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表象文化研究とは

専門の表象文化研究について質問を受けることがある。従来の文学研究は言語表象のみを扱っていたが、表象文化研究は表象全般を扱う複合領域の文化研究である。

表象とは何か。桜島を見たことがない人に、桜島について説明するとしよう。言葉で説明する人もいれば、絵に描いて説明する人もいるだろう。現代であれば、写真や映像の力に頼るのが最も簡便な方法かもしれない。このように、現物を提示するのではなく、何か他のメディア(媒体)を使って再提示することを表象という。表象は再現、代行を表すリプレゼンテーションの訳語である。

表象文化研究においては、表象を取り巻く文脈(コンテクスト)が重要となる。例えば、「モナリザ」という作品(テクスト)に接する場合、それはパリのルーヴル美術館に飾られている「モナリザ」なのか、レオナルド・ダ・ヴィンチ作品集に収められた図版の「モナリザ」なのか、インターネット検索でモニター画面に表示される「モナリザ」なのかによって意味合いは大きく異なる。

さらに言えば、ルーヴル美術館自体が美術史について語る一つの表象装置に他ならないし、パリという都市自体が無数の表象で埋め尽くされた巨大な表象装置なのである。そもそも美術館に展示された作品を見るという受容態度そのものが19世紀ヨーロッパの発明である。鑑賞者が抽象的な時空で作品と対峙することなどありえない。

表象の生産・流通・受容は20世紀の複製技術の発達によって新たな段階を迎えた。表象の大量生産および大量消費である。さらに過去20年間のデジタル複製技術の発達によって表象と私たちとの関係は根本的に変化している。あらゆる表象が電子化されているのである。

表象文化研究は、表象が置かれた関係性の磁場を明らかにしつつ、芸術表象、文化表象について考察する新たな学問領域である。人文学の知の新たな地平を切り拓くことが期待されている。

2012年1月18日(南日本新聞コラム「南点」掲載)