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小説 | 776


初夏を聴く。キョキョと、ホトトギスの鳴き声こそ聴こえてこないものの、1年でもっとも過ごしやすい天候の今。公園で元気に遊ぶ子どもたちの騒がしい声が初夏を伝える。

またお金を棄ててしまった。父から貰った10万円。借金の、利息だけでも払おうと思っていたが案の定。きれいにパチンコ台に収まった。

家に一人いると気が狂いそうになる。しかし遊びに行くお金もない。とにかく日にあたれなければ。そのうち自分をころしてしまいそうだ。

気がつくとこの公園にいた。別れた妻は元気だろうか。子どもは元気だろうか。家族でにぎわう公園は、より孤独を感じさせる。

「おじさん。なにしているの?」
娘と同じくらいの歳だろう。突然小学校3年生くらいの女の子に話し掛けられ、とても穏やかな気持ちになる。なんて返事をしよう。考えているうちにその子の母親がきた。ひきつった笑顔に会釈をひとつ。娘の肘を引っ張って去っていく。

風が吹く。スナック菓子の袋がとばされてくる。ベンチの足元のコンクリートの上をズズと流れる。さっきの子どもよりも、このゴミの方がお似合いに思えた。なるほど、浮浪者と間違われたのかもしれぬ。住む場所があるだけで対してかわらぬ。

浮浪者でなくとも不審者なのだ。寂しさをこえてしまったのか可笑しかった。発泡酒を一本買った。日の高いうちに帰った。何年ぶりだろうか。布団を干した。ちゃんと生きたいと思った。

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