瑞原選手、あるいはおれの話

ここ一二年、テレビというものをほとんど見なくなった。理由は特にない、なんとなくだ。たまにつければ面白かったり下らなかったりするけれど、いずれそれほどの興味はない。

だが現在、日曜の午後11時には必ずテレビの前に座っている。なぜならTVKで「新世紀エヴァンゲリオン」の再放送をやっているからだ。

もちろん、こんなもんすでに100万回見ている。「同じコンテンツを何回も見る」のは明らかに退化であり、老人の所業である、そんなことはわかっている。でも好きなんだから仕方ない。

その「エヴァ」の放送開始から25年だが、江戸幕府が崩壊してから数えても、まだ150年らしい。我々もずいぶん長く生きてしまったものだ。


ちょうどその江戸幕府がぶっ倒れた頃だっただろうか、おれも「麻雀プロ」を名乗っていた時代がある。マグレでデカいタイトル獲って、当時は数少なかったテレビ放送にも出させてもらっていた。

スクリーンショット (58)

なんかすごい恰好してるな、フリルついてるぞ。

だがこれはまだマシなほうで、基本的にはもっと狂人じみた見てくれで電波に乗っていたのだ、ありがとうございます。もう老人なので、今はもちろんこんな格好はしない。


ちょうどこの写真のとき、おれにこんな手が入った。

スクリーンショット (57)


対局相手は、当時プロ連盟に所属していた多井隆晴選手、仁平宣明選手、最高位戦の宇野公介選手。ちなみに宇野選手は、おれの行きつけの吉祥寺の場末のバーで唯一出禁を食らった男として界隈では有名だ。これを読んだみんなも場末のバーに来てほしい、最高位を獲りそこねた男がマスターの店だ。ノーチャージだよ!



なんの話であったか。

そう、150年ぶりにこのシーンを見返してみたところ、ここからけっこう時間を使って2mを切っていた。

「2mを切るのがいい」のはパッと見でわかる。なにに時間を使っていたかというと、当然待ちの確認だ。それほど難しい形ではないが、万が一にもテレビ対局で間違いを犯したくないと思い、慎重になってしまった。


結果はこう。

スクリーンショット (59)

どや!

テロップにピンフが抜けてるのはご愛敬、あってもなくても同じ点数だ。リーチしてりゃ三倍満だよ、ツイてねえ!


親倍ツモって楽勝のトップ、勝ったやつの面で控室に戻ったのだが、ここで背筋が寒くなった。

誰と会話したのかは忘れたが、「147m369mでしょ、そりゃツモるよね!」みたいな話をした。

マジかよ。

おれは、てっきり「47m369m」だと思っていたのだ。「4があるんだから1もあるかもしれない」と普通なら考えるだろう。だがそのときは、カパっと抜けていた。思いもしなかった。

もしおれのツモった6mが1mであったなら、あるいは誰かから1mがこぼれても。

おれは大恥をかいていた。

おれが大恥をかかなくて済んだのは、単に偶々それが6mだったからに過ぎない。そして同じように、おれがメンチンを見逃してしまうことも、ありうべき結末の一つとして、たしかに存在していたのだ。

そういうことも、起こり得る




スクリーンショット (61)

瑞原選手は、この直後に打たれた8sを見逃してしまった。

言い訳はきかない、待ちを見落としただけの凡ミスである。当然批判されるし、されるべきだし、彼女もそれを受け入れなければならない。

だけど、と思う。

そういうことは、起こり得るのだ。おそらく、いつなんどき、誰にでも。


もちろんおれと彼女では、時代も戦っている舞台も違う。見ているファンの数も桁違いであろう。また、「おれでも間違えるんだから仕方ない」みたいなことが言いたいわけでは断じてない。

ただ、おれが6mをツモったのと、彼女が8sを見逃してしまったのは、同じことなのだ。たまたまわかっていた方が出たか、たまたまわからないほうが出たかの差に過ぎない。


この件をもって、彼女の雀力をせめる向きも当然あるだろう。それも批判の一つであるし、言われるのは仕方のないことだ。あるいはMリーグ全体のレベル、という話にまでなるかもしれない。

たしかに、Mリーグは実力的な意味での「トッププロ」の戦いではないかもしれない。芸能人がサクっとプロ入りして出場しているような場所が、「麻雀プロ」の代表として衆目に晒されるのをおもしろくない、と思う人もいるだろうし、その気持ちもわからないではない。


でも、正直に言えば、おれはそんなのどうでもいいと思っている。

今は、まだ小さい種火かもしれないこの火を、消さないことが大事だと思うのだ。キャラクター重視だろうがなんだろうが構わない、続けることこそに意味があると思う。それが、その先にある、10年か20年か150年かわからないけれど、誰かが望んだ真の「トッププロ」による戦いに繋がっていく可能性。


彼も、あるいは彼女も、その未来のための捨て石なのかもしれない。

将来、一億円プレイヤーが何人も出て、「昔はみんな400万だったのに」とか言う未来。それは夢物語であると同時に、ありうべき未来でもある。

「だから批判するな」なんて言いたいんじゃない。ただ、おれは期待したいだけなのだ。麻雀の未来に。



瑞原選手に「気にするな」なんて言うのは無粋すぎるし、そもそも無理な話だ、気にするに決まっている。

おそらく彼女は、一生忘れないだろう。

Mリーグがむなしく空に散り、瑞原選手も麻雀プロやめて、蒲田あたりでうらぶれたスナックなんか始めて、客の薄汚れたおっさんに「アタシは昔麻雀プロやっててさ、メンチンの待ちがわからなくて見逃しちゃったのよ、アハハ!」とか酒灼けした声で言うかもしれない。どんな未来があるかはわからない、でも一生忘れないだろう。


だからどう、という話でもない。「頑張って」というのも違う気がする。でも、そういうことは起こり得るのだ、と思った。









今回は瑞原さんのお話でしたが、おれの推しは変わらず白鳥選手魚谷選手です!

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