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認知症の母と沖縄移住 09 下見・バス 車なし生活の生命線

沖縄では車がないと生活できない。一家に1台ではなく、1人に1台――。

県人も移住者も、多くの人がそう口を揃えます。

地下鉄や環状線がなく、公共交通機関は、モノレールとバスだけ。乗り継ぎが不便なので、どうしても小回りの利く車に頼ることになるようです。

得てして、世の中で常識と思われていることの大半は、根拠のない思い込みで、また、大多数の人が当たり前だと思っている行動に従うと、裕福や幸福になれないことが多いものです。

私と妻はあえて、自分たちの車を持たずに、バスを中心に自転車と徒歩を組み合わせて生活する道を選びました。

理由は二つ。経済的な資産と健康資産を守るためです。車を持つと、快適な移住生活を長期的に維持できなくなります。

まずは経済的な資産。車を持つと、購入費だけでなく、ガソリン代、駐車場代、保険、税金、車検代と日々の維持費がかさみます。維持費だけでも1日当たり、2000円、購入費用を含めると、1日当たり3000〜5000円との試算もあります。

沖縄は四方を海に囲まれているため、潮風による塩害で、車が錆びやすく、また、台風や突発的な大雨による冠水で、廃車に追い込まれることもあります。買い替えの頻度が高くなると、それだけ家計を圧迫することになります。

そうしたリスクを考えると、沖縄で車を所有するというのは支出の増大を意味し、預金や生活資金が削り取られると、今度は、車を維持するために(他人の下で、あるいは他人のために)働かなくてはいけないという事態を招きがちです。都市部でのスローライフを目指して移住したのに、これでは本末転倒です。

次は健康資産です。大都市と地方都市の健康と幸福度合いを比較した調査では、大都市の方が健康度が高いというデータもあります。

大都市は地下鉄や環状線、バスといった公共交通機関が発達していて、移動の合間に歩く距離が長いのに対して、地方都市では公共交通の便が悪く、車中心の社会になって、近場でも歩くことが少ないというのが、大きな理由だそうです。

私自身も、地方都市と東京を転勤で行き来しましたが、地方都市に住んでいるときは体重が増加して、顔つきと腹回りがふっくらしますが、東京に戻ると、知らず知らずの間に元の体型に戻っています。

せっかく、四十代半ばで良好な健康を保ったまま会社を退職し、何一つ薬を飲まない状態で移住を果たすことができたのです。それなのに沖縄に来てから数年で肥満や糖尿病、高血圧になり、定期的に病院に通わなくてはならず、体を自由に動かすことができなくなってしまっては、移住した意味がありません。

私たちが目指しているのは、経済的にも健康的にも、長期にわたって持続可能なスローライフを送ることです。そのためには固定費を切り詰めつつ、毎日、歩かざるを得ない環境に身を置くことが大切になってきます。

沖縄での車なし生活。一見、常識に反する生活を実現するには、交通の便のいい国道の近くに住んで普段はバスを使い、遠方に観光に行くときだけ、レンタカーを利用するというのが最もお手軽です。那覇市内の中心部に居を構えるのであれば、カーシェアリングという手もあります。

私たちはこれまで下町を転々としてきた下町ハンターで、人混みや観光客の一団に巻き込まれるのは大の苦手、迷わず、国道近くを拠点としたバス移動を選びました。

沖縄本島は、東西のバス移動は不便なのですが、南北を縦断する国道には20本以上のバスが通っており、那覇中心部から浦添、宜野湾市南部の大謝名までの国道58号線沿いのバス停では、異なる路線のバスが3、4分おきに到着しています。

唯一の気がかりは、バスの運行ダイヤの乱れです。沖縄出身の女優さんやタレントさんがあるバラエティ番組に出演した際、沖縄のバスが頻繁に、そして長時間遅延するので、時間が読めないという笑い話をされていました。

何でもあまりに遅延がひどいので、後続のバスが追いついてしまい、同じ路線のバスが停留所で3台数珠つなぎに留まっていることも珍しくないのだとか。

東京でも雨が降れば、10分、15分程度の遅延することがあるので、その程度なら、何とか付き合っていくことができそうですが、30分、1時間となると、適応できる自信はありません。

そこで下見をした時には、マンションから市役所、妻が参加を希望しているフラメンコ教室、図書館、コワーキングスペース、那覇市の中心部、空港と、自分たちが利用すると思われるありとあらゆる場所まで、実際にバスに乗って移動してみました。

すると……バスのダイヤは思いのほか正確で、日中は定刻通りに到着する便が相次ぎ、夕方にフラメンコ教室に体験参加するために乗車した便は遅延しましたが、それでも10分の遅れで済みました。

ほとんどのバス停には大きなひさしが付いており、雨や直射日光を心持ち防ぐことができるのも多少の慰みになりました。

地元の人たちにも話を聞いてみると、バスの遅延はこの10年だか20年だかで大幅に改善されたようです。

運賃は、バス停をいくつも通過しているのに、190円でとどまっていたかと思うと、ほんの数本で降りただけなのに300円以上取られることもあり、安いものと高いものが混在していました。バス会社や運行便の多少によって差が生じているようでしたが、料金の基準はよくわかりませんでした。

片道300円を1日何本も乗ると、すぐに1000円を超えることになりそうですが、車の場合、維持費だけでも1日2000円に上ることを思えば、安いものです。

これなら何とか、バスを起点として生活することができる。そんな自信を深めました。

あとは普段の食材や日用品の買い出しです。こちらは近所のスーパーまで徒歩や自転車で移動する計画で、実際に申し込みをした物件から歩いて、複数のスーパーをはしごしてみました。

残念ながらこちらは難ありでした。沖縄は東西に起伏が激しく、かなり急な坂道があります。マンションから最寄りのスーパーまでは徒歩10分、徒歩15分圏内にはさらに別のスーパーが2軒ありますが、どのスーパーを利用しても帰り途に傾斜の急な坂道を上らなくてはいけません。

米やら瓶やら重い荷物を自転車に乗せて坂道を越える。しかも、それが夏場となれば、夕方や夜であっても汗まみれになることは必至です。関東平野の真っ平らな道をすいすいと走らせていたことを思えば、まるで苦行か罰ゲームのようですが、そこは車なし生活の代償だと思って、慎んで受け入れるしかない。そう腹をくくりました。

自転車の前かごだけでは、食料品を買いだめできないので、買い物対策としてラクマで秘密兵器を購入し、あとはできるだけ夜の時間を狙ってエネルギーの消耗を抑える。食料や日用品の買い出しは、筋トレの時間だと自分に言い聞かせる……。坂道対策でできそうなのはそんなところでしょうか。

救いは、マンションのすぐ近くコンビニと弁当屋があることでした。坂を上り下りせずに弁当が手に入れられる。そう考えるだけで少しだけ幸せな気分になりました。

いざ、沖縄車なし生活に突入です。

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