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【20200430】空っぽのしあわせ

 昨日、今日は二日続けてお休みでした。どちらも昼過ぎまで思いっきり寝て、昨日はお習字を、今日は読書と歌の練習をしました。

 のっそり起きて、もそもそとごはんを食べ、西日の予感を漂わせる日光を浴びながら「さて、今日はどうしようか」なんて考える贅沢。音楽をかけて、歌いながら洗い物をして洗濯物をたたんで、ぼんやりネットを見ながら更けていく夜を味わう贅沢。あぁ、しあわせだなーって思いました。

 いやあの私、半年以上、仕事をしないで過ごしたんですよ。何を言ってんの?って感じなんです。ありあまる時間を贅沢に使うなんてこと、十分やらせてもらったじゃん?って。だけどね、感覚がぜんぜん違うんです。こんなに心も体も身軽になって、「今日は何しようかなー」なんて思えなかったんです。半年間かけていろんなもの手放したあと、この2ヶ月で新しい感覚がだいぶ身についてきたのかな。

 空っぽになってみてよくわかったのですが、私はずっと、何かに追われる感覚で生きてたんだと思います(この感覚って私だけじゃなくて、きっと多かれ少なかれみんな持ってますよね……?)。
「あれができるようにならないと」
「そのために時間を有効活用しないと」
そんなふうに思ってるから、何もできずに過ごした日は罪悪感でいっぱいでした。時間を正しく使えなかった、無駄にしてしまったって。それって結局、自分ではない何者かにならねばってガチガチに考えてたってことだと思うんですけど。無意識の先入観。

 いろいろ手放してみた今、「どこに行こう」とか「何かになろう」がないから、すごく楽なんですよね。ほんとに空っぽの状態で、「今、何がしたい?」を純粋に描くことができる。こんなに楽になれるんだなーってしみじみと嬉しくなりました。

(将来どうするの?なんて聞かれちゃった日にゃー、何にも答えられないですけど! 将来どころか、一ヶ月先のことすら未定ですけど! まずはお世話になった方々にひたすらお返しするところからですけど!)

 何にもなれなくていい、っていう選択肢がこんなにポジティブなものだと思ってなかった。私はずっと何かすごいものになりたかったんだな。だけど私は私でしかなくて、そのことを今、諦めじゃなく、過剰な期待でもなく、素直に受け入れようって気持ちになれました。ほんとに、頑張ってよかったなーーー。

 そんなこんなで、生産的なことは何もできなかった、でもありがたいしあわせの詰まった2020年4月を見送りたいと思います。おつかれ私、えらかったぞーーー!!! 

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