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小説「千夏の絵の中で」第一話~春の誘惑~

【第一話】

春の陽光が差し込む桜丘高校の教室。高校1年生の山田太郎は、隣に座る岩崎優香と楽しく会話していた。

太郎と優香は中学時代からの友達。部活が中学から一緒だったので、高校でもたまたま同じ学校に入学した仲良しの同級生だ。

「太郎くん、さっきの課題、どうやって解いた?」優香が尋ねる。

「ああ、一生懸命やったけど、わからない部分もあったんだ」太郎が答える。

「そう? 一緒に考えましょう。頑張りましょうね!」優香は笑顔で言葉を贈った。

楽しげに会話を交わす二人だったが、そこへ上級生の山口剛が乱入してきた。

「おーい、太郎! 音楽部の練習遅刻しそうだぞ。早く来い」剛は太郎を嘲笑うように見下ろす。内気な性格の太郎は、言い返せずに謝罪する。

すると、優香が剛に詰め寄る。
「剛先輩、太郎くんをいじめないでください!」

優香の懸命な抗議に、剛は鼻を鳴らして教室から出ていった。

太郎は上級生に馬鹿にされ、恥ずかしさと屈辱感を感じていた。優香は太郎を心配そうに見つめる。

「大丈夫? あの剛先輩、ほんと酷いよね」
「でも、俺も言い返せなくて...」
「そんなの関係ないわ。あなたは何も悪いことしてないのに」

太郎は感謝の気持ちを伝えるように頷いた。

「さ、行きましょう。一緒に部活頑張りましょう」
優香が太郎に声をかける。二人は吹奏楽部に向かって教室を後にした。

そして、途中の廊下で太郎は足を止めた。美術室の入り口から、従妹の千夏が絵を描いているのが見えたからだ。

「優香さん。先に行っていてください。少し用事があるので」
「えっ? でも、太郎くん」
「ちょっと寄り道するだけなので」

太郎は足を止め、千夏の様子を見つめる。油絵には、年老いた夫婦の姿が優しげに描かれていた。二人は寄り添うように微笑んでおり、まるで幸せそうな雰囲気が漂っている。

絵の中の人々の表情から、太郎は何か温かな感情を抱え始めていた。

千夏は絵筆を操りながら、じっと作品に見入っている。しかしその表情には、どこか儚げな影が落ちているようにも見えた。

「あら、太郎くん。学校生活はもう慣れてきた?」

千夏は優しげな口調で太郎に声をかけた。絵筆を走らせながら、彼女の表情には複雑な思いが滲んでいる。

太郎の従妹である千夏は、同じ桜丘高校の3年生だ。かつては二人が家族ぐるみで付き合っていたが、数年前に千夏が別の街に引っ越してから、疎遠な関係になっていた。

千夏は落ち着いた雰囲気を持ち、時折ミステリアスな一面も覗かせる美人な女性だ。絵を描くことが得意で、太郎も幼い頃から千夏の絵の素晴らしさに魅了されてきた。

「はい、少しずつ慣れてきました」

太郎は控えめに言葉を返す。
「この絵、千夏さんが描いたんですか?」

太郎は絵の中の優しげな夫婦の姿を見つめながら、千夏に質問した。

「ええ、そうよ。この近所に住んでいるご夫婦なの。二人に頼まれて描いたのよ。」

千夏は優しく答える。絵筆を走らせながら、彼女の表情には複雑な思いが滲んでいる。

「そうなんですか。二人、とても幸せそうに見えますね。見ていると絵に吸い込まれそうになります」

太郎は絵の中の優しげな夫婦の姿を見つめながら、そう言った。

「ふふ、それは逆ね」

千夏は不敵な笑みを浮かべた。

「え? どういうことですか?」

太郎は、ぎょっとして聞き返した。

「部活、大丈夫なの?」

千夏の言葉に、太郎は慌てた様子で答える。

「あ、そうだ。遅刻だ!」

先に行っている優香のことを思い出し、太郎は一度千夏に別れを告げて廊下を駆け出した。

背中に感じる千夏の視線に、太郎の心は揺れ動いていた。あの絵と千夏の奇妙な言葉が、どうしても頭から離れない。

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