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「天王寺動物園 倫理と福祉の基準」文書策定の称賛と提言を交えた解説

天王寺動物園が素晴らしい文書を策定&公開してくれました。以前紹介した英国WILD WELFAREが公開したオンライン教材「Wild About Welfare: Digital Education Programme の記載内容と照らしても乖離している箇所はなく、牧慎一郎氏@前天王寺動物園長がツィートで述べているように一流の動物園に一歩近づいたと思わせる内容となっています。

このnoteは、公開された文書を解説しつつ、その素晴らしい箇所と、より良い取り組みを行うための若干の提言を記しています。

表紙

表紙にはタイトルと、作成者ならびに策定日付が記されています。注目ポイントは文書の「策定日付」が記されていることです。タイトルと作成者は、必要とする文書を識別/検索/参照などをする際に重要なキーワードとなるため、どのような文書にも記載されていますが、文書の新旧を識別するための情報(日付や版など)を記していないケースは多々見受けられます。忘れずに日付を記していることで、文書管理に精通した人が作成に携わっていることがわかります。

1 目的
この基準は、適切な飼育管理を実現し、天王寺動物園で暮らすすべての動物の福祉水準が向上し続けることを目的とし、動物に関係する活動に際して必要な事項を定める。
2 責務
天王寺動物園は、この基準を誠実に履行し、遵守する義務と責任を負う。
3 対象
この基準が対象とする動物は、天王寺動物園で管理される種の保存および展示を目的とするすべての動物種とする。

文書の目的および、文書が記す基準の対象(適用範囲)が、上記の章で記されています。対象を限定することで、基準の濫用を防ぐことができます。
提言としては、この基準を遂行させる責任を負う者(部署)が記されているとなお良くなると思います。

4 収集および輸送
動物の収集および輸送は、次の通り実施するものとする。
⑴ 動物の収集は、できるだけ飼育下繁殖したものとすること。それ以外から収集する場合には、適法であることはもちろん、種の保全について十分な配慮のもとで行うこと。
⑵ 収集する動物は、天王寺動物園が定める動物の導入、繁殖等に関する計画の中で、あらかじめ明確な役割が与えられていること。
⑶ 天王寺動物園が定める動物の導入、繁殖等に関する計画は定期的に見直され、最新の事情に沿ったものであること。
⑷ 収集する動物は、その動物の性別、年令、血縁、個体数等が収集の目的および条件に合っていること。
⑸ 輸送する動物に対しては捕獲、収容、輸送のすべての工程において、負荷が最小限になるよう配慮し、可能な限りこれらの環境にあらかじめ馴致させること。
⑹ 天王寺動物園からの動物の搬出は、搬出先施設の飼育環境を考慮し、決定すること。

4章では、飼育動物の収集と搬送について基準を記しています。要約すると、例外はあるが、動物園で繁殖した動物を収集することと、収集や繁殖にあたっては一定の条件を設けて、無節操に収集や繁殖をさせないこと、動物の搬送出は、動物福祉に則って行うことが記されています。
この基準で記されていませんが、飼育下繁殖以外の動物の例としては、怪我や病気を患った希少動物、密輸入で摘発押収された希少動物の一時的もしくは恒久的な保護があげられます。上記で紹介したオンライン教材では「RECORDS, PLANNING AND PROTOCOLS」に同様のことが記されています。

5 飼育管理
動物の飼育管理は、動物の身体的、精神的な健康状態に十分配慮しつつ、次の通り実施するものとする。
⑴ 飼育動物に与える食物は、栄養面や動物本来の採食行動等を考慮し、個体ごとに検討すること。また、栄養学の視点から食物内容を助言する担当者を設けること。
⑵ 飼育動物に必要な運動、休息および睡眠を確保すること。
⑶ 飼育動物が健全に成育し、かつ、本来の習性が発現できるよう飼育環境を整えること。
⑷ 複数の環境を動物が選択できる環境を提供するよう努めること。
⑸ 動物種や個体ごとの生理、生態、形態および飼育個体数に適合し、安全かつ効率的な管理を行うための飼育施設、設備、器具等を具備すること。
⑹ 飼育管理は、当該飼育種について必要な知識、技術を習得した職員により、動物と人に対し、徹底した安全管理のもと行われること。
⑺ 動物のトレーニングや環境エンリッチメント等、動物の行動変容を伴う介入を行う際は、応用行動分析学の知識を一定水準有する職員の監督のもと行うこと。
⑻ 動物の飼育管理に関する記録は毎日記述し、当該動物に関わる職員、共有し、消失や破損がないよう管理すること。
⑼ 飼育動物の交換、分譲、繁殖用貸与等の手段を通じて種の保存にあたること。また、国内外における血統登録、個体群管理等の種の保存に係る活動を積極的に推進し、遺伝的多様性をはじめとする生物多様性の確保に寄与すること。

5章では環境エンリッチメントの実施について記しています。注目ポイントがたくさんあります。まず食物について、種ではなく個体ごとに検討すること、栄養面で助言できる担当者を設けると記していること。提供する環境は多様性と選択性を努力目標としていること、飼育管理を行う人が必要とするスキル、安全の徹底を記していること。さらに、動物のトレーニングや環境エンリッチメントは科学的知識を持つ識者の監督下で行うことなどなど。当該章の全ての項目が注目に値します。オンライン教材では「ENRICHMENT PROVISION」「NUTRITION AND FEEDING」に同様の内容が記されていますが、オンライン教材より踏み込んだ内容が基準に記されています。
提言としては必要なスキル「知識」「技術」に「経験」も追記すると、よりよいと思います。また、飼育動物の運動、休息および睡眠に関しては、本来動物が行うであろう、「配分とパターン」が追記さると動物福祉的により望ましいと思います。

6 獣医療
飼育動物に対して、必要に応じて適切な獣医療を次の通り提供するものとする。
⑴ 動物に対する獣医学的措置のすべての手順において、動物の苦痛を最小限に止めるなど動物の健康状態に十分配慮し、倫理面を考慮すること。
⑵ 獣医学的措置を行う際は、獣医師と当該動物飼育担当者の協議により手順を検討すること。
⑶ 常に適切な獣医療を提供することができるよう知見の追求と設備及び体制を整備すること。
⑷ 疾病等により生涯苦痛を伴う等、正当な理由によりやむを得ない場合には、別に定める基準に基づき、飼育動物の安楽殺を行うことができる。安楽殺を行う場合には、すみやかに疼痛や苦痛が無く、死を迎えることができ、かつ処置者や他の動物に安全な方法で行うこと。

6章の注目ポイントは「安楽殺」条件の例を記していることです。日本の動物園は安楽殺/安楽死に対して、黙している園が多数ありますが、動物福祉の観点から安楽殺/安楽死を行うことをあえて明記していることが素晴らしいです。
提言ポイントとしては、獣医療の範疇に予防と定期医療に関する記述があるとより良くなると思います。また、安楽殺/安楽死に関しては、それを判断する者か組織を追記することが望ましいです。
オンライン教材では「ANIMAL HEALTH CARE」に同様の内容が記されています。

7 展示
飼育動物の展示を行うにあたっては、次の通り実施するものとする。
⑴ 動物の展示は、その種が本来有する習性や形態、生態系の中で果たす役割等が正しく理解されるように配慮すること。
⑵ 展示施設は、飼育する動物種や個体ごとの生理、生態、形態および飼育する個体数に適合する規模と構造を有し、その種が本来有する行動の発現を促すことができるものとなるよう努めること。
⑶ 個々の動物の展示に対し目的を明確にし、その目的にかなう展示とすること。福祉に配慮した展示を前提として、来園者への教育効果を高めること。

7章の注目ポイントは「福祉に配慮した展示を前提」と記していること、また「個々の動物の展示に対し目的を明確」にすることがとても興味深いです。「なぜ、この動物を展示するのか?」といった疑問を解消することは、動物園の社会的役割を明確に宣言することに他ならず、、、と、ここまで書いて「動物の展示方法、いわゆる環境エンリッチメントの目的」の意味なのかしらん?と疑問が生じたので、書きかけですが、感想は途中ですが保留とします。
提言としては、「生態」「形態」という単語に含まれる可能性はありますが、動物の「社会性」についての記述が明記されていると動物福祉のめんでなおよいかと思います。

8 教育活動
動物を用いた教育活動は、「天王寺動物園教育ポリシー」 令和3年4月更新を踏まえつつ、次の条件を満たすよう実施するものとする。
⑴ 個々の教育活動の目的を明確にし、目的を達成するための方法を選択すること。
⑵ 来園者が動物とふれあう活動を実施する場合には、動物の健康や福祉の水準が低下しないことを前提として、動物と人の安全に十分に配慮したものとすること。

8章は教育活動を実施するにあたる場合でも、動物福祉に影響を与えないことを明記していることが注目ポイントとなります。
提言としては、「天王寺動物園教育ポリシー」の令和3年4月更新版へのリンクの埋め込みか、情報への参照先が記されていると、なお良かったと思います。じつは、このnoteを執筆中(2021-05-10)に検索をしたのですが、平成30年8月制定版しか検索することができなかったのでした。

9 研究活動
動物園での研究活動は、次の条件を満たすよう実施するものとする。
⑴ 飼育動物の健康や福祉の水準が低下しないことを前提 として、環境に配慮すること。
⑵ 研究成果は職員で共有するとともに、市民へ開示を原則とすること 。

9章で記されている研究活動についても、動物福祉に影響を与えないことを明記していることが注目ポイントですね。
欧米で作成された研究論文などを読んでいると、動物の取り扱いについて外部組織のガイドライン(American Society of Mammologistsとか)に準拠したとか、大学内の動物管理使用委員会の承認を受けたといった記載をよく見ます。動物福祉に影響を与えないことを担保できる、第三者組織のガイドラインか承認制度があれば、より客観的に動物福祉への影響がないことを証明できるのですが、日本はこのような制度や手順はあるのでしょうか?

10 災害対応
災害への対応にあたっては、次のとおり実施するものとする。
⑴ 災害時に動物と職員の安全を確保するために、一定期間の食物、非常電気設備、防災器具、動物の捕獲器具等を常備し、定期的に点検、更新すること。
⑵ 災害時はすべての飼育動物の生活の質をできる限り低下させないよう努力すること。

災害対応の記述は、日本独自の記述になるでしょうか。
提言としては、定期的に点検を実施した際の記録と、不備を発見した際の手順が記されていれば、なおよいと思います。

11 関連法令の遵守等
動物の収集、輸送、飼育、展示、調査研究、保全活動等を行うにあたっては、国内外の関係法令や関係団体の規則などについて、最新情報を把握し、正しく認識し、遵守しなければならない。

国内外の関係法令や関係団体の規則についての記載ですは、法令遵守のみならず、リスク対策の面から重要な項目となります。
提言としては、リスク対策の観点から法令・規則に追加して「条令」と「慣行」も含めるとなおよいかと思います。

12 職員教育職員教育
天王寺動物園は4~12にについての知識や技術を向上させるために、定期的に職員への教育の機会を提供すること。

12章も注目ポイントですね。ここに記載されていない裏側に、業務内容ごとに必要とするスキル(知識、技術、経験)が明確化され、業務に携わる人が、必要なスキルを持っているか、もしくは与えられるといったことがあるのだと思います。
提言としては、職員の教育は、記録され、教育の有効性の評価があればなおよいかと思います。

13 更新時期
本基準は1 年ごとに見直し、必要に応じ更新しなければならない。その際は、飼育展示課長を統括とし、検討チームを組織しなければならない。

文書は策定した瞬間から古くなっていきます。古くなった文書を放置すると、必要とされない死んだ文書や、最悪は、参照することが有害な(不利益を被る)文書になります。そのため全ての文書は、定期的に見直しを行い、つねに必要とされる活きた文書にするための維持コストが発生します。そして、活きた文書を維持するための責任者が明記されていることが注目ポイントとなります。

最後に、この「天王寺動物園倫理と福祉の基準」に足りないことを記したいと思います。
それは、この基準の達成の程度を測定し測定結果を評価する手順がないことです。この測定と評価を定期的に行うことで、13章に記されている「本基準の見直しと更新」がより活きてくるはずです。

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