見出し画像

【インタビュー】今日を楽しむ ~アマチュア吹奏楽団で指揮をする夫~②


■楽しい練習を積み重ねた先に、結果としていいものが出来る

池田:指揮者は支配者になってはいけないと思っているんだけど、支配者の特徴としては、最初の説明が多くてフィードバックが少ない。あとは、理想を先に作って、そこに合わせていこうとする。そうすると、練習が常にダメ出しになる。
一般的なのは、上手くなったら楽しくなるという発想。僕は、楽しかったら上手くなると思っている。その違いの根底にあるのは、相手を信じるかどうかなんだと思う。相手を信じてないと相手をいじるところから始めちゃう。だけど、相手を信じていると、相手が最高のパフォーマンスを出せる状況になれば出すと思っている。そこを信じられるかどうかが、その順番を決めているということかな。ただ、これは理屈で分かっても実践するのは簡単ではないね。

― 具体的にどうすればいいのかというのは自分で考えないといけないからかな。

池田:そうだね。僕は指揮だけではなくて仕事でも15年くらいそんなことを考え続けて来ているし、色々なフィールドで試してきているから、持っている引き出しもそれなりに多いのかもしれないね。
Returns!には絶対に成し遂げないといけないものがないから、練習の中で自由に実験できるはずだけど、過度に焦りなんかがある場合はそれができないかも。

― その焦りは何から来るの?

池田:それは、本番の出来の理想のイメージがあって、そこに向けて間に合うのか間に合わないのかという発想になっているからだよね。でも、積み上げていった先に出来たものを出せばいいと考えれば焦りはないね。

― あなたはそう考えているということ?

池田:うん。でも、結論としてはそっちの方がいいものが出来ると思う。

― それは今までの経験で?

池田:今までの経験で。僕の作り方はだいたいいつもそう。

― それは講師でもその経験があるということ?

池田:講師には定められたゴールがあるのと、一日しか時間がないから、そう思っていてもそこまで明確にはできないけどね。でも、Returns!ではそういう考え方でやっている。その方が楽しいんだよね。時間があるからそういうやり方ができる。趣味のエレキギターの練習も割とそう。いつまでにこうなりたいというよりは、日々、できることを増やしていくみたいな感じでやっている。
だから、楽しいを逸脱せずにどう引き上げるか。一般的には厳しい練習をがんがんやって上手くなっていくというのがセオリーとしてあって、それはそれでいいんだけど、そうではないやり方もあるんじゃないかと思って試している感じはあるね。人と同じことをやるのは好きじゃないから(笑)。人と違うやり方で答えを出した方が面白いなというのはいつも自分の中にある(笑)。
色々な人のやり方を参考にするのはいいけど、正解はないから、それぞれのスタッフが自分なりにいいと思うやり方を見つけていけばいいと思う。ただ、楽しくないのはダメだと思うから、それを前提にやり方を各自考えて、自分の持ち味でやればいいよね。
いずれにせよ大事なのは、狙いを何に置くかだよね。「とにかく楽しむこと」と「演奏会でお客さんにいい評価を貰うこと」では狙いが全然違うじゃない?
以前、ドラムメジャーのSさんとのスタッフチーフ対談でも言ったけれど、毎回楽しい練習をやっていて、演奏会の日はたまたまホールで練習があるという感じがいいと思う。「今日はいつもよりいい場所で通せるね」って(笑)。

― そこに、お客さんからいい評価を貰いたいというのがあると、とにかく楽しむという狙いからずれちゃうよね。

池田:でもお客さんからの評価なんて、「みんな楽しそうにやっていて良かった」でいいと思うんだよね。ということは、楽しくやればいいわけで。だから、そういう感じで積み上げていけば、本番は緊張しないと思う。だっていつもと同じだから。そういう方がいいパフォーマンスが出ると思うんだよな。そうは言っても、本番は緊張感とアドレナリンは出るから。それが過度に出ると失敗しやすい。
だから、常日頃から集中して楽しむということをやっておいて、その延長線上に適度な緊張感とアドレナリンが乗るくらいがいい感じなんじゃないかと思うんだよね。昨日のIVANHOEの通しの緊張感と集中力で毎回練習をやっていれば、本番はその延長でしかない。

■バンドの特性を掴んで、その特性を活かす

池田:先日、あるメンバーが「池田さんの練習はReturns!の楽しませ方を知っている」と言っていたと聞いたんだけど、それはReturns!の楽しませ方のツボがあるということを意味しているわけじゃない?つまり、他のバンドだったら他のバンドのツボがあるということ。
そのバンドらしさや特性が何であるかを掴んで、それを引っ張り出せば上手くいくということだから、そのバンドの特性を知るということがまず最初に必要。分かれば、それを引っ張っていけば魅力的になるわけだから。それを探るというプロセスが大事。
それは人の魅力を引き出す時も一緒なんだろうなと思う。相手の魅力を引き出したいのであれば、まずは相手の魅力の源泉を知ることが最初のプロセスで、それが分かったら、それをどんどん磨いてあげればいい。
一般的にリーダーと言われる人たちは相手の魅力の源泉を知るというプロセスが抜けているんじゃないかな。一律の評価軸を作って、そこで評価して、そこを引き上げるということしかやっていない。だから、その人の魅力を引き出すということができていない。それを一人ずつに向き合ってできるのであればみんなを輝かせることができるはずだよね。でも、それをちゃんとやっているリーダーはあまり見ないなあ。メンバーの中で優劣が付いているだけのような気がしないでもない。できる人、できない人。
一人ひとりの良さを引き出して、統合して、チームとしての最大値を作るという考え方って指揮者と似ている。上手い人、上手くない人がいる中で、いかに全体最適を作っていくか。それができない人は、駄目な人を間引くという発想になる。それも一つの考え方だと思うし、そっちの方が楽なんだけど、僕はつまらない。

― 何でつまらないと思うの?

池田:だってチームの全てを使っていない。

― じゃあ、一見足手まといに見える人にも本当はチームの成果に貢献する何かがあると思っている?

池田:そう。それを最大に使ってもらいたい。だって、いるんだから(笑)。

― ちなみに、管理職の仕事をしていた時にあなたはそうやっていたの?

池田:できていたかは別として、やろうとはしていた。
だけど、ビジネスの世界がちょっと違うのは、楽しむことが目的ではなくて、厳然たる成果軸があるから、そこに貢献できないという人は残念ながら・・・ということはある。できるだけそうならないようにとは思うけど、最後はそうせざるを得ない部分はある。
趣味でやっていることは、絶対クリアしないといけないことはないわけだから、ぎりぎりまで模索していたい。それがある種リーダーの役割なんじゃないかと思う。だけど、簡単なことではないし、手間がかかるんだよね。ただ、一つだけ条件があって、その人がそのチームを好きで、貢献したいと思っているというのは絶対条件だね。

■思いを実現する場所をつくれば、人は力を発揮する

― 一見、足手まといになってしまっているような人がチームに貢献したという体験があるの?そういう裏付けがないとそういう考えにはならないでしょう?

池田:昔、とある会社の学校教育部門にマネージャーとして入った時、最初に学校教育部門の人たちにどういう仕事をしているかヒアリングをかけていったら、一人ひとりが場当たり的に色々な仕事をしていた。やらなければならないことが発生した時に、手が空いている人がやっていた。誰も何かに特化していない状態。そこで、まず役割分担をしようと思った。
ちょうどその頃、ビジネスゲームを全国の小中学校で実施するプロジェクトの来年度の計画を立てるタイミングだった。講師を集める、アシスタントを集める、プログラムを作るなどなど、役割を切り分けた時に、ある女性がいて、その子は不器用で何をやってもイマイチで、考えが及ばないという感じで、駄目な評価だったんだよね。
でも、現場のアシスタントに対する思いがあるのが色々話を聞く中で分かったから、彼女をアシスタント担当にして、アシスタントをどうするか計画を立ててくれとお願いした。年間だいたいこれくらいの回数授業があって、こういう地域でやるから、今までのように東京からアシスタントを送っていると相当コストがかかってしまう。それを踏まえた上で、どうやってこれだけの量、これだけの地域のアシスタントを実現するかということを考えてくれと言った。

― 全国でやるのは初めてだったの?

池田:それまでは3、4自治体だけだったから、その時は東京からアシスタントを派遣していた。でも、今回は全国でやることになっていたから、同じ方法だと交通費が莫大にかかってしまう。講師にお金をかけるのと意味が全く違うし、各クラス2人ずつアシスタントが必要だったから。
それで、一週間後に彼女が出した企画は、東京のアシスタントを送るしかないという結論だった。そんなのサルでも考えつくだろうみたいな結論だったの(笑)。
それで、「これはどうやって考えたの?」と聞いたら、彼女は「色んな人に意見を求めました。事業部長に聞いたら、これは東京から送るしかないと言われたからそうしました」と。
「これじゃあ君の企画じゃないよね。僕は君の考えを持って来てと言ったのであって、人の意見を聞いてまとめろなんて言ってないよ。アシスタント、大事なんでしょう?思いがあるんでしょう?そうしたら、どうしたいのかを自分の頭で考えようよ」と言ったら、「自分がやりたいことを考えていいんですか」と聞いてきた。実はそれまで上司が、自分の言う通りに従えというマネジメントをしていたからなんだけどね。
「なんでダメなの?」と質問したら、「今までやりたいことを自分で考えたことがないので」と答えたの。だから僕は、「仕事って、自分がやりたいことを考えて実現するのが楽しいんだよ。だからやり直し」と言った。
そうしたら、一週間後にすごい企画が出てきた。それは、東京からアシスタントを送るのではなくて、起業家教育の授業をやる学校のお母さんたちをアシスタントにするという企画だった。
「お母さんたちにも子どもたちの授業をぜひ見てもらいたい」と。「いいねえ」と僕は言った。

― 一石二鳥だね。

池田:それで、「名前も変えたい。アシスタントというのはちょっと違うと思うから、サポーターにしたい」と言ったから、「いいねえ、思いがあるね。でも、今まで東京でがっつり育成していたアシスタントを、お母さんたちができるようにするのにどう実現するの?」と聞いたら、「各地でお母さん向けの講習をします。その時にゲームも受けてもらって、子どもたちがこういう狙いでこういうゲームをやるので、それを支援していきましょうと言ってサポーターの練習をしてもらいます」と。
「いいねえ、でも半日でできるの?東京で育成している時はもっと時間をかけているよ」と言ったら、その時間でできるような育成方法を考えますということになった。「方針としてはそれでいいから、じゃあやり方を考えてくれ」と言ってからが、またすごかったんだよね。
講習を受けた後に各自が家で流れを復習できるようなビデオを作ったり、実際のアシスタント業務を誰でもできるように作り直したりした。「復習用のビデオを作りたい」と言ったから、「君、ビデオ作れるの?」と聞いたら、「社内に、以前、映像の仕事をやっていた人がいるので相談してみます」と言って。そうしたら、その人が、業者を使っていくらくらいでこんな風に作れるよと教えてくれて、業者を紹介してくれた。それで業者とやり取りが始まって、30分のビデオの絵コンテとシナリオを彼女が書いた。出演者は社員で、僕も出演したんだけど(笑)。一気にやり切ったね。

― 絵コンテやシナリオは書いたことがあったの?

池田:ないよ(笑)。そういうことができる人だということなの。でも、その能力を使って来なかったということでもある。いやあ、すごいなと思って。でも、それが出来たのは、そのジャンルに対する彼女の思いがあったから。それを実現したいと思ったから発揮できた力なんだと思う。だけど、その力を引き出すためには、その人を思いのあるポジションに付けてあげる必要があるわけ。そういうポジションに付けるためには、そのポジションを作らないといけない。「この人に向いているポジションはないなあ」というのは今のポジションありきで発想している。ないなら作ればいいという発想が功を奏した出来事だった。

― Returns!でも、一人ひとりの良さを引き出して、チームとしての最大値を作るということをしたい?

池田:そうだね。でも、そういう意味では、Returns!の中で一人ひとりの魅力を引き出すということは、まだまだ試行錯誤だね。
その人自身は直接成果に貢献していないんだけど、全体の成果を上げる要素を持っている人っているよね。ビジネスの世界では一般的には切られがちなんだけど。以前にマネジメントの本を読んだときに書いてあったエピソードで、営業部で一人ひとりが売り上げを上げている中で、全く売り上げが上がらない営業マンがいて、その人をクビにしたら全体の営業力が下がったというのがあった。なぜかというと、その営業マンがみんなを鼓舞していたから。その人が全体の売り上げに影響を及ぼしていたから、その人を切ったことは大きな損失となってしまった。
面白いのは、チームというのは単純な個々人の成果の総和ではないんだよね。チームだからこそ乗る何かがある。そこをちゃんと読み解くのは難しいけれど、大事なことなんだろうなと思う。

5月の演奏会に向けて、夫はこれからも「今日を楽しむ練習」を積み重ねていこうとしている。
奏者の私は、その日の練習を楽しむために何ができるのか。他のメンバーと一緒に考えていかれたらと思う。
夫曰く、Returns!は演奏会直前2カ月の伸び方がハンパないという特性があるらしい。(逆に言うと、そこまではスタッフは我慢の時らしいが 笑)そんな仲間と共に、今日の練習を楽しんだ先に奏でる音楽がどのようなものになるのか、今から楽しみだ。

(2019年12月22日インタビュー)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?