内自慢

 私は新たに「内自慢」という考えを提唱したい。

 全てにおいて平等に扱おうとする流れが今の世の中にはあるが、それでもまだ不平等さ、理不尽さというのは消えていないと皆さんも感じるのではないだろうか。私は大学生活で、特に部活動やサークル活動でそう感じている。

 不平等さというより、不均等さに近いものを私は部活やサークルで感じる。要するに、ハブられているような気がするのだ。周りの人たちはきっとハブいているという自覚はないだろうが、どうしても実力差というものが生まれてしまっていて、私はその下の方に取り残されている。たとえ取り残されたとしても、高いテンションで追いつければいいのだろうが、どうも私は恵まれなかったらしく、結果上手い人たちやノリがいい人たちを遠目に見届けるしかない孤独人間となってしまった。

 別に無視すればいいじゃないかと思うだろう。ごもっともである。しかし、無視できていたらそもそもこんな文章書いていない。私は無視できる程の強いメンタルも持ち合わせていなかったのだ。どうしても上の者たちに憧れを抱いてしまって、でもどうせ自分は上に辿り着けないという現実に気づいてしまって、モヤモヤを抱えたり、病んでしまったりしてしまう、私はそんな人間なのだ。

 そこで生み出した考えが「内自慢」である。

 誰しも一つや二つ、誰かしらに誇れること、自慢できることというのを持ち合わせているだろう。なければ今頑張っていることでもいい。とにかく、誰かに自慢できることをモヤモヤした時に心の中で唱え続けてみてほしい。するとどうだろう。自然とモヤモヤが晴れるような気がするのではないだろうか。

 もちろん、実際に口に出してしまうとさらにハブられてしまうので、心の中だけでしまっておいて欲しい。私の場合は差し出がましいが、自慢できることはニッポン放送のスタジオで実際に収録して、地上波ラジオに声が流れたことである。これをああ今ハブられているなと感じた時や、下に見られているなと感じた時に、「私は地上波ラジオに出た女だ、私は地上波ラジオに出た女だ」と「内自慢」するようにしている。そうすることで、自然と全てがバカらしく思えて、心が晴れたような気がするのだ。

 これもまた根本の解決にはなっていないが、豆腐メンタルで病みやすい私にとっては、少しでもメンタルを強く保つ方法というのが大切である。もう既にやっている人も多いかもしれないが、ぜひ皆さん、特に同じ悩みをもつ人は、この「内自慢」を試してみて欲しい。少しは良くなるはずなので。今日はここまで。

 

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