【小説】P-man head #3

 下校の送迎バス。バスの中には子供たちと運転手以外にも、「UN」と書かれたヘルメットを被りアサルトライフルを下げた兵士が、前部と後部の出入り口にそれぞれ一人ずつ立っていた。護衛のためだ。

 走るバスの窓の外は雪こそ降ってはいないものの例年にない寒波が到来していた。寒風が吹き荒ぶ通りを巡回しているUNの兵士の姿を、マナブはぼんやりと見送った。

 バスの中で子供たちはおしゃべりすることもなく静かに座っていた。マナブの隣に座っていたタカシが端末越しにこそこそと話しかけてくる。

「マナブくん。今日、うちに来ない? キンプリの攻略をおしえてほしくて」

 キンプリ。「死にゲー」として有名な『キング・オブ・プリズナー』という高難易度のダークファンタジー・アクションゲームだ。

「そんなのオンラインで済むじゃないか。なんでわざわざタカシの家まで行くんだよ」

 マナブは授業中に自分がやらかした愚行の恥ずかしさをいまだに引きずっていた。遊ぶ気になんてとてもなれなかった。

「まあ、そうなんだけど。いいじゃん、別に。たまにはオフラインで遊ぼうよ」

 マナブは断り続けていたが、タカシはしぶとく食い下がってきた。「わかったよ。お母さんがいいって言ったら」マナブは折れた。

 マナブは独り言のように「メッセージ」とつぶやいた。マナブの視界の右斜め上にウィンドウが開く。「お母さんへ。今日、タカシくんの家に遊びに行っていいですか」ウィンドウ内にマナブの音声がテキストとして表示されていく。マナブが「送信」とつぶやくと「ピン」という電子音が鳴り、ウィンドウがあった空間に「送信完了」という文字列が浮かんだ。

 即レスで「いいですよ」と返信があった。

 ×   ×   ×

 タカシの家はマナブの家から徒歩で5分ほどだった。その道のり、護衛の兵士がマナブの5メートル後方をぴったりとついてきていた。マナブは途中で「寒くないですか」と兵士に話しかけたが、兵士は笑顔を返すだけだった。兵士たちには児童と会話をしてはいけない規則があることをマナブも知っていた。

 タカシの家まで来ると兵士は立ち止まり、通りの方を警戒しつつ、待機の姿勢をとった。

 玄関に入るとタカシの母親が出迎えてくれた。愛想の良さと優しみの仮面をかぶった大人。タカシの母親だけではない。マナブの母親も、父親も、先生たちも、みんなが同じ仮面をかぶっていた。

 児童に対して大人たちが間違った対応をすれば中央センターに報告がいくことになっていた。大人たちは怯えていた。

 タカシの部屋に通された。タカシは端末をかぶっていなかった。外出時の端末の装着は義務付けられていたが、自宅内は任意だった。タカシの端末は勉強机の上に載っていた。端末は、装着をしていなくても周囲の情報を収集分析し、必要と判断したものは中央センターへ送信している。

「マナブくんも端末を脱いだら?」

 マナブは端末を外してタカシの端末の隣の開いているスペースに置かせてもらった。

「マナブくん。端末をシャットダウンしてくれるかな」

「え」

 マナブはすこし戸惑ったが、素直に従うことにした。端末のシャットダウン権限は、それを装着している児童にしかない。マナブの端末はマナブにしかシャットダウンできない。マナブは端末をシャットダウンした。

 タカシはゲームをはじめると思いきや、ベッドのしたからラップトップ・コンピュータを取り出した。いまどきキーボードがついているコンピュータなんて専門職以外もっていない。タカシは「自分で組んだんだ」と自慢げに言った。

 タカシがなにやらキーボードを叩くと画面に検索結果を羅列したページが表示された。検索ワードは「子供 失踪」となっていた。タカシはそのひとつをクリックした。

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