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025:20200805 リモートで固定化されシュリンクする関係性/リモートイベントに無い場としての価値

社会全体のあらゆるものがリモート中心に急激に変化してはや数ヶ月。最初は気づいていなかったが最近思うに、大きな人間関係の変容につながっているように感じる。なんかちょっと最近息苦しいな〜思うように広がらんなぁ展開しないなぁ、と思ったきっかけで考えたことがあるので、書いてみる。

リモート主体の生活

緊急事態宣言がでたのが4月くらいだった気がするが、それ以前から影響はあった気がするので、人に会う頻度が減ってもう半年にもなるのかな。そして下手したらまだこのまま数ヶ月は続くのかもしれない。僕も御多分に漏れずその傾向はあり、仕事は結構家でしてしまっている。

もちろんそれはコロナ的な現在進行形の影響だけではない。

たまたまその時期に引っ越して家とオフィスが前より遠くなったとか、仕事用のディスプレイとチェアを家に持って帰ってきてしまっていて、でもまたオフィスに持っていくべき時期なのか判断がついてないとか、あと夏になるとエアコンの温度設定の好みが同じフロアの別の人と異なると互いにストレスで僕は特に寒いと肩こりと頭痛が酷くてパフォーマンスが著しく落ちるので、家で一人で仕事しているとその辺り困ることがなくて良い、などの色々な複合的な要因がある。

しかし間違いなく言えるのは、集まるイベントがない。あっても、ちょっと行きづらい。行ったとしても、前よりは人が少ないだろう。つまりまあ仕事がどうこうと言うことよりも、リアルに集まるイベントがない、と言うことに大きな変化を感じている。

仕事についてはデジタル系の業界ゆえにインスタレーションなどのハードの絡む仕事以外は、割とネット経由でできるようにどんどんなっていた。

問題はリアルイベントのなさ、と言う感じがしている。

人間関係の変容

イベントがない、と言うのはどう言うことかと言うと、人に会わないと言うことだ。確かに直接会わなくても、SNSもあるし、SlackやMessengerでも話している。

話してるんだけど、それは比較的元々関係性のある程度構築ずみだった相手だけだ。

広さが失われる

それは良くも悪くも。既存の人間関係において、たまにイベントで会うけど普段それほどやりとりはしない、でも会ったら話す、ようなまだ深くはないのだがこれから深くなれそうな可能性のあるコミュニュケーションをとる機会が減った。なくなった。

オンラインで話そう、と言うのはイベントで会う、よりもハードルが高いのだろう。そう言う人とは接さなくなってしまって、このままいけばシュリンクして消滅してしまうだろう。

深さが増す

一方で、予めこまめに連絡をとっていたような、ある程度構築済みの関係性の場合は、広さが失われていることも相まって、相対的にも絶対的にも、前より関係性は深まりやすい状態であるように思う。仕事においても、プライベートにおいても。

なんか、気が合う、ノリがあう、仕事しやすい、みたいなところが再確認されるというか。でも一方でそれだけオンラインのコミュニュケーションが難しいということなんだけど。

人間関係のリファクタリング という感じがする。でも最適化だけが良いことではないというか。

新規開拓が困難

深さが増すのはいいのだが、広さが失われるのは、ライフスタイルや働き方、価値観にもよるが、ネガティブな要因であることもある。会社員とかだと会社という強固な人間関係を堅持すれば収入は得られるわけだが、独立しているとそうもいかない。既存の関係も同じ会社に属している、というほどは強くない。つまり新規開拓なしには基本的には悪くにしかならない。

にもかかわらず、非常に人間関係の新規開拓が難しい。SNSで何かをアップしてそこから仕事が来る、という種類の仕事や職種もあるだろうが、なかなかそうでもない職種もある。正直、ある程度以上の規模や難易度の仕事を一緒にやろうとすると、人間性がわかってないと難しい

また仕事ではないにしても、プライベートワークとして色々な人を巻き込んだりつながったりしながら活動していくにも、新規開拓がないと難しい面もある。

既存の人間関係の持ち越し

仕事かどうか、ということは一旦置いておいて、新規開拓が難しいということは、既存の人間関係が変化の母数になるということ。減るにしても母数が多い方がいいわけだ。ということは、その人間関係の母数、のさらに母数としての、そもそもの人口の数の差の影響がよりあらわれるかんじがする。

例えば、僕は今は京都に住んでいて、コロナ以前は基本は京都に住みながら東京にも長目に滞在する感じで生活していて、それはに拠点ぽいのやりたいなと思っていた実験として面白いと思ってやってみていたが、ちょっと実験途中で難しい感じがしている。リモートで距離が関係ないから、京都と東京でも、東京と東京でも関係ないじゃん、という感じは正直しない。

SNSは今の所イベントの代替ではない

そしてSNSがあるからいいじゃん、なんてこともなくて、やっぱりあったこともないSNSで話しただけの人となかなか仲良くはなれないし、仕事をお願いもできないし、プライベートワークに巻き込んだりも難しい。やっぱり元々あった人間関係からの選択になる。

SNSは壮大な井戸端会議の場ではあり、価値がない、意味がないとも思わないし、SNSは悪だとも別に思っていない。思っていないが、リアルイベントからの人間関係の不意の面白い出会い、そこからの具合的な展開(今度なんか面白いことしましょう!で終わらないもの)、という点でいうと、圧倒的に少なく、圧倒的に難しいように思う。少なくとも今の状態では。

新しい関係性構築の場

であるならば、やはり何かリアルイベントの代替物が必要だ。しかしそれは例えば音楽のライブの代替としての配信ライブではない。あれはもちろんコンテンツとしては意味があるのだが、場の持っていた機能としてはあまりその代替とはなっていない

オンラインカンファレンスやウェブセミナーなどもあるが、あれも、コンテンツとしては代替ではあるし、なんなら遠方からもみれたり、基本的にアーカイブされることが増えている(元々配信だし、youtube liveは勝手に残るから便利だし)のはとても良いことだ。だけどこれも、その場で久しぶりに誰かにあって同じジャンルに興味があることを思い出せたりとか、新しく出会いがあったりとか、などの場としての機能はない

というかそもそも僕がイベントやセミナーに赴く時は、もちろんコンテンツにも興味があるが、やはりそれだけではなくてそこで得られる人間関係の価値も含めての価値だったので、そこが急速に失われているのはやっぱりきつい

そしてそれはおそらく僕だけではなく、社会全体で急速に起こっていることだと思っていて、それは企業内のデジタルシフトみたいなわかりやすい対応しやすい話ではなくそんなのは当然にやればいい話なのだけど、そうではなくてもっと非言語で見えづらいもの、をデジタル化しなくてはいけない、デジタル化するには一度言語化しないといけない、という難しい、でも未来がシュリンクしないために必要な何かだと思うのだ。

何か、コンテンツとしてではなく場としてのイベントの持っていた機能、のデジタルでの代替。何か良いものはないか探したいし、試したいし。VR世界でのイベントもなんかちょっと代替たり得ていない感じがするんだけど・・・もうちょっと掘ってみると違うのかなぁ。

ないなら考えてみたいと思う。

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