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緊急支援策のタイムリミット

 政府の緊急経済対策をうけて,経済政策をめぐる議論が活発に行われています.その規模への問題,あまりにも限定的な家計給付などその問題を指摘する声は強いです.
 その一方で,下記の記事でも指摘したように,政府の経済対策メニューはメディアが報じるものよりも多様です.今後の運用次第で,一定の成果を期待できるものも少なくありません.

「どう運用すれば一定の成果を期待できる」のか――一言でいうとそのスピード感が重要です.

……とここまでは多くの論考が指摘するところでしょう.倒産してしまったビジネスはとりもどせないのです.その一方で,どのくらいのスピード感が必要なのでしょう.

中小企業の緊急支払い能力

 ここでは中小企業の資金的な余裕を概観してみましょう.使用するデータは法人企業統計です.経済対策として無条件での給付,幅広い緊急融資が必要になるのは家賃や借入金の返済といった,売り上げとは無関係に迫られる支払いがあるためです.
 そこで,

その気になれば支払いに用いることができる資産(高流動性資産)
=現預金+有価証券

と想定して,資本金1000万円~5000万円の企業が売上何か月分の「蓄え」があるかを計算しました.

すると,目下営業自粛呼びかけなどからの影響が大きい業態については,

・飲食サービス業 1.27月
・娯楽業 2.14ヵ月
・宿泊業 2.36ヵ月

となっています.ちなみに娯楽業の定義は「映画館、興行場、興行団、競輪・競馬等の競走場、競技団、スポーツ施設提供業、公園、遊園地、遊戯場、その他の娯楽業」.

つまりは,飲食サービス業の中小企業はひと月売り上げがないと資金ショートを起こすということです.閑散期・繁忙期の入れ替わりが激しい宿泊業についても二ヵ月売り上げがない(または現在報告されている売上7-8割減が三ヵ月続くと)資金ショートに陥る可能性がある.
 注意点は,これらが平均であるということ.高流動性資産はマイナスにはなりようがない一方で,ものすごく蓄えが多い企業もあるでしょう.そのため,中央値はもっと低いと考えられます.

とにかく飲食サービスへの融資・給付は急がないといけない.廃業・倒産してからでは間に合わないのです.

自己責任論では語れない

 このように整理すると,「十分な準備をしていないのが悪い」「ひと月分の蓄えしかないなんて経営者失格だ」みたいな自己責任論が出てくるかもしれません.しかしですね……飲食サービス業の「高流動性資産÷月売上」比率は

資本金5000万円未満 1.27
資本金5000万円~1億円 1.28
資本金1億円以上 1.29

と経営規模とほとんど関係ありません.飲食サービスという業態そのものの特性から,通常時は急な支払いに対しては一般的に売上ひと月分で十分な準備と考えている企業がほとんどなのです.
 飲食サービス業は日銭商売です.(繰り返しますが平常時)店を開けばいくばくかの金は入ってくる.そのため,過剰に手元に現預金を積んでおくことは非効率的でさえあるのです.
 同様の理由から小売業や陸運業(バス・タクシーなど)もこの高流動資産倍率が2を切っています.一方で,運転資金や在庫の課題が大きい製造業や不動産業はこの倍率が高くなっています.

保険提供者としての政府

 このような非常時に業界内で一般的な水準の備えをしていた企業を責めるのはお門違いでしょう.さらに,ここまでの未曽有の危機まで想定して各企業が現預金や市場性の有価証券をため込む……のは効率的ではありません.このような問題に対しては貯蓄ではなく保険で対処すべきです.
 さて,数十年に一度,なんなら百年に一度の非常事態に備えた保険なんてどこで売っているのでしょう? 売ってはいませんが,みんな強制加入してませんか? このような事態に対して十分な支援ができる(ようは保険金給付ができる)のは政府しかない.そして,このような民間では決して対応できない保険を提供することも財政,もっと言えば国家の大きな機能なのではないでしょうか?

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