顔絵アイコン”は2019年1月12日から始まりました。嘉晶(Yoshiaki)さんが描いてくれたアイコン。大事に大事に使わせて頂いてきました。しかしこのアイコンに、卒業式がやってきました(ワタシ的にはお相撲さんの断髪式に近い感じです)一生の思い出です。嘉晶さんと、”嘉晶さんが描いてくれたアイコン”に感謝と愛を捧げます。
馴初めから始まる”530日”にお付き合い頂けたら嬉しいです。
1:「サカエコウさんの悪巧み」の横浜は雪がチラつく寒さだった
noteユーザーによるnoteユーザーの為の第一回note酒場は、100名超で大盛況でした。混みあう会場には、「あー!いつも読んでます」とか、URLをもらって「フォローしてました!」とか。普段はリアルで出会う事がなかったnoterが目の前にいる不思議なイベントでした。
サカエコウさんは、note酒場ではじめてリアルにお会いして、色々なお話しをしたのだけど、きっかけは白髪がお好みだったらしい。光栄です。(たぶん前世で白髪と因縁深いものがあったのだろう)。嘉晶さんもご挨拶をしたようなのだけど、あまり記憶に残っていなかった。(ひどいと思うだろうけど100名がもみくちゃになってた。なお、酔っ払いではない)
note酒場・夜の部を抜け出して、次の用事に向かったので「また、どこかで会いましょう」と、沢山のnorterと共に、別れを告げました。
余韻も残る翌週、福岡に戻った私に、竹鼻さん、アロハ中野さん、サカエコウさん、嘉晶さんにアイコンを描いてくれたお礼で、みんなで飲み会をしましょうという事になった。雪もチラつきそうな1月で、寒かったのを覚えています。
”ウニしゃぶ”をみんなで突いて、カラオケに少しだけ行きました。横浜駅の改札で、みんなと別れたあと東海道線に揺られて東京のホテルに戻りました。嘉晶さんからのDMに喜んだ顔が浮かんで、嬉しくて返信したのを覚えています。あの日のあなたのあの一瞬を忘れません。僕はベッドに移るまもなく、小さなソファで小さくなって寝落ちしたのでした。幸せでした。
2:アイコン大活躍のトークイベント
アイコンだけで知ってるnoterとトークイベントでご挨拶すると「えー!もっと小さい人だと思ってました」と言われる事もあって、アイコンの記憶って、強烈なんだなって感じました。
そこで、名刺を記憶に残らないので、アイコンをシールにさせて頂いたのです。無名で「何者でない」(何者になりたいとか思った事はないけど)から、少しでも愉快なコミュニケーションになればイイなと思ったんです。
印象深いシールは大活躍でした。アイコンがSNSからリアルに飛び出た事で、私自身も変わった気がしました。年間15本以上もセミナーやトークイベントをやるとは思いませんでした。人生は何が起こるかわかりません。
3:夏はアイコンも短髪に
自転車ロードバイクは夏は暑いです。そこで夏場は短髪にするのですが、アイコンと違うので、嘉晶さんに頼んで、夏バージョンを描いて頂きました。とっても嬉しかった。嘉晶さんと私の”アイコン旅”は、まだまだ続きます。
3:夜行バスと大阪とアイコン
その日、嘉晶(Yoshiaki)さんは、大阪まで駆け付けてくれました。当初は「京都に移住するから、寄ってくれるのかな」と思っていたのです。それだけでも、大変だし嬉しい事なんだけど、サポートメンバーとして、受付まで手伝ってくれました。もの凄く嬉しかったです。
その日はバタバタで、二次会でも、あんまり話せなかったけど。でもね、僕は翌日、嘉晶(Yoshiaki)さんのイベントレポートを読んで、泣きました。
この広い世界で、夜行バスで来て、夜行バスで帰る。手弁当でイベントを手伝ってくれる人がどこに居るというのでしょう。こんな事は、書くもんじゃないかもしれない。でもね、そのnoteの〆に書かれた言葉を読んで、僕は噛みしめました。心に残る言葉をもらって、私は2度泣きました。
このnoteを読み終わった頃、僕も東京に着きました。福岡⇒大阪⇒東京⇒大阪⇒福岡⇒東京。目まぐるしいスケジュールと移動。色々シンドかった。このnoteがどれだけ励みになった事でしょう。ありがとう。ありがとう。本当にありがとうございます。私は、嘉晶さんとアイコンと一緒に旅をしてきました。
4:アイコンと共に
アイコンのシールがセーターに貼れなかったのをきっかけに「缶バッチ」にしました。PCにはいつもアイコン微笑んでいます。
ワークショップや、トークイベント、年間15本以上、アイコンといつも一緒でした。私の人生そのものと言っても過言ではありません。
あの横浜の日、「こんな日が来るなんて、夢にも思っていなかった。」とあなたは言っていたけど、それは「私や、私達が一緒に見た景色」だったのかもしれない。僕はアタマが「白いだけです」’いまでも変わりません。
5:考察noteから主観noteへの挑戦
そんな深い想い出と一緒に生きてきたのですが、ひとつの転機とでも言いましょうか。ひとつのステップがやってきたのです。それは#教養のエチュード賞でした。
年齢と青春は関係ないけど、恋愛小説に挑戦します。年寄りの冷や水と言われてもいい。嶋津さんから、背中を押されました。そうです。何かのステップを切るには「言い訳」が必要なんです。遅れてきた恋の始まりのように。
※サカエコウさん「金曜ビター倶楽部」のオマージュと申しましょうか、恥ずかしくない文章を書きたいと思います。
「 #アイコンへ愛を捧げる 」 あなたの思い出と共に
あなたに、アイコンに思い出がありませんか? 喜怒哀楽の何かがあれば、教えてください。ハッシュタグで追いかけます。
これから私の新しいアイコンは、michicusa(ミチクサ)さんが撮ってくれた写真です。新しい挑戦がはじまります。皆さんと一緒にnoteを楽しんで行きたいと思います。
改めまして、わたくし池松潤。。。講演家”そして”週末・恋愛小説家”です。よろしくおねがいします。
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