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正岡子規『はて知らずの記』#19 八月五日 仙台→作並温泉

(正岡子規の『はて知らずの記』を紹介しています)

移動を再開。歩いて山の温泉へ。


五日 南山閣を辞して、
出羽に向ふ。
留別

涼しさを 君一人に もどし置く

広瀬川に沿ふて遡る。
嶄巌、激湍、
涼気、衣に満つ。
橋を渡りて、愛子の村を行く。
路傍の瞿麦、雅趣、めづべし。
野川橋を渡りて、
やうやうに山路深く入れば、
峰巒、形、奇にして、
雲霧のけしき、亦、ただならず。

山奇なり 夕立雲の 立ちめぐる

作並温泉に投宿す。
家は山の底にありて、
翠色、窓間に滴り、
水声、床下に響く。
絶えて、世上の涼炎を知らざるものの如し。

涼しさや 行燈うつる 夜の山

温泉は、
廊下伝ひに絶壁を下る事
数百組にして、漸く達すべし。
浴槽の底板一枚下は、
即ち、淙々たる渓流なり。
蓋し、山間の奇泉なりけらし。

夏山を 廊下つたひの 温泉かな


南山閣(→仙台市青葉区国見五丁目)

槐園と共に山を下る。門前にて相別る。(初出)

愛子の村(→愛子駅あたりか)

馬子より外は通はぬ田舎道に何憚るべきと独り裳を蹇げて歩めば蚋群人を刺して血痕足を染む。(初出)

野川橋(→仙台市青葉区熊ケ根野川か)

作並温泉

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