僕のヒーローアカデミアから学ぶ人生戦略
まえがき
この文章は自分の思考整理の目的でつらつらと書いたものになります。
読みにくい可能性が大いにあるので、ご了承ください。
それでは本題に行こうと思います〜
「僕のヒーローアカデミア」という作品
皆さんは「僕のヒーローアカデミア」という作品を知っていますか?
この作品は週刊少年ジャンプの人気作品で、
人間はみな、何かしら個性(特異体質)を持って生まれるという設定で描かれているヒーローを題材とした作品です。
この物語の主人公「緑谷出久」は設定に反しているが、生まれながらに個性を持たない「無個性」人間。
皆が幼少期に「個性」を発現させている中、個性が発現せず中学生になっても無個性というところから物語は始まる。
物語はこの主人公が様々な経験を経て、ヒーローとして成長していく姿を様々な視点から描いている。
なぜ、この作品を取り上げてnoteを書くことにしたか
作品で取り上げられている「個性」とその周りにある葛藤が私が地が生活する社会における
・「何者かにならないといけない」という強い使命感
・生まれながらの資質や才能に劣等感や敗北感を感じている
などの点に似ていると感じたため、本作品を取り上げることにしました。
noteを書いている私も自己肯定感が低く、嫉妬や劣等感まみれの人間である。
そんな自分の悩みと描かれている葛藤が少し重なる部分があったのもこの作品を好きになった理由の1つであると言える。
以下では作品で描かれている様々な葛藤と主人公「緑谷出久」の成長、読者の私が作品を見て感じた「人生戦略」について書いていこうと思う。
主人公、「緑谷出久」の成長から読み取れる心理状況
まず、作品開始時の主人公の特徴を簡単にまとめた。
・無個性
・個性の発現を諦めているようで諦めきれていない
・ヒーローに対する執着
・周りから無個性であることを馬鹿にされて生きてきた
・憧れの存在が明確
主人公には自分を変えるきっかけがなかっただけで、そのきっかけを与えられてからの変化量はとんでもない。
元々、諦めの悪さ(執着)と明確な憧れを持っていたことが主人公を成長させた一番の要因なのではないかと考察する。
チャンスは準備された心にのみ降り立つ
という言葉があるが、その通りだと思う。
運が良かったというなんとなくの理由で済ますこともできるが、運の良さを引き寄せるのもまた準備された心なのではないだろうか?
また、主人公の努力を見ていて感じたのは、何かを身につけることは容易いことではないという事実である。
少し練習するだけで身につくくらいのスキルは、そこまで重宝されるスキルではない。
時間や手間隙をかけて身につけたものだからこそ、自分を守ってくれるスキルのなりうる。
その少し考えれば分かる事実を僕は見失っていたため、この作品を見たことでスキルに対する感覚が変わった。
もう1つ感じたことがある。
それは、与えられたチャンスをモノにするのも才能ということだ。
主人公は与えられたチャンスをモノにするハングリー精神を持ち合わせていた。
執着には良し悪しあるが、良く働いた場合には目標達成に一番近づく力だと感じる。
目的のためならどんなこともやる
そんな気概があれば目的が叶う可能性はゼロではないということを主人公が証明している作品ともいえるだろう。
作品が伝えたいメッセージは何かを汲み取ってみる
・自分を愛すること(大事にすること)
主人公もそうだが、主人公の周りにいるキャラも自分自身の弱さと戦う描写が多く描かれている。
それを自己肯定や自己理解で解決していることが多かった。
他者と自分を比較しないとも言い換えられるこの力は自分を守るためには必要不可欠の力だと思う。
・「誰かのため」という大義名分はなくてもいい
自分のために行動するのが人間だ。
自分のために行動した先に誰かを救っているのが一番好ましい形である。
見返りを求めて人を救っても、それは真の自分の行動ではなく第三者が描いた都合の良い人間像になりきっているに過ぎない。
善と悪は表裏一体、誰かの善は誰かにとって悪だ。
自分の行いを他者のリアクションありきで決めるのは本当に幸せだといえるだろうか?
わがままや自分勝手を嫌う人も、生きていればどこかでわがままや自分勝手を通して生きている。
それが人間だ。
幸せになるためには自分を偽らないこと、自分の行いが誰かにとって良いとか悪いとかはやる前から考えないこと。
誰かの望む人生を描かなくてもいいのだと理解し、歩き始めることで人生は明るく、どうにでも変えられるということを感じられるだろう。
ただのいい人で終わる人生なんてつまらないだろう。
最後に
僕の視点からこの「僕のヒーローアカデミア」という作品を取り上げて書いてきたが、読者に伝えたいメッセージがあってこのnoteを書き始めた。
それは、他者比較と自己否定がもたらす、パフォーマンス低下である。
冒頭でも書いたが、これを書いている僕自身もかなり自己肯定感が低く、他者に対する嫉妬から来る劣等感まみれの人間であった。
おそらく、これが全くなくなることはないと思っている。
事実、学生時代からたくさんの本を読んだり、人の話を聞いたりしたが根本の性格や考え方が大きく変わることはなかった。
人間は簡単には変わりません。
長い年月がかかるかもしれないが人間を変える要素があるとすれば、「人的要因」と「環境要因」の2つだけ。
仮に宝くじで巨額の富を手に入れても、好きなこといくらでもやっていいよと莫大な時間を与えられても人は変わりません。
お金や時間は「人的要因」と「環境要因」を後押しする付属物に過ぎないと私は思います。
それを理解しないまま、とりあえずお金を持って、時間を費やせば自分は成長できるはずという考えを持っていました。
それは間違っていると気がつかせてくれたのも、「人的要因」である人と「環境要因」である居場所でした。
もし、今他者比較と自己否定で苦しんでいる人がいるのなら隠さずに公言することをオススメします。
全てをさらけ出してもこれまで通り、自分の周りにいてくれる人があなたにとって「大事な人」です。
あなたが少し変わっただけであなたの周りからいなくなってしまう人はあなたにそこまで興味がなかった人です。
言い換えると、あなたが大事にするべき対象ではありません。
人間は欲深いので多くの人間から好かれることを望みます。
ただ、100人中100人から好かれるのは不可能です。
これまで会った人を無作為に100人選んでその全員を好いているか?
この問いを自分に投げかけた時に答えは誰にでも分かるはずです。
その事実を知っていながらも、できるだけ多くの人に好かれそうと行動してしまうんです。
・承認欲求を満たすため
・マウンティングするため
など理由は様々ありますが、それをすることで幸せになった気でいますが、それは本当の幸せではありません。
多くの人に好かれることではなく、自分の周りにいる人を大切にすること
マウンティングをするのではなく、他者と自分の違いを楽しむこと
これができてこそ、人生は豊かになってきます。
人生は大きなことを成し遂げなくても、いいんです。
法の範囲内ではありますが、自分が幸せであればそれでいいんです。
誰になんと言われようと、それがあなたが出した正解なんです。
そんなことをアニメから学んだ24歳の夏なのでした。
おしまい
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