平気で生きること
「悟りといふ事は、いかなる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは違ひで、悟りと言う事はいかなる場合でも平気で生きて居ることであつた。」
(正岡子規『病状六尺』岩波文庫)
平気で生きること。
平気とは、平静、沈着、悠々たる、落ち着いた様子。
人生をヘーキで過ごしたことなどほとんどない。
10代、20代の頃は、生きることは辛すぎて、死ぬのはヘーキだと
本気で思っていた。
誰かの代わりに死んでもいいよ。
その代わりに誰か、私の人生を生きてね。
25歳の時、インドのバラナシで、
マザーテレサの『死を待つ人の家』に行った。
その家に一歩入ると、そこはひんやりしたした静かな空間。
漆黒の静かさに圧倒された。
部屋には、路上で死を待つ人々が運ばれ、最期をみんなで看取る。
最期の命を、慈しみ安らかに眠ってもらう家。
奉仕する人々は常に感染症などの危険と隣り合わせだ。
私は死を待つ人々の居る部屋のドアを閉めれなかった。
部屋が閉じるのが怖かったのだ。
みっともない自分を私は一生忘れないと誓った。
四の五の言わずに生きろ私。
リアルな死があの時よりずっと近くなってきた。
平気で死ねるかな?
死ぬまでに平気で生きれるようになりたいな。
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