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小説「千夏の絵の中で」第二話~部活の帰り道~

春の陽光が差し込む通学路を歩いていた。桜丘高校の1年生、山田太郎と岩崎優香は、吹奏楽部の練習を終えて帰る最中だった。

二人はかつて中学時代から同じ部活に所属し、仲良しの同級生。今でも学校から自宅までの道のりを一緒に歩くのが習慣となっていた。

「ねえ太郎くん、さっき美術室で千夏さんと何話してたの?」

優香が好奇心たっぷりに尋ねる。二人の仲は友人以上の何かを感じさせる。

「ああ、千夏さんが絵を描いてたから、ちょっとね」

太郎は控えめに答える。部活の後は別々の方向に歩いて帰るのが自然な二人だが、今日はその流れが変わりそうだ。

「ちょっと? 部活に遅れるくらい、たくさんお話してたみたいですけどぉ?」

優香はからかうように太郎を責める。その物言いには、微かな嫌味さが滲んでいる。

「え? い、いや、そうじゃなくて。絵の話をしただけなんです。特に長く話したわけじゃないんで」

太郎は自分の気持ちがよくわからない様子で答える。二人の間に微妙な空気感が流れている。

「ふーん、そうなんだ。でも、千夏さんと二人きりだったんだから、もっと仲良く話せたかもしれないのに」

優香の言葉に、太郎はあわてて反応する。

「そ、そういうつもりじゃないんです! 私は...」

二人の仲は複雑さを秘めているようだった。

遠くから響く時計の音に、優香はふと気づいたように言う。

「じゃあ、ここで。また明日ね、太郎くん!」

「ああ、うん。じゃあね、優香さん」

そう言って、二人はそれぞれの方向に歩いていった。

太郎は優香と別れ、独りで歩いて自宅へと向かった。リビングに入ると、父の和也がビールを手にリラックスしてソファに座り、テレビに視線を落としていた。和也の表情は少し思索にふけるような様子で、太郎はそれを察して声をかける。

「ただいま。どうしたの、父さん?」

和也は少し驚いたように太郎を見上げ、ため息をついた。

「ああ、太郎か。別に、会社の上司のことで頭がいっぱいでな」

父の心配げな表情に、太郎は少し気がかりそうな様子で聞き返した。

「会社の上司? 何かあったの?」

「あぁ、ちょっとな。ところで太郎。学校はどうだった?」和也は話をそらすように太郎に質問した。

「ああ、いつものようにね」と太郎は簡潔に答え、さらに進んでキッチンへ向かった。

「太郎、夕飯出来てるよ。手を洗ったらすぐ食べなさい」と京子が呼びかけた。

「はいはい、わかったよ」と太郎は応じ、そのまま洗面所へと消えていった。

夕食の時間を過ごした後、太郎は自室に戻った。散らかった机の上には開かれた教科書とノートが広がり、外は真っ暗でカーテンを閉めた部屋に、わずかに外の月明かりが差し込んでいる。

太郎は数学の問題に集中して取り組んでいた。しかし、そんな彼の平穏な時間を、突然の着信音が遮った。携帯の画面に映し出されたのは、クラスメイトでサッカー部の宮田からのものだった。

「もしもし、宮田?」

「太郎、すまない。急に電話で。」

太郎は少し驚きながらも、「いや、大丈夫だよ。どうしたの?」と返した。

宮田の声には緊張が隠れているようだった。「実はさ今日、学校でお前が美術室で千夏さんと話してるのを見たんだけど…」

「ああ、ちょっとね」と太郎は答えた。

「そうか。太郎は千夏さんのことどう思ってるの?」宮田の質問が、空気を一層緊迫させた。

「どうって、千夏さんは従妹で、昔からよく遊んでたし、お姉さんみたいなもんだよ」と太郎は素直に答えた。

その返答に、宮田の声のトーンが変わり、「お姉さんか。なるほどな」と言い、明るくなった。

「実は俺、千夏さんのこと好きなんだ。」

太郎は「えっ!? そうなの?」と驚いた声をあげた。

「ああ、でもお前と千夏さんが仲良く話してるのを見て、ちょっと気になっちゃってな」と宮田は続けた。

「いや、別にそんな感じじゃないから心配しないで」
と太田は返事をした。

宮田は少し安堵したように、「そっか。俺、千夏さんと仲良くなりたいんだ。できればお前にも協力してほしいんだけど」

宮田の頼みに、太郎は少し戸惑った様子だった。

「うーん、宮田...俺はそこまで、よくわからないんだけどなぁ。千夏さんのこと。」

太郎は曖昧な返事をする。宮田はそれを協力的に受け取ったようで、嬉しそうに言った。

「そっか、ありがとな太郎! じゃあ、これからよろしくな」

そう言って、宮田は電話を切った。

宮田から見れば、太郎の曖昧な表現は協力的に受け止められたようだ。

電話の後、部屋の静寂が戻ってきた。

太郎は恋愛についてはあまり分かっていなかった。宮田の告白とお願いが心に重くのしかかり、どう対応すれば友情を傷つけずにすむのか、悩んでいた。部屋の静けさの中で、彼はこれから何をすればいいのかじっくり考えていた。

「明日、千夏さんと話してみるか…」彼はそっと自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

つづく

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