とある元ライトノベル作家の備忘録③

 ガガガ文庫で入賞を果たした我。
 ここから輝かしい小説家人生が始まる――そう思っていた時期が、僕にもありました。

総員!ショックに備えよ!

 入賞前後のことは色々守秘があるのであまり詳しくは書けませんが、まずは担当さんとの打ち合わせが始まります。

ちなみに商業出版の新人賞では授賞式があります。コロナ禍になる前でしたのでご多分に漏れず私も参加させていただきました。担当さんだけでなく他の編集や編集長、先輩作家らと交流できる良い機会です。とても緊張していましたが、すごく参考になり、また助けられました。
なにより同期作家さんと繋がれるのが強み。同期の方はほとんどがデビュー組です。右も左も分からないのはお互い同じなので、自分に降り掛かってくる問題や悩みを相談したり、理解してもらえる貴重な存在です。
商業出版デビューされた方はぜひ同期作家さんと仲良くなってください。
作家を目指す人種ってオタクだったりコミュ障だったりで(だから自分の世界に没頭できる作家に憧れたりするわけですが)、人付き合いが苦手な人も多いかもしれませんが、同じ作家なのでまず話は通じます。怖くないです。趣味も近いし通ってきた遍歴だって似てたりします。
同期というスタート地点が同じ存在とはそうそう出会えません。
作家は個人事業主なので自分で抱え込むことが多いですが、気軽に話せる人がいるのはとても助けになります。
もちろんライバルでもあるので、嫉妬の渦に巻き込まれたり妬まれたりってこともあるので、ビジネスライクな姿勢は忘れないようにしましょう。
それにしてもあのときは楽しかったな(遠い目

 担当さんとは受賞作について今後の方向性や課題点を話し合い、必要であれば加筆修正を始めます。というか受賞作品を一度も手直しせず出したという話は、私は聞いたことがありません。必ず手直しします。
 プロじゃないので、編集という読者目線&販売戦略目線を取り入れることはとても重要ですし、気づいていない問題を指摘されることもよくあります。
 一方、WEB掲載作品の受賞はどうなんでしょうね?そのあたりの事情はよく知らないので、詳しい方教えて下さい。

 私の作品の場合はタイトルに始まり、物語の展開、描写、キャラクターのセリフ、情報の過不足と提示タイミングなど細かく細かく直しました。何回直したか覚えていません。
 おおまかなストーリーは投稿時点から変わっていませんけど、ほぼ全部手を入れています。
 この作業に、私は少なからずショックを受けていました。
 他人から感想をもらう経験がなかった耐性力不足もありましたが、受賞したからにはそれなりのレベルにあるはずだ、という自信もあったからです。
 見事にへし折られました。
 振り返れば、どれも貴重なアドバイスです。特に情報の提示タイミングと読者への気遣いはここでも伝えておきたいくらいです。

  • それはいま読者が知るべき情報ですか?なくても問題ないのではないですか?

  • どういう場面なのか適切に示すことができていますか?急にワープしてませんか?矛盾してませんか?

  • 説明しないとわからないと思ってだらだら書きすぎていませんか?

 他にもたくさん教えていただきました。それは確実に自分の力になったはずだと思っています。
 ガガガ文庫は編集さんがとても優秀なので安心して応募するといいよ(回し者)

 この記録を残しておくのは、前提情報があるのとないのとでは心理的にも違うだろう、と思ったことも関係あります。
 よほどのことがない限り、完璧な作品として受賞することはありません。
 なので修正は覚悟しておいたほうがいいです。
 プライドを傷つけられる抵抗感はもちろん、「この作品を変えたくない!」という愛ゆえのこだわりもあるでしょう。
 よく分かりますが、商業出版である以上、より多くの読者に買ってもらわなければいけません。
 受賞した段階で、あなたの作品はあなただけのものではなくなった、と思った方がいいです。

 誤解しないでほしいのは、それでも作品をよく分かっているのは著者であり、納得できないことをほいほい聞く必要はない、ということが前提である上での話だということ。病んだら元も子もないですからね…。
 担当さんとはよく話し合うことをおすすめします。
 正直、私はそこまで出来なかった。恐縮してしまったり、編集の言うことだから、という思考放棄があったことは否めません。
 次の話にも関係しますが、作品を一番深く考えられるのは作者だけです。なにせ先の展開やキャラクターの真実まで知っているわけなので。なので思考放棄することだけは避けましょう。
 許容できること・できないこと、を自分の中で考えておくのをおすすめします。

 さて、長い長い修正が終わった後はどうなる?
 知らんのか――修正がはじまる

 「校正」作業です。
 物語の設定、物語、展開などほぼ固まり、修正があってもページは大幅には変わらないだろうという段階で「組版」という工程を経て、作者が誤字脱字などのチェックを行う作業です。
 ほら、ドラマとか漫画で赤ペン持って紙に書き入れてるやつ、あれです。
 基本的に直すことは最小限な「はず」なんですが、文章のリズム感や次ページまでの情報を制御したい思惑などもあって、やはり修正が続きます。
 これはもう自分の実力不足が招いたことなんですけど……その出版社、編集部での慣習や考え方、出版スケジュールなどの事情によって千差万別であると思います。
 何回校正を行うのか、どれくらい赤入れしていいのか、あるいはされるのか、は事前に担当さんに聞いておくといいかもしれません。

約束された「次」はない

 そんなこんなで全力疾走の末に私の作品が世に出ました。
 献本としてどっさり自著が届いたときには驚きと共に感動したものです。書店に置いてあるかも確認しに行きました。作者あるあるですね。
 それから間をおいて――現実がやってきます。

 ご存じの方は多いと思いますが、エンタメ市場では初速の売上が大変重要になります。書店の本棚スペースが限られているため売れてない本はどしどし返本されるという事情と、新刊がどしどし送られて埋もれてしまう状況によるものだと考えています。売れている書籍は追加がかかって増刷になり、売れていない書籍は返本によって在庫が消化できず積み上がってしまうんですね。初速の消化率でまだ置いていただけるかある程度予測できる、と。
 まぁ他にも事情はあるでしょうけど。
 そんなわけで初速が出て、担当さん含めた編集部が現実を知り、そして商売としての判断がくだされます。

「大変申し訳ありません……販売が思ったより伸びなかったため、どこかで終わりになります」

 打ち明けられた決定に私はいたく動揺――しませんでした。
 ネットの知識でなんとなく察していたからです。新人賞の数とその後の続刊率からも、かなり厳しい道であることは理解していました。
 しょうがない次にいこう次!と気持ちを切り替えます。
 とはいえ、これまでの備忘録に書いていたように2巻や3巻まで出させていただけることもあり、私は次の2巻執筆に取り掛かります。
 ここで「プロット」という設計図を渡すことになります。
 受賞作はすでに完成した作品があり、それを読めばいいわけですが、次巻からは作者の脳内にしか情報がありません。それを原稿にするのは時間がかかるし編集部の思惑と異なる可能性もあるので、概要や展開などをまとめて送り、それを元に打ち合わせを行って内容を固め、執筆となります。
 このプロットを作った経験がほぼなかった私は大変苦労しましたが、なんとか了承を経て執筆開始。
 しかしその後も、決められたスケジュール内に仕上げなければいけないプレッシャーと戦いつつ、プロットと違う!とお叱りをうけてやり直し、多すぎる削って!と言われてやり直しを繰り返し……らくらくとは程遠いヘロヘロ作家の有り様でした。
 皆さん、プロットは決定事項です。こっちのほうがいいかも?なんて安易に変えるのは止めましょう。どうしても変えたいならまず担当に相談しましょう。
 これが別分野の製作業だったら激怒ではすみません。仕様と違うものを納品してくるなんてありえないでしょ?私はそれが理解できていなかった、というか、小説が納品物だと捉えていませんでした。
 この感覚の違いが、プロとアマの境界線ではないかと思います。

 そんなこんなで2巻を書き終え、自分なりに作品にケジメをつけました。終わらせてあげられたのは嬉しいし、そのチャンスがあったことにも感謝しています。
 ただこれからの新人作家さんに伝えたいのは、「デビュー作こそ爪痕を残せるくらい必死に頑張れ」ということ。
 この後の話でも書きますが、次なんて約束されていません。
 次へつなげるための実績は、下駄を履かせてもらっているデビュー作で作っておくべきなんです。

音沙汰なしでも、水面下でもがいている

 自分のデビュー作が一段落する段階で、次回作への打ち合わせが始まります。
 アイデアをいくつか出して、担当さんが惹かれたものがあったらそれを膨らませ、企画会議に提出するためのブラッシュアップを行います。
 次回作の準備はこれを延々と繰り返します。
 アイデアを出すというのは3行程度のログラインを提出するということですが、最初はそれもまったく反応を得られませんでした。
 例として1つ出します。

  • 少年少女が「裏世界」に迷い込み、各々に能力が与えられ怪物と戦う。生きるためには怪物を倒さなければいけないが、ダメージを負うごとに自身も怪物になっていく。倒していたのは元人間だった。主人公はその事実を知りながら、ヒロインを救うため半身怪物になってでも戦いぬく。

 ……どうでしょう?読みたいですか?
 そうでもないですよね?
 だってこれ、どこかで見たことのある設定や展開でしかなく、これでは「作品の売り」がわかりません。
 ちょっと考えるだけでも「ガンツ」と似てるなとわかりますが、どこが違うとなると「倒した敵が元人間」のとこでしょう。でもただ倒す敵でしかないならそれこそガンツでいいわけです。「倒した敵が元人間」だからどうするのか?どういう作品になるのか?ということが書けていません。

 当時の自分は、悲愴感がありながらも読者の心を打つと作品だと思っていましたが、物語の一つの展開を切り抜いただけで、読者にとっては「で?」としか言いようがない。
 群像劇としての複雑な人間ドラマを見せたいのか、派手なバトルを見せたいのか、報われない悲恋で心を震わせたいのか――アプローチによって物語の書き方も結末も随分と変わります。
 この手のサバイバル系人間ドラマで面白いと思ったのは、「さよならの言い方なんて知らない。」という河野裕先生の作品です。能力と陣地という要素から炙り出される人間の本章と愛憎、駆け引きも心を打つ展開もありと、すごく魅力的な作品です。そういう「読みたい」と思わせるアピールポイントや、編集がキャッチコピーを書きやすい特徴を出せれば、上記のアイデアも反応があったかもしれません。
 あとは「86」というラノベが挙げられます。戦時中の不条理に翻弄される様々なキャラクターが登場する人間ドラマですが、そこにヒーロードラマと恋愛要素をうまくミックスしています。

 今だったら「怪物になっていくヒロインを救えず倒すしかなかった主人公の悲恋」か「自分以外を犠牲にして一度裏世界をクリアし開放された主人公だが、もう一度巻き込まれてしまう。今度はヒロインを守るため自分もヒロインも絶対にダメージを受けないよう戦い続ける極限バトル作品」とかにするかもしれません。
 ただ大前提として、ライトノベルには「流行」があります。これは「売れ線」とも呼べるでしょう。商業作品である以上、売れる作品が求められます。
 デビュー作では好き勝手に書けましたし、書いてよかったんです。
 しかし次はプロとして、明確に売れるということを意識しなければいけません。
 現時点なら、異世界転生や追放や悪役令嬢といったキーワードは訴求力が高く、これらを盛り込んだ作品を要求されることもあるでしょう。当時はまだラノベで異世界が取り上げられることは少なかったので、上記のようなダークファンタジーやSFも考えていただけましたが、今は異世界ファンタジーをベースにするという要求があってもおかしくありません。
 プロはクライアントの求めるものを汲みつつ、自分らしさや自分が書きたいこと・書けることをいかに出すかが腕の見せ所です。
 ――それができれば苦労はしねぇ!!

 ほんと、言うは易く行うは難し、です。プロの方々は「売れ線?そんなの知るか喰らえ!」でぶん殴ってくる圧倒的実力派か、「今の売れ線は研究した。俺の持ち札からはラブコメと追放を場に出し、おねショタイチャラブ最強スローライフを召喚してターンエンドだ!」でぶん殴ってくる分析型順応派のどちらかかな、と思います。
 それぞれ一長一短はありますが、自分に合った作家人生を模索するのも大切だと思うこの頃。

 そんなこんなでアイデアをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していくうちに、なんとなく求められているものが分かってきます。この段階まで来ると、やっぱりラノベとして商業化しやすいアイデアのほうがいいんだろうな、という気付きも得ます。
 いや、当たり前なんですけどね!? なんか自分ごとだとラノベっぽくなくてもいけるんちゃうか?って思っちゃうんです…。
 で、出したアイデアが以下。

  • 異世界学園ファンタジーにシャーマンキングとモンハンの要素をプラス。モンスターの魂を憑依することでそのモンスターの能力が使用できる。学園では、強いモンスターを倒して魂を従える優秀なシャーマンを育成している。落ちこぼれで貧乏な主人公はモンスターの魂が入手できずにいたが、偶然から地縛霊だった女騎士の魂と出会う。人間霊は能力はない代わりに生前の剣技が使えるようになる。主人公は成り上がるため、女騎士は生前の未練を解消するため、学園の猛者たちに挑んでいく。

 ――パクリじゃねぇか!
 違うんです誤解ですあくまで要素だしストーリーもキャラクターも全然違うし具体例があったほうが編集もイメージしやすいし企画書に書いてるだけだからぁ。
 まぁでも正直なところ、近い作品やライバルになりそうな作品は積極的に書いたほうがよいです。その方がイメージしやすいことはもちろん、担当さんが売れ行きや知名度を参考にすることもできます。それに同じ作品が好きだったら、それだけでぐっと解像度が上がり、話が弾みます。
 
「おっ、これ面白そうですね」

 いくつか送った案の中から、上記のアイデアに反応がありました。そこでこのアイデアを具体的に企画書の形で膨らませてみよう、と話が進みます。
 この作品を世に出すことを想像しながら、私は打ち合わせに臨みます。

続く
 

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