【エッセイ】息子は、私たちを育ててくれた。
1993年10月11日。私は電器店の一角で、ビデオカメラを手にしていた。にやけた顔して子どもを撮影しているような親父にはなりたくなかった。正直、バカじゃねえか、とさえ思っていた。ところがどうだ。息子が生まれた次の日に、しっかりとビデオカメラを握りしめていたのだ。あちぁ〜、である。親とはこんなものなのか。そんな自分を認めたくないながらも、せっせと撮影し続ける自分を素直に受け入れていた。
我が息子は「翔馬(しょうま)」と名付けた。嫁が、である。私は女の子が欲しかったので、嫁に任