週刊iGEM第三号『日本の合成生物学者紹介①~末次正幸教授~』

はじめに

 週刊iGEM第三号ということで今回は、日本の合成生物学者紹介シリーズ第一弾、立教大学理学部生命理学科末次正幸教授をご紹介させていただきます。
 末次教授は九州大学大学院にて薬学の博士号を取得したのちニューカッスル大学博士研究員などを経て2013年に立教大学理学部生命理学科准教授に着任され、2020年から現職に就かれました。また2018年に開発されたRA-RCR法の商業化を目指すオリシロジェノミクスを共同で設立されました。今年1月にモデルナが世界で初めて買収した企業がオリシロジェノミクスであったことからも、末次教授の開発されたRA-RCR法のインパクトが伝わるかと思います。

 今回は論文や著書をもとに、合成生物学を詳しくない方にも末次教授の研究が分かるようにご紹介できたらと思います。
 そして最後には末次教授へのインタビュー内容も記載させていただいております。末次教授におかれましては、お忙しい中のご協力誠にありがとうございました。

末次教授の研究テーマ

 末次教授の目指していることと末次教授の開発されたRA-RCR法、大腸菌内でのゲノム分割についてご紹介させていただきます。

・末次教授の目指していること
 末次教授は、「生命を人工的に創り出す」ことを目指されています。これは末次教授に限らず、現在の合成生物学の頂点の1つとして世界中の研究者が取り組んでいる課題になります。有名なものはJohn Craig Venterらの研究などがありますが、それは今後紹介させていただきます。
 では生命の定義とは何でしょうか?末次教授は「自己複製して進化するもの」としています(NASAも同じ定義です)。
 まとめると、末次教授は「自己複製して進化するものを人工的に創り出す」ことを目指されています。
 これを達成することによって、生命は進化することで危機的な局面を乗り越えてきましたが、 その自己複製能と進化能をエンジニアリングして有効利用できれば、 「バイオテクノロジーによる地球規模の課題解決」につながるのではと考えられているのです!
 方法は二つあり、一つが複製装置や転写翻訳装置などを試験管内で組み上げていくボトムアップアプローチ、もう一つがゲノムを合成して生きた細胞に移植するトップダウンアプローチです。
 今回はボトムアップアプローチであるRA-RCR法とトップダウンアプローチである大腸菌内でのゲノム分割とスワッピングについてご紹介させていただきます。

・RA-RCR法
 RA-RCR系は50種を超えるDNA断片を連結可能な要素技術であるRA(Recombination Assembly)法と200kbを超える長鎖環状DNAを正確かつ高速で増幅可能な要素技術であるRCR(Replication Cycle Reaction)法の2つから成り立っています(いきなりネット記事で見る漢字の量じゃないですね…)。

 詳細について説明する前に、まずは背景から説明していきましょう。
 先ほどゲノムを合成して生きた細胞に移植するトップダウンアプローチといった話をしましたが、ここではソフトウェアとしてのゲノムとハードウェアとしての細胞という考えが大事になってきます。ゲノムは設計図だ、といった話は高校生物でも習うかと思いますが、ニュアンス的には同じですね。
 では、ゲノムDNAを人工合成して細胞に”インストール”することで人工的な細胞を創生することはできるのでしょうか?
 これが可能であれば人工細胞ができたといっても良いと思うのですが、実は細菌レベルでは成功しています。しかしながら一般的な原核細胞やそれ以上の細胞になると難易度は非常に高いです。原因は様々あるのですが、既存の長鎖DNA合成には問題点が複数あることが挙げられます。それを打開して、ゲノムレベルの長鎖DNA合成技術の作製に成功したら大きな第一歩になることが期待されていたわけですね!
 ではここで、既存のDNA合成技術についてご紹介させていただきます。従来、長鎖DNAは直接化学合成されるのではなく、数十塩基の短い一本鎖のオリゴDNAを集積し、数段階のステップを経て合成されます。ただしこれは150塩基が限度です。さらなるサイズのDNAを合成するためにはPCA法が用いられるのですが、これも2000~3000塩基が限度、GC(グアニン・シトシン)含有数が低すぎる・高すぎる配列、繰り返し配列がある塩基では使えない、数百塩基に1つのエラーが起きるなど問題点が非常に多いです。ここで完全に正しい塩基配列を持つDNAフラグメントを得るためには、大腸菌を用いたクローニングが用いられます(遺伝子合成サービスは基本これです)。先ほどPCA法が2000~3000塩基合成できると書きましたが、モデル生物の大腸菌ですらゲノムサイズは460万塩基対です。このようなサイズの長鎖DNAを合成するためには、大腸菌や出芽酵母を宿主としてDNA組み換えが用いられるわけですが、生きた細胞を使うため手間と異種DNA配列の宿主細胞に対する毒性の課題などが付きまといます(ここら辺の技術はCrimsonNinjas_jpが本実験をやる予定の夏休みあたりに画像や動画(できれば)を使ってうまく解説したいものです)。
 そこで開発されたのがCell-freeでの長鎖DNAクローニング技術であるRA-RCR法です(Cell-freeとは試験管内と思ってくれれば分かりやすいかと思います、Cell-free System (無細胞系) とは? (yomogy.com)こちらがうまくまとまっています)。
 最初に書いた難しい漢字を分かりやすくすると、RA法とは、大腸菌の相同組み換えシステムを試験管内で再現し、DNA断片を設計通りに正しく連結・集積する、多断片DNAの同時連結法。RCR法とは、大腸菌の複製システムを試験管内で再現し、200kb(20万塩基)を超える長鎖環状DNAの増幅を可能にする、長鎖DNAの等温増幅法。といった風になります。RA法とRCR法が合わさることによって、連結と増幅の2stepの等温反応でDNA断片からの長鎖DNAのクローニングができるようになるというわけです。
 RCR法に関してはもう少し詳細をご紹介させていただきますと、大腸菌はoriCと呼ばれる複製起点を持っています。これをスタート地点とした試験管内でのDNA複製は既に成功していました。しかしながら、そのシステムを繰り返す機構というのは成功していなかったのです。成功したら増幅技術にはもちろんなりますし、末次教授の目標である自己複製して進化するものの作製の第一歩であるゲノム(生命のソフトウェア)の自己複製ができるようになります。そのための繰り返しに必要な因子を末次教授は発見されました。
 また増幅技術として何が優れているかというのをまとめさせていただきますと、等温反応で完結できること、1分子からでも増幅できること、エラーが少ないこと、そして1Mb(100万塩基)の環状DNAの増幅ができること(世界初)が挙げられます。
 もう少し分かりやすく、従来の増幅技術であるPCR法と細胞を使ったDNAクローニングより優れた点を挙げますと、PCR法よりDNAサイズが大きくてもエラーが少なく増幅できる、熱サイクル装置がいらない(=配列を選ばない)、細胞を使ったDNAクローニングと比べると、自動化が楽、カルタヘナ法を気にしなくて良い点などが大きいかなと思います。

…RA-RCR法の凄さ伝わったでしょうか!?

 RA-RCR法が何かは分かったところで一度末次教授の目標である「自己複製して進化するものを人工的に創り出す」に付随する「バイオテクノロジーによる地球規模の課題解決」におけるRA-RCR法のインパクトを簡単にまとめさせていただきます。
 これまでのゲノムDNAの理解は分析的アプローチである配列決定が主でした。それに対してこれからのゲノムDNAの理解はゲノム編集によってなされていくといわれています。最終的にはゼロから人工設計・合成してその機能を検証するという手段が取られるようにはなると思いますが、そのためには「ゲノムを書く」うえでの技術革新が必要になってきます。これは有用物質の生産性向上を目的とした新規代謝経路のデザインやゲノム全体にわたる遺伝暗号の改変を行う場合、CRISPR-Cas9だと対応しきれないからです。またこのような技術革新が起きれば、従来はトップダウン合成生物学で用いられてきたDBTLサイクル(第一回で触れましたが、Design-Build-Test-Learnのサイクル)をボトムアップ合成生物学でも活用できるようになり、「バイオテクノロジーによる地球規模の課題解決」におけるイノベーションになり得ます。
 そんな技術革新が期待されている合成生物学の中核な技術基盤であるのは長鎖DNA合成です(大腸菌ゲノムですら、長鎖DNAですから)。そこにおいて上記のような特性をもつRA-RCR法は革新的な技術といえるのではないでしょうか。

・大腸菌内でのゲノム分割とスワッピング
 人工細胞を創るという目標において、ゼロから細胞が作れたら良いのですが、現在の技術ではそうは行きません。今のところは上に書いたように、ゲノムDNAを人工合成して細胞に”インストール”することで人工的な細胞を創生するという方法がとられています。
 RA-RCR法はゲノムDNAを人工合成する技術ですが、今度は細胞に"インストール"する技術についてのご紹介になります。

 末次教授らはモデル生物でのゲノムインストール技術として、3分割したゲノムからなる大腸菌の作製、および自由なゲノム出し入れを実現しました。
 詳細をご説明させていただきますと、大腸菌ゲノムは本来460万塩基対です。しかしそれだと大腸菌から取り出して操作(細菌だと例がありますが、大腸菌だとなし)したり、別の大腸菌に移植するにはサイズが大きすぎます。
 そこで末次教授らはゲノムサイズを300万塩基対までに小さくした最小ゲノム株を用い、部位特異的な組み換え機構を利用することで最小ゲノムをさらに3つに分割し、1つあたり100万塩基対にまで小さくし、それらを安定させることに成功しました。
 そしてさらに分割ゲノムを環状のスーパーコイルDNAとして精製することにも成功しました。具体的にはエレクトロポレーション法(比較的簡単な手段)を用いて、460万塩基対の天然染色体を別の大腸菌に導入したり、3分割染色体を持つ大腸菌株観で分割染色体同士の入れ替えを可能にしました。

 …と難しいですね。結局は何ができるようになるかというと、(ゲノムの複製、分配のメカニズム解明につながるだけではなく、)生命の設計図であるゲノムを入れ替え、機能をデザインした生命を創れる可能性を持った技術を開発したということになります!
 RA-RCR法と合わせて、夢が膨らむばかりです。

インタビュー

 今回はなんと、上記のような最先端の研究をなさっている末次教授にインタビューをさせていただきました!!
 末次教授におかれましては、お忙しい中、拙いインタビューに長時間お時間いただき誠にありがとうございました。学ぶことが非常に多かったです。
 今回は対談形式でまとめさせていただきました。研究者を目指す高校生に向けたメッセージから合成生物学の今後の動向まで幅広くお答えいただいたので是非ご覧ください!
 (以下 質問:太文字、ご回答(末次教授):細文字)

ー本日はお忙しい中お時間いただき誠にありがとうございます。本日は先生の研究テーマから高校時代まで幅広くお話お伺いできたらと思います。よろしくお願いいたします。早速ですが、先生はなぜ合成生物学という分野に興味を持たれたのでしょうか?
 実は僕はもともと合成生物学といって研究をはじめた訳ではないんですよね。学生の頃から生命の根本的なことを明らかにしたくて、生命を創るという研究に興味がありました。DNA複製の研究をしていて、大腸菌の中での複製系を再現するっていうのをやろうとしていました。その過程で、加える酵素が増えるにつれて生き物を作るという要素が増えていきました。そしたら合成生物学になっていたという感じですね。
ーそうだったのですね!では先生にとって合成生物学はどんなイメージなのでしょうか?
 やはりiGEMとか物質生産のイメージが強かったです。BioBrickの考え方や若い人が色々やってるのは面白いですし、実は生徒に向けてゼミ授業とかでiGEMみたいなことを考えさせて発表させるとかやってました。ITとかの流れを汲んでるのも特徴的ですよね、遺伝子回路系とかは合成生物学第三の分野と言えると思います。
ーありがとうございます。ではもう少し先生のテーマに寄せるのですが、先生の目標である”生命”が創れたら何をしたいですか?
 デザインですね。やることが増えてくると思います。DNAの塩基数を6種類にしてみたり、地球上の進化にはなかったような進化を行ってみたり、あとは原始的なレベルで生命を知れたら面白いですよね。石油からプラスチックを作るみたいに、微生物が化学反応みたいな作られ方をするようになるのかもしれません。
ーワクワクしますね!大体何年後くらいにそれらはできるようになると思いますか?10年後や20年後、もしくはもっと先の50年後とかでしょうか?
 生命は10年後には創れると思います。ゲノム合成して人工バクテリアを創ったり、自己増幅する人工細胞を創ったり、ですね。こうなるとGinkgoBiowarksとかが本来やろうとしていることができるようになるのではないでしょうか。
 さらには20年後にはこれらの技術の産業化が進んでいると思います。50年後は…全く予想ができないですね笑、少なくともAIが研究に入り込んでいるとは思います。
ー勉強になります。ではそんな可能性を持った合成生物学が市民権を得るためにはどうすれば良いかと思いますか?
 合成生物学は怖がられますよね。mRNAワクチンも反対する人が多かったと思います。これは人がよく分からないものに恐怖を覚えるということで説明ができるかなと思っているので、どういうものか理解してもらうのが大事だと思います。そのためには小さいころからの教育だったりとか…あとは江戸時代にスマホがあったら怖がられると思うのですが、それと同じで世代と教育で解決していくのではないかなと思います。
ーなるほどです。iGEMもアウトリーチ活動を大事にしているので頑張っていこうと思います!ではまた質問の方向性が変わるのですが、研究者をしていてここが楽しい!とかここがしんどいとかって何かありますか?
 
楽しいことは沢山あります。世界で誰も知らないことを行えたり、わくわくします。あとはサイエンスは共通言語ですから、世界中の人から褒められますよね。逆にしんどいことというと、ポジションをとるのが大変だったり、自分の好きな研究を行うまで時間がかかります。
ー厳しい世界ですね…RA-RCR法だったりCRISPR-Cas9みたいなブレイクスルーになる技術はどのように生み出されると思いますか?
 地道な基礎研究ですね。RA-RCR法も誰も注目していなかったことを僕一人で注目してうまくいきました。先人たちが積み重ねてきた研究の種を拾って来て分かりやすく検証するということだと思います。Feng Zhangとかはここら辺がうまいですよね。
ーありがとうございます。では良い研究とはどのような研究だと思いますか?
 研究は積み重ねていくことによって細分化されがちです。なのでいろんな分野に横ぐしを刺す研究が良い研究なのかなと思います。やはりツール開発、システム開発とかですね。あとは二重らせん構造だったりセントラルドグマみたいに概念を作りだす研究でしょうか。
ー目指したいですね。研究者として大事にしている点はなにかありますか?
 どういうプロジェクトをやるか、どういうテーマをやるかが大事だと思っています。僕は根幹的であって、異分野の人や高校生に話しても理解してもらえるテーマが良いかなと思っています。
ー勉強になります。また方向性が変わるのですが、大学時代、先生はどんな学生でしたか?
 ハードワーカーでしたね笑、探検部に所属していて無人島でサバイバルしてみたり、洞窟に行ってみたりしてました。
ー探検部!珍しいですね。ご趣味とかはあるのでしょうか?
 スノボですね。ただ2年前骨折しちゃって…最近やっと復活です!
ーそうなんですね。中高生時代に将来の夢とかあったのでしょうか?
 高校生の時は佐賀の山に住んでたから、自然と触れ合って生命には興味を持っていたかな。漠然と研究者とは思っていました。
ー夢がかなったという形ですね!では最後に、週刊iGEMを読んでる人(層がつかめていないのですが…)は研究者を目指している人が多いかと思います。研究者を目指す人に向かって何か一言いただけますか?
 研究者は良い職業だと思います。特許とか取れたら会社も作れるし、スリルもあるし、わくわくします。やっててよかったです。本当に良い職業だと思います。
ー本日はお忙しい中有難うございました。学べることが非常に多かったです!

次回予告

 合成生物学の進歩は目まぐるしく、数年前は不可能だと思われていたことをいとも簡単に可能にします。技術は良い方向へと使われれば良いのですが、悪い方向へと使われる可能性も検討しなければなりません。
 例えば本日ご紹介させていただいたRA-RCR法も社会に絶大な利益をもたらすような人工細胞の作製に繋がる反面、人工ウイルスなどの作製に繋がる可能性も考えられます。

 次回はそんな合成生物学を語る上で欠かせないテーマ、『合成生物学におけるデュアルユース』についてまとめさせていただきます!

 ではまた来週お会いしましょう!

2023年3月8日(文責:大竹 海碧)

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