【裏屋敷】第三話

第三話

◯旅館・廊下(夜)

  暗くなった屋敷の廊下で、髪を振り乱した白着物の女が立っている。
美耶「彼女は……映画に登場する霊です……」
幾郎「はあ……!?」
  白着物の女はゆっくりと近づいてくる。
幾郎「あいつの作ったユーレイが、なんで現実に出てくるんだよ!」
美耶「分かりませんよ!」
  女がぼそぼそと何かをしゃべっている。
女「……さない……」
幾郎「幽霊風情に、何ができるっていうんだ」
  庇うように美耶の前に立つ。
美耶「ダメです!」
  美耶は幾郎の腕を掴んで倒す。
  唐突に女の霊が包丁を振りおろす。幾郎はわずかに脛を切られ、血が流れる。
幾郎「そんなのアリかよ!」
女「ゆるさない……」
  美耶の腕を引っ張り、二人は走って逃げる。しかし追いかけてくる女。
幾郎「なんであいつが包丁を取り出すってわかったんだ!?」
美耶「映画のなかでそうだからです!」
幾郎「なるほどね」
  息を切らしながら走る二人。
幾郎「それじゃあ、倒し方もわかる?」
美耶「簡単です。……ただ、朝が来るのを待つだけですから」
  女に先回りされる。目の前に現れた女は、また包丁を振りかざす。
  美耶を庇いつつ、それをなんとかかわす幾郎。
幾郎「あのヘボ監督め!」
  女と睨み合う幾郎。美耶の腕を掴んだまま、じりじりと女に近づく。
美耶「ちょっと!」
  女がまた包丁を振り上げる。
  間一髪のところで、女の脇にあった小さな戸に飛び込む。
  狭く暗い通路が現れる。通路をどんどん進む。
美耶「ここは……」
幾郎「従業員専用通路! あいつは来てるか!?」
  幾郎の後ろを歩く美耶は、後ろに耳をそばだてる。
  女の声がかすかに聞こえる。
美耶「たぶん、来てます」
幾郎「ちっ」
  また早歩きで通路を進む。
美耶「どこに行くつもりですか!?」
幾郎「まずはあいつを客室のある棟から離すんだよ! ったく、こんな化け物が出る映画だなんて聞いてねーよ」
美耶「え?」
幾郎「俺はただ、住んだ人間が不幸になる屋敷の話だって、あいつに……」
美耶「なんですか、それ……全然違いますよ」
幾郎(……!)
  音無に嘘をつかれたと知り、深く傷つく。

◯幾郎の回想・高校の教室

  制服を着た二人が教室の机越しに話している。
幾郎「音無って、映画作ってるってほんと!?」
音無「……ああ」
幾郎「てか、映画って作れるの!?」
音無「勝手に生まれてくるとでも思ってるのか」
  冷たい音無。
幾郎「なあ、今度見せてくれよ」
  ため息をつく音無。
音無(またこれか……)
幾郎「絶対感想とか言わないから!」
音無「は?」
  驚いて幾郎の顔を見る音無。
幾郎「だって、誰かに見せるためじゃなくて好きで作ってんでしょ? 好きなものに勝手に文句つけられるの嫌じゃない?」
音無「……」
  まじまじと幾郎の顔をみる。
音無「じゃあ今度、ビデオ持ってくる」
幾郎「マジで!?」
音無「……お前には見せてやるよ」
  わずかに微笑む音無。

◯旅館・廊下

幾郎「絶対に見つけて、一発殴ってやる」

◯旅館・別の廊下

女「…さない……ゆるさない……許さない……」
  ぼそぼそとつぶやく女。通路が終わり、別の廊下に出る。
  ある部屋から物音が聞こえ、女は開かれていた扉から入る。
  扉の裏に隠れていた幾郎が飛び出す。
女「許さない!」
  幾郎に気づいた女が包丁を振り下ろす。だが包丁は何かに跳ね返される。
  幾郎の手には、部屋の床間に飾られていた日本刀が握られている。
  女が怯んだすきに、刀で包丁を落とす。
美耶「やった!」
  物陰に隠れていた美耶。
幾郎「包丁さえなければ何もできないだろ!」
  包丁を落とされた女は、急に絶叫する。
  背中からいくつもの手が生える。もはや人間とは言えない姿になる。
美耶「そんな……」
  女は方向を変えると、近くにいた美耶に飛びかかり、首を締める。
幾郎「おい!」
  幾郎は日本刀で女を切りつける。手が緩み、咳き込みながら逃げ出す美耶。
  美耶の腕を引っ張って、部屋から逃げ出し、廊下を走る。
幾郎「大丈夫か!?」
美耶「ええ……」
  女が、叫び声を上げながら追ってくる。
幾郎「ったく、逆効果かよ!」
美耶「こうなったら、朝まで逃げ切るしか……」
幾郎「うわっ」
  曲がり角で壁にぶつかる幾郎。
美耶「ど、どうしたんですか!?」
幾郎「かたちが……」
美耶「え!?」
幾郎「屋敷の形が変わってる」
  青ざめる美耶。
  後ろからは女が迫ってくる。
  愕然としている幾郎を引っ張り、近くの部屋に飛び込む美耶。
  真っ暗な部屋で息を潜める二人。
美耶(お願い、どこかへ行って!)
  女の声が遠のいていくなか、女がある名前を呼ぶのが聞こえる。
女「許さない……音無睦月……」
美耶(え!? 今……)
  驚く美耶。身を起こそうとするが、何かが裾を引っ張る。
美耶「何?」
  振り返る。白く細い手が美耶の服の裾を引っ張っている。
美耶「ひっ」
  見渡すと、押し入れや箪笥の隙間から、真っ白な手がいくつも現れ、こちらを手招きしている。
幾郎「うわっ」
  手はどんどん伸びてきて、二人に近づく。
  いくつかの手は、指先が真っ赤な血に染まっている。
美耶「いや!」
  怯えて手で顔を隠す美耶。
  しかし幾郎は、おびただしい手をじっと見つめ、たった一つ、小さな手があることに気づく。
幾郎「……姉さん?」
  小さな手は近づくでもなく、ただゆっくりとこっちを手招きしている。
  幾郎は覚悟を決め、美耶の腕を掴んだまま、その小さな手を掴む。
  その手は二人を暗闇に吸い込む。

○旅館・廊下(朝)

  廊下で倒れていた幾郎が飛び起きる。
  あたりはすでに明るい。廊下の向こうに見える広間には、すでに寝起きの客たちの姿が見える。
幾郎「……助かった〜……」
  安心してまた寝転がる幾郎。自分の手を見つめる。
幾郎「やっぱりあれ、姉さんだよな……」
  手をぎゅっと握りしめる。
幾郎「ありがとう、姉さん」
  だが、ハッとして勢いよく起きる。
幾郎「あいつは!?」
  周囲には誰もいない。
幾郎「美耶……美耶!!」

○旅館・廊下

  幾郎と同様に廊下で倒れていた美耶がハッと目を覚ます。
  朝になっていることに気づき、ホッとする。
  しかし、窓の向こうの山々の景色が歪んでいることに気づかない。
美耶「あれ……幾郎さん?」
  あたりを見回す。すると、廊下の向こうから幾郎がやってくる。
美耶「よかった! ご無事で!」
  幾郎に駆け寄る美耶。
  しかし、美耶の体は幾郎をすり抜けてしまう。
美耶「えっ……」
  幾郎の声はくぐもっていてよく聞こえないが、美耶の名前を読んでいるようである。
  困惑する美耶。呼吸が早くなる。じんわりと汗をかく。
美耶「何、これ……」
幾世「井原美耶さん?」
  美耶の背後に、赤い着物を着た幼い姿のままの幾世が立っている。
  振り返る美耶。お互いの姿はやはりどこか似ている。
幾世「音無睦月さんをお探しですよね」
美耶「は、はい! やっぱり“ここ“にいるんですね!?」
幾世「はい。“こちら“にいらっしゃいます」
美耶「“こちら“……?」
  幾世はその場に正座すると、丁寧にお辞儀をする。
幾世「申し遅れました。私、“裏“屋敷12代目当主の、桐屋敷幾世と申します」冷たい表情のまま「“あちら“では、弟がご面倒をおかけいたしました」
  言葉をなくす美耶。

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