見出し画像

【過去日記】知りたいのは自分のこと

 2019年8月という時期が私にとっては大きな節目で、いよいよ最終日を迎えたということで振り返らずにいられないのですが、以前書いていたブログからひとつ文章を載せます。
 noteに引っ越すにあたって、思い入れのある記事は抜粋していきたいと思っているのですが、第一弾は今日のこのタイミングがふさわしい気がして。今の目標が「自己開示!!!」(ビックリマーク3つぶんくらいの勢いがないと無理)なので、その決意表明みたいなものかもしれません。

以下、いけこ日記(ヤプログ!)から、そのままです。

*****

(2019.08.26)
ヤプログさんから年明けにサービス終了しますよというお知らせを受けて、
ブログをnoteさんにお引っ越しすることにしました。
https://note.mu/ikeko_nikki/
さみしい気持ちもありますが、
なんだか夏の終わりに、ふさわしい気もします。

そして、ちょうど自分のなかで
「人に読んでもらう文章を書く人になる!」
という決意が固まったタイミングでもあったので、
noteでは名前もちゃんと出して、もうちょっと「人に読んでもらうための文章」を書こうかと。
書く内容はできるだけ具体的に、
できることなら通りすがりの人にも楽しんでもらえる情報を盛り込んで。
(とか言いつつ、早くもダラダラ日記になりそうな雰囲気ですが…)
せっかく仕切り直しのタイミングなので、
頑張ってみようと思います。

このブログは、誰かに読んでもらうためというより、
自己満足のために始めました。
自分の心のうちを吐き出して、
脳内を言語化して見えるようにすることが大きな目的。
だから、ふわっと、もやっとしててもOK。
「とにかく出す!」
「目に見えないものを形を与える!」
というのが、私的なボーダーラインでした。
自分のこともっと理解したくて、
そして、発信するという行為を体験してみたくて、
書いたり書かなかったりしながら、
気づけば7年経ってました。ひょえー。

でも、このブログ(場)がなかったら、
今の私はないと断言できて、
ほんとに感謝の気持ちしか湧いてきません。
なので、最後の記事になりますが、
振り返り&まとめをしてみます。
いつもみたく、とても個人的な、でも絶対私には必要な、
ブログちゃんとのお別れの儀式みたいなものです。
以下、私の得意なセンチメンタルに浸るやつです。
長くなりそうなので、先にお礼を。

読みに来てくださってた方、ありがとうございました!
自分を知るために思考整理をするのだから
人目を気にして取り繕ったことは書きたくなくて、
できるだけアクセス数は気にしない方針にしてたのですが、
それでもアクセスログで数字がカウントされてると
読んでくれてる人がいることを実感できました。
私が大事にしてるものを共有してもらえるって、
めちゃくちゃうれしいことなんだって思いました。
すてきな文章を書ける人になるべく精進するので、
また気が向いたときには、
新しいブログのほうも読みに来てもらえたらうれしいです。

さて、それでは。

この場所は、社会人3年目の春に
自分の言葉を紡ぐ練習の場所にしたくて
始めました。
「始めてみた!」(2012.4.16)

ヤプログ!を選んだのは、麻生みことさんという好きな漫画家さんが使ってたから。

就活のタイミングで何がしたいか決められなくて、
考えるリミットを引き伸ばしたくて働いた大学での仕事。
あっという間に任期満了の3年目を迎えてしまって、
何かせねば!の勢いで、自己分析も兼ねて、ブログを開設しました。
(いけこというのは、高校時代に友人につけてもらった変なあだ名です。呼ばれるときちょっと困るけど、嫌いじゃなかった。)

紙の手帳やノートに日記を書くのは
子どもの頃から続けてたのですが、
人目に触れる文章を書いたのは、大学時代の身近な友達コミュニティ内でのmixi日記くらい。
たしかその頃の私は、「ほぼ日」にハマり始めた頃で、
糸井さんが毎日書くエッセイ「今日のダーリン」を楽しみにしてました。
作家さんの日記やブログを読むのも好きで、
いつか素敵なエッセイを書ける人になりたいなーという漠然とした思いはあったものの、
現在地の自分からは想像もつきませんでした。
それがまぁ、転職活動のおかげでお尻を叩いてもらったわけです。

まとまりなくオチも結論もないことを書き散らしたり、
ぐたぐだと弱音をこぼしたり、
どうしようもない愚痴を吐いたり。
夢日記だとか言って、読み返すと顔から火が出るような恥ずかしいことを書いたり。
知り合いにはほとんど教えてなかったので、
不特定多数がやってくるオープンな場所なんだけど
私にとっては秘密基地のような場所でした。

自分を見つめるためにブログを書いて、
ここで少しずつ日常を言語化しながら
自分自身の輪郭を作り上げてきたような気がします。
はっきりとした「自分」というものがないことが不安で、
それでも、なんとか地に足をつけて堂々と歩いていきたくて、
一つ一つ、目の前にあるものを手にとっては
「これは好き、これはちょっと違う」と確認しながら進んできました。
人生なんて意味のわからないもの、
生きていくには、そのままの自分では無力すぎて、
スッと一本の軸が通った人になりたくて、
なんだか必死でした。
(必死なのは現在進行形なんですけど。)

始めてみると、言葉の練習とか以前に
私は、自分の気持ちに向き合うのが苦手なんだとわかりました。
フタをして見てみぬフリをしたり、
いい子ぶってわかったつもりになったり、
日常生活の中で無意識に染みついたクセが
日記を書きながら見えてきたりしました。

とくに最初の頃は、頭の中にある「もやっとした何か」を
どう言葉に置き換えて表現したらいいのかわからず、
困ってしまって手が止まることがしょっちゅうありました。
途中の1年か2年、
毎晩アップすると決めた期間があるのですが、
そのときの千本ノックはとても良い経験になった気がします。

自分の頭の中にアクセスする方法がちょっとわかるようになって、
言葉に置き換えることがあまり苦でなくなってきたときの感覚と喜びは、
今でも覚えていて、
それは何より、書き続けることのモチベーションになりました。

継続していくうちに記事数も溜まってきて、
たまに読み返してみると
今の自分が励まされるようなイイコトを書いてたりして、
自分のために書いててよかったと思うことが何度もありました。 
そうなると
未来の自分へのメッセージとして書くことも増えて、
ますます私にとってのサンクチュアリ感が増していくという(笑)、
客観性からはかけ離れていくことになった訳ですが、
だけど、それでよかったんだろうと思います。

おかげさまで、
何回くり返すねん!!みたいな
思考の迷路をぐるぐるぐるぐる回り続けながら、
ようやく最近「自分の感覚、信じられる」って気持ちになってきました。

これからも試行錯誤は続くだろうし、
いろんな挫折や苦労も味わうのだろうけど、
このブログを書いてきた時間と経験のおかげで、
現在地の自分との向き合い方はわかってるはずなんです。
目の前に続く
果てしない道のりにクラクラしても、
「まずは一歩を踏み出すところから」って
自分に声をかけられると思うんです。

何より確実なのは、
私、10年前より自信をもって自分のこと好きだって言えます。
いやー、よかったねぇ私。

きっと、自分のためだけに紙の手帳で続けてても違ってただろうし、
ましてや、よそ行きの自分でFacebookに書くには中身が意味不明すぎるし、
やっぱり、ひっそりネットのすみっこに公開するっていうのが
私にとっては大事なことだったんです。

消えちゃうのはさみしいんだけど、
でも、もう必要ないってことなのかも、とも無理なく思えていて、
この場に感謝しつつ、新しい世界に踏み出すぞー!な気持ちなのです。

いやー、よかったねぇ私(2回言う。笑)。
これからの私にも
大いに期待していきたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?