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新規感染者数の推移データから再生産数を推定する方法について -西浦博氏の5月12日のレクチャーより-

緊急事態宣言下において日々報道される新型コロナウイルスの新規感染者数は、国民の最大関心事だったと思います。国と自治体からの活動自粛要請が続く中、この対策がちゃんと効果を上げているのか、いつ活動を再開できるのか、あらゆる国民が数字の推移から読み取ろうとしていたのではなかったでしょうか。
 そして当初の解除予定日を翌週に控えた5月1日に、専門家会議より新規感染者数をまとめたグラフとともに、“感染者数は減少しているが、そのスピードは期待よりも鈍い”、“再生産数が1を割るだけでは不十分”、“再生産数が0.5以下を維持していくことが必要”というメッセージが伝えられました。そのときに専門家会議から出されたグラフが下に示したものです。図1は全国の感染者数の新規感染者数の推移で、週末を経るごとに凹みがみられる棒グラフに、増加傾向の時の傾きと、減少に転じてからの傾きの違いが矢印で示されているのはすぐに理解できます。ところが図2のグラフは、同じ新規感染者数を表しているようなのですが、棒グラフには妙な凸凹はありませんし、よく見るとピークの位置は図1のグラフとは全然違う日になっています。そして見積もられた再生産数の曲線も重ねて示してありますが、これはどうやって計算したものなのでしょうか?

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 この新規感染者数の推移と再生産数という感染防止対策の中心にあるデータ分析について、よくわからないなと思っていたところ、その分析を担っている西浦博先生の解説をネット配信するイベントが5月12日に開催されました。主催は日本科学技術ジャーナリスト会議で、タイトルを「8割おじさん西浦教授に聞く新型コロナの実効再生産数のすべて」と銘打ち、ニコニコ生放送とZOOMで参加することができました。

 このメモでは、上記の図2はどのようにして得られたのかについて、5月12日のレクチャー内容から私の理解できる範囲内でまとめてみました。

報道される感染者数は2週間前の出来事を表している

西浦先生の話の中で私が最も重要だと思ったポイントの一つは、感染が起こってからその感染事象の存在が世の中に公表されるまでにはおよそ2週間というタイムラグがあるということでした。西浦先生が出していたスライド(図3)にあるように、感染が起こったあと、潜伏期間を経て発病した患者さんは病院へ行きますが、新型コロナウイルス感染症だと診断が下るまでに相当の時間がかかりますし、さらにその患者さんのデータが報告されるまでにも遅れが生じます。今日出てきた感染者数の数字というのは、およそ2週間前の出来事を見ていることに相当しているのです。

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 2週間というタイムラグは感染拡大につながる大きなリスク要因だと考えられます。一旦収まっていた新規感染者数が上昇し始めるのが見えたとき、すでに2週間前から感染拡大が再燃していたかもしれず、この2週間何の対策もとれずにいたことを意味するからです。潜伏期間を短縮することはできないですが、発病から報告までの時間を大幅に短縮する必要があると思われます。

新規感染者数の推移を分析するには感染日で見なければならない

テレビや新聞で毎日更新される新規感染者数の推移グラフの横軸は、検査で新型コロナウイルス感染に対する陽性が判明した「確定日」となっています。しかし感染という事象の時間変化を正確に追跡するためには「感染日」でなければなりません。そこで西浦先生ら専門家達は、まず都道府県のプレスリリース情報を一つ一つ丹念にみて、また東京都に対しては特別に情報提供をお願いして、各患者の「発症日」のデータベースを独自に構築していると言います。そして、そのまとめたデータベースを下記より公開してくれています( https://github.com/contactmodel/COVID19-Japan-Reff/blob/master/data/日本データCOVID19%20(200510).csv )。発症日で新規感染者数の推移グラフをつくると、以下のようになりました。


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西浦先生たちは、さらにこの「発症日」から「感染日」を推定して、最終的に得られた感染日で見た新規感染者数推移グラフが図5(図2に最近のデータを加えて更新されたもの)に出てくる棒グラフになります。(「発症日」から「感染日」への変換は、潜伏期間の平均5.6日を使っているものと思われますが、詳細はわかりませんでした。)

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確定日でみると新規感染者数のピークが4月11日ごろであるのに対して、感染日でみるとピークは3月28日ごろで、ちょうど2週間ずれているのが見てとれます。

ある日の再生産数は10日程前の感染者からの寄与まで考慮して計算

さていよいよ再生産数の計算です。西浦先生の解説によると、再生産数を求める基本の式は次のようになっています。
 再生産数(t)=i(t)/∫i(t-τ)g(τ)dτ 
ここで、i(t)は時刻tにおける新規感染者数を表しています。その感染をもたらした感染源となった人々は、時刻tよりも少し前(時刻t-τ)に感染した人々で、ここではi(t-τ)で表されています。ある人が感染してから、別の人に感染させるまでの時間は個々のケースで異なりますが、全体としてはある確率分布関数g(τ)で表されると仮定します。すると分母は、時刻tに生じた新規感染に寄与した感染者数の合計を表していることがわかります。つまり、
再生産数(t)=[時刻tでの新規感染者数]/[時刻tに生じた新規感染に寄与した感染者数の合計]
で定義されていることがわかります。
 i(t)のグラフは得られています。あとはg(τ)が必要なのですが、これも推定されています。Nishiura, Linton, Akhmetzhanov(2020)は、2019年12月末から2020年2月頭までに報告された28の感染事例データ(それぞれの感染者の発症日と、感染源となった人の発症日の両方が分かっているケース)を用いて、発症時間間隔(Serial Interval)の確率分布関数を求めています。発症と感染は異なりますが、ある感染者から2次感染者へ感染の起こる時間間隔(世代時間/Generation time)の分布も発症時間間隔と同じと考えて問題はないと思われます。上記論文で最終的に得られたg(τ)の形は、Weibull関数という名前の付いた関数で表されていて、具体的には
g(τ)=α/β^α τ^(α-1) exp((x/β)α), α=2.2, β=5.4(係数は、平均4.8日と標準偏差2.3日より計算)
となるようです。実際にグラフを描いてみると図6のようになりました。ある感染者が2次感染を起こすのは感染してから典型的には4~5日後のことで、1日~10日目まで広く分布していることがわかります。

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 図5の青い曲線が、感染日で整理した新規感染者数の推移グラフから計算された再生産数ということになります。これによると3月31日ごろから再生産数は1を下回り、その後0.7のあたりで安定して推移していますが、目標値とされる0.5には到達していないことがわかります。
 図5のもう一つの注意点は、この図が発表されたのが5月12日であるにも関わらず、4月23日までしか表示されていないことです。これは感染から報告までに大きなタイムラグがあるために、新しい日付の感染日データは未だ取りそろっていないことを反映しています。このことを、西浦先生は「リアルタイム性に乏しい」と表現して感染状況をモニタリングする上での問題点としていました。

これからの再生産数のモニタリング

 日本における新型コロナウイルス感染症の流行は、現在のところ一旦は収束の向かっていると思われます。しかし世界全体の新規感染者数はまだ増加傾向が続いていますし、ワクチン・治療薬・集団免疫のいずれもまだ獲得できていません。ひきつづき個人レベルでの感染予防対策の継続と、感染拡大の兆候を見逃さない感染状況のモニタリングが重要だと考えられます。
 図5のようなしっかりしたデータと分析にもとづく数値は正確ですが、データを取りそろえるまでに時間がかかるという欠点があります。より迅速に現状把握するために、西浦先生は「より平易な計算をする。報告日に基づく計算によって簡易的に評価」するのがよいのではないかとして、具体的には、
[直近7日間の患者数]/[その前の7日間の患者数]
を感染の報告日ベースで計算して見ていくことを提案していました。ちょうど5月15日に東京都が発表した、「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」にも、感染状況のモニタリング指標の一つとして「週単位の陽性者増加比」という項目が入っていました。これも上記の西浦先生提案の考え方と同じと思われます。
 しかしやはり感染防止のためのモニタリングのネックとなるのは、現在、感染から報告まで2週間というタイムラグの存在だと思われます。一日に行える検査可能件数の不足がずっと問題になっていましたが、今後のモニタリングにおいても患者数の迅速な把握が最重要であり、感染が疑われる人の検査が迅速に行われるような体制づくりが急務であると思います。


参考資料

・新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年 5 月 1 日)
・朝日新聞デジタル(2020年5月2日)感染者減「期待に至らなかった」専門家会議の分析は(https://digital.asahi.com/articles/ASN516TKMN51ULBJ014.html?pn=8)
・西浦博「実効再生産数とその周辺」2020年5月12日資料(https://github.com/contactmodel/COVID19-Japan-Reff/blob/master/nishiura_Rt会議_12May2020.pdf)
・Nishiura, Linton, Akhmetzhanov, IJID, 93 (2020) 284-286, “Serial interval of novel coronavirus (COVID-19) infections” (https://www.ijidonline.com/article/S1201-9712(20)30119-3/pdf)
・「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」東京都
(https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2020/05/documents/20200515_01.pdf)

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