【小説】P-man head #1
教室。10歳前後の同じ制服を着た児童たちが整然と並べられた座席にすわっている。生徒たちは前方にある黒板を見ているが、そこに教師の姿はない。
静寂。たまにノートの上を走る鉛筆の音が聞こえてくるだけで、教室のなかはしんと静まり返っていた。
そしてなにより異様だったのは、生徒たち全員が首から上を緑色の物体で覆っていることだった。それは巨大なピーマンのようだった。まるで17名のピーマン頭の子供のお化けが、透明人間の教師の授業を受けているような、そんな光景だった。
マナブは一番うしろの席からそれを眺めていた。ピーマン頭たちは透明教師の聞こえない声を聞きとり、透明なチョークで書かれた黒板の透明な文字をノートに書き写していた。マナブにはだれの声も聞こえないし、黒板はきれいに拭かれてチョークの粉すら付着してなかった。
突然、マナブの顔の1メートルほど前の空間に赤い文字が浮かんだ。それは「VRモードがオフになっています。VRモードをオンにしてください」という文字列だった。マナブが頭を前後左右に動かしても赤い文字はつねに目の前についてきた。
しばらくすると今度は耳元に大人の声で「マナブくん、どうしましたか。端末の調子が悪いですか」とささやかれた。ササキ先生の声だ。マナブはドギマギしながら「いえ、大丈夫です。すぐにVRモードにします」と答えた。
マナブが顔をあげると17人のピーマン頭たちがこちらに見ていた。顔はのっぺらぼうだったが全員がマナブを見ているのがわかる。マナブは圧迫感を感じて、たじろいでしまった。
× × ×
ササキ先生が授業中にいきなり「マナブくん、どうしましたか。端末の調子が悪いですか」と言ったので、生徒たちはみんな後ろを振り返った。最後尾の席にいるマナブはなぜかVRモードをオフにしていて、端末の外装が丸出しになっていた。マナブは大きなピーマンを頭にかぶっているような格好をしていた。まるで教室の中にピーマン頭のお化けが一人紛れこんだような光景だった。
というより、実際は生徒たち全員が端末を頭にかぶっており、VRモードのおかげでそれぞれの顔が見えているだけなので、今のマナブには他の生徒たち全員がピーマン頭のお化けに見えていることだろう。
マナブは端末の中でなにやらモゴモゴと話していた(音声もオフになっていたのでマナブの声は他の生徒には聞こえない)。しばらくすると、ピーマン頭ののっぺらぼうの顔がマナブの顔になった。VRモードがオンになり、マナブの頭部の3D映像が合成されたのだ。
× × ×
「VRモード、オン」マナブは焦りつつ、小声でつぶやいた。すると、ピーマン頭たちののっぺらぼうだった顔が、一瞬で人の顔へと変化した。マナブのクラスメイトたちの顔だった。
見ると、黒板の前にはササキ先生が立っていて、黒板には因数分解の数式が白いチョークで書かれていた。
「みなさん、前を向いてください。授業のつづきをやりますよ」
生徒たちは一斉に前を向き、授業が再開された。
マナブは恥ずかしさで顔が赤く染まっているのを感じた。何の気なしにVRモードを切っただけだったが、みんなの注目をあびてしまった。マナブは自分の愚行を後悔していた。
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