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認知症の母と沖縄移住 07 下見・有料老人ホーム

市役所の高齢福祉の担当部署では雑談は大いに盛り上がりましたが、大した収穫は得られませんでした。

まあそういうこともあろうかと、あらかじめ期待値を下げておいたので、気を落とすことなく、次なる行動に移りました。

事前に電話で面談の予定を入れておいた有料老人ホームとグループホームへの訪問です。

有料老人ホームについては嬉しい発見と驚きがあり、いつもは押さえ気味にしている期待値をやや高めにして、軽やかな足取りで入り口をくぐりました。

市役所の生活保護の窓口で、親切な担当者さんと話をしていた時のこと。母が入居している東京の下町のグループホームの月額利用料を告げると、担当者さんは驚きの表情でこうおっしゃったのです。

「これだけの料金があれば、沖縄では有料老人ホームに入れますよ!」

有料老人ホーム?

入居一時金が数百万円から一千万円、入居一時金を取らないところでは、月額の利用料が二十万円台後半から三十万円台に上る。

そんなイメージが強く、ちょっと敷居が高いなあと思っていたのですが、実際に有料老人ホームのリストを渡されると、確かに大半の有料老人ホームは、入居一時金がなしで、しかも月額の利用料が、十万円台前半に押さえられていました。

母が入居している東京の下町のグループホームは月額利用料が、十六万から十七万円なので、五万円以上安い計算です。

母が入居できる施設の選択肢がぐっと広がり、親子での移住の実現がはっきりと見えてきたような気がしました。

訪問したのは、入居予定のマンションから徒歩5分、同じ建物内にデイサービス、すぐ目の前に内科もあって、医療との連携がスムーズという触れ込みの有料老人ホームでした。

エレベーターに乗って、有料老人ホームが入っている階で降りると、玄関のガラス窓の向こうは薄暗く、人の気配すら感じられません。

本当に運営しているのだろうか。不安を抑え、勇気を出してインターホンを押してみましたが、反応がありません。仕方なく、携帯電話で呼び出したところ、かんかんかんと軽やかな音を響かせ、施設管理者の方が階段を上ってこられました。

有料老人ホームは、個室だけが並んでおり、ここを利用するのは夜間の就寝時だけで、日中はエレベーターを使って下の階にあるデイサービスで、レクリエーションを楽しんだり、食事を取ったりするとのことでした。

私たちもデイサービスに移動し、説明を聞きながら、歌のレクリエーションを遠くから見学させてもらいました。ここの施設は、レクリエーションに力を入れているようで、結構、ぎっしりと予定が詰まっているようでした。認知症の高齢者にとってはいい刺激になりそうです。

さて、お待ちかね、恒例のチェックポイントですが、高齢者施設を選ぶポイントは七つ設けています。

1、介護士さんの能力が高いか。具体的には、視野の広さとトラブルの予測能力、そして、動きの優雅さ、ゆったり加減です。

東京の下町で、二つのグループホームを経験し、優秀な介護士さんにはある共通点があることがわかりました。一人の入居者さんに付きっきりで食事の介助をしたり、話しかけたりしている時でも、視野は180度、大きく広げていて、ほかの入居者さんの動きにもしっかりと目を配っています。

隣のテーブルの入居者さんが、飲んでいたお茶のカップをテーブルの縁に置くと、ささっと近寄っていって、カップをテーブルの中央に移動させます。そうして、カップを落として、床を水浸しにするのを未然に防ぐのです。

能力が低い、とまで言うと言い過ぎかもしれませんが、経験が少なく、予測能力の低い介護士さんの場合、一人の入居者さんに付きっきりになると、目の前のことにいっぱいいっぱいになって、周囲を見渡している余裕がありません。

目の前の介助と格闘している間に、隣のテーブルでカップが落ちて床が水浸しになり、その隣のご長寿がトイレに行きたいと訴え、あれよあれよと言う間に仕事が増えていって、ばたばたと走り回る羽目になります。

余裕がないと当然、笑顔も消えて、いらいらが募り、そのいらいらが入居者さんに伝染し、だんだん、フロアの雰囲気がとげとげしくなっていきます。

2、入居者さんの中に大声で騒ぐ人はいないか。

騒ぐ人がいる施設は避けた方がいいかというと、そうではありません。全く騒ぐ人がいないというのは一見、平和でいいことのように思いますが、実は騒ぎ立てる人に手を焼いて、薬漬けにして、朝から晩まで意識をぼんやりとさせて、狼藉を封じ込めている可能性があるのです。

実際、母が最初に入居したグループホームがそうでした。乱暴な言葉遣いのご長寿が入居したと思ったら、まもなく、別人のように大人しくなって、視点が宙をさまようようになり……。やがては、私の母も深夜に廊下を徘徊し、止めようとする介護士さんとつかみ合いを演じることもあって、最後は家族の知らない間に強い薬を投与されて、大人しくされてしまいました。

人間は感情の生き物です。ましてや、認知症の高齢者は夕方になったり、雨が降ったりすると、不機嫌になって感情を爆発させることも多いのです。ある程度の狼藉は自然なことであって、それが全くないというのは不自然です。

騒ぐ人がいると言うのは、認知症の親を預ける家族の立場としては不安かもしれませんが、逆に自分の親が不穏状態になって騒ぎ出した時には、多少の狼藉は許容するだけの度量があり、それを上手に収める技量をも持ち合わせているということになります。

母が二つ目に入って、現在もお世話になっているグループホームは幸運にも、度量と技量を持ち合わせている施設で、介護士さんたちは、大声で自己主張をしている入居さんを笑いながら見守っています。

騒ぐ人がいるというのは、許容範囲のバロメーターでもあるのです。

3、壁の装飾やアクティビティにどれだけ力を入れているか。

高齢者施設の壁には、入居者さんが作った紙飾りや塗り絵、習字、俳句を飾っていることがよくあります。こうした作品をただ貼っているのか、それとも全体が綺麗に映えるように一手間も二手間も加えているのか。

あるいは、介護士さんたちが、節分や誕生日会といった行事にどれだけ真剣に取り組んでいるか。

これらには、介護士さんたちの仕事に対する熱意とプロ意識が現れます。食事、排泄、入浴といった介護の根幹に関わる部分ではなく、極論してしまえば、あるに越したことはないけれども、なければないでもやっていけることだからです。

こうしたプラスαの仕事に対して、手を抜かずに丁寧に向き合うには、介護の仕事に対して、余程の理想と情熱を持っていて、普段の仕事にも余裕がないと続けられません。

壁の飾りというのは、熱意とプロ意識の指標にもなるのです。

4、自社の介護士だけで勤務を回しているか、派遣の介護士に頼っているか。

介護業界は慢性的な人手不足なので、施設によっては、派遣の介護士に頼っているところもあります。

ところが、一口に認知症と言っても、症状の出方は千差万別、不機嫌になるポイントや機嫌良く動いてもらうための声のかけ方は、一人一人違います。

入居者一人一人の症状や性格に合わせて、柔軟に対応を変えていくには、普段からの
観察の積み重ねが必要です。毎週、あるいは毎月、別の担当者がやってきて、手探りで介護や介助をしていると、不用意に地雷を踏んで、入所者に大きなストレスを与えかねません。

5、現場の介護士の離職率

介護士の離職率があまりにも高いと、現場でのマネジメントや導線の配置がうまく機能していない可能性があります。介護は、経験と予測の世界なので、ころころと人が代わる施設では、質の高いサービスは期待できません。

私の母が現在、入居しているグループホームでは2年間、職員の配置が変わらず、2年目に初めて職員の1人が抜けることになりましたが、それも離職ではなく、昇進によって管理職に抜擢されたというもので、非常に人材が安定しています。

6、家族の参加度合い。

介護というのは、在宅であっても、入所施設であっても、家族とプロたちの共同作業です。家族とプロが、互いに得意分野で力を発揮しながら、補い合って高齢者を支えているイメージです。

私の母は、一か所目のグループホームで薬漬けにされた後、言葉を喋れなくなってしまいました。コミュニケーションが全く取れなくなってしまったので、試しにグループホームで沖縄三線を弾きながら唱歌や童謡を歌ってみたところ、ああううと言いながら、ハミングをするようになりました。

同じフロアに入居しているご長寿たちも、一緒に唱歌や童謡を歌い、楽しかったと笑顔をのぞかせていました。それからは毎週末、三線を持ってグループホームを訪問し、一緒に歌を歌うのが習わしとなりました。

沖縄移住後も同じように週に1回、三線の弾き語りをしたいと思っており、そうした家族の参加を認めてくれる施設を探しています。

7、料金。

最後はもちろん、お金の問題です。母は60代後半まで働き続け、十分な年金をもらっていますが、介護はいつまで続くのか、この先、大きな病気で入院し、棒大な医療費が必要になるのかは、誰にもわかりません。

持続可能な介護を受けるためには、月々に料金を十万円台後半に抑えたいと思っています。


以上、七点をチェックしたいと思っていたのですが、実際には、介護士さんの技量や入居者さんの様子をじっくりと観察する機会はありませんでした。

コロナウイルスの感染が広まりつつあったので、と言っても、この時点での沖縄の感染者は2名でしたが、介護士さんや入居者さんに声をかけるのは、はばかられる状況だったためです。

確認できたのは2点だけ。入居後に私が三線を弾き語るのは大歓迎、そして月々の利用費は10万8000円ということでした。

内訳は家賃が3万2000円、管理費が2万4750円、食材費が4万3200円、水道光熱費が4500円、洗濯代行費が4200円となっていました。

それとは別に介護保険の1割負担分が3万8000円。

合計すると、14万6000円。

現在、母が、都内の下町のグループホームで払っている費用よりも、3万円ほど安い計算です。

いずれにしても、詳細はコロナ収束後に改めて、下見をするという形になりました。

5月に夫婦で移住し、秋には母も引っ越し……と目論んでいたのですが、母の引っ越しは長期計画になりそうな雲行きです。

コロナの早期収束を祈るばかりです。


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