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春の雨

雨が降りしきる夜、大学キャンパスの古びたカフェに美咲と直樹は座っていた。窓の外で雨粒が跳ねる音だけが、二人の間の緊張を際立たせていた。直樹の表情は硬く、何かを言い出すのを躊躇っているように見えた。美咲は、直樹がいつもと違うことに気づき、不安が心をよぎった。

直樹は深いため息をつき、ついに口を開いた。「美咲、俺たち、少し距離を置こうか。」

美咲の心臓が一瞬で冷たく凍りついた。「どうして?私、何か間違ったことした?」

「いや、お前のせいじゃない。俺の気持ちが変わったわけじゃないんだ。ただ、俺、自分のことで精一杯で…」直樹の言葉は曖昧で、自身でも説得力がないことを知っているようだった。

美咲は必死に理解しようとしたが、直樹の言葉からは理由が見えてこなかった。「でも、私たち、一緒にいればいいこともあるし、支え合えるって話したじゃない。なんで?」

直樹は目を逸らし、言葉を選んでいるようだった。「ごめん、美咲。俺、今は誰ともいるべきじゃないと思うんだ。俺の問題で、お前を巻き込みたくない。」

その言葉は美咲の心をえぐり、涙が頬を伝った。直樹は何も言わず、ただそっと手を握り、カフェを後にした。

雨の中、美咲は一人で帰路についた。雨粒が肌を打つたびに、心の痛みが増すようだった。直樹との時間、共有した夢、語り合った未来―すべてが急に遠い過去のものになってしまった。足元の水たまりを見つめながら、美咲は自分がどれだけ直樹を愛していたか、そして今、その愛がどれほどの痛みをもたらしているかを痛感した。

雨はますます激しくなり、美咲の視界をぼやけさせた。それと同時に、彼女の心の中には、失われた愛の重さと、それを乗り越えなければならない現実の重さがじわじわと沈んでいった。

この瞬間、美咲は自分が一人で立ち向かわなければならない新たな始まりに立っていることを知った。雨が彼女の涙と混ざり合い、一つの悲しいメロディを奏でていた。

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