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Idiots

2021年10月4日(月) 晴れ
布団を干した。ベランダのアサガオが日陰にならないように注意しながら。俺のiPhoneには「Idiots」と名付けられたフォルダがあって、そこにはバンドを通じて出会った友人たちとの写真が収められている。今日はそのIdiotsのうち2人と会う約束になっていた。自宅に友人を招くのは久しぶりなので、いつもよりも念入りに部屋片づけをした。崎陽軒のシウマイを用意して待ち合わせの時間を待った。

ズキスズキ。彼はpotekomuzinというバンドをやっていて、2011年頃に下北沢屋根裏で初めて出会った。共通の友人にトレモロランプというバンドがいて、その企画ライヴで一緒になったのだ。そのときの俺はドラマー不在のままバンド活動を継続していて、しかたなく自分でドラムスを叩きながら歌を歌っていた。ドラムスと言っても、タムとシンバルだけを並べた簡素なもので、カセットテープの音源を流しながらそれに合わせて叩くという方法を取っていた。俺はその頃まだ精神的な浮き沈みが激しかったし、バンドも楽しめなくてとにかく何もかも辞めたかった。その気持ちを自分自身で素直に受け止めることができず、感情的な解離を感じながら活動を続けていた。
そんなときに初めて出会って、ズキスズキが話しかけてくれたのをきっかけに今でも関係が続いている。10年。そのあいだ俺はバンド活動を停止していた時期もあったし、仕事に就いていない時期もあった。俺は自分に何の価値も無いように感じていたから、友人と会うときも鬱屈した気持ちがあった。こんな自分と会って何が楽しいんだろう、何の得があるんだろうと不思議に思っていた。そんな俺の卑屈さを気にもとめず、いつでも変わらずに連絡をくれる存在がいたことを俺はとてもありがたく思っている。そのうちの一人がズキスズキで、俺の新しいアルバム完成のお祝いを兼ねて、久しぶりに横浜で会うこととなった。2021年の話だ。

そしてもう一人、花池くんが遅れてやってくる。彼は左右というバンドをやっている。彼と初めて出会ったのはズキスズキと出会うよりももう少しだけ昔のことで、それはmixiというソーシャルネットワーキングサービスを通じてだった。2009年頃の話だ。俺のバンドにはまだドラマーがいたし、彼のバンドにはまだ名前もなかった。mixiの日記を読むことでお互いに理解を深めていった。音楽よりも先に文章があった。いまこうやってnote に文章を綴っているのにも花池くんからの影響があるし、かたちを変えてmixiの続きをやっているだけなのだと思っている。
しかし、25人ほどいた俺のマイミクは今やそのほとんどが音信不通で、元気にしているかもどうかわからない。そもそも俺は、人間関係はどんなものでもいつか必ず壊れるものだと思っていた。その「いつか」がなかなか来ないとじれったくて、たまに自分から壊してしまいたくなることもあるくらいだ。にもかかわらず、もう10年以上も続いている友人関係がここにあるってことは、どうやら間違っていたのは俺の方だったのかもしれない。

集まるのも早ければ解散するのも早い。13時に待ち合わせた俺たちは、気づけば西陽に照らされて目を細めていた。戦車を作れるほどビールの空き缶が積み上がっている。日が暮れるまで話をしたあと、横浜駅までズキスズキを送ることにした。晴れていて風があって、歩いているだけで気分が良かった。「自分がいま何歳だと思う?」と、俺は振り向いて二人に聞いた。ズキスズキは「小6」と、花池くんは「27」と答えた。「なんだか高校からの帰り道にいるような気がするよ」と俺は言った。2021年10月4日。34歳だった。

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